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6 超絶美人でした

 リュリュミーゼは、昨日の失敗をふまえてブカブカの神官服を着ていた。

 たっぷりとした袖口から、ちょこん、とのぞく指先があどけない。


『憑依しますよ』


 ティティリーヌが緊張に息を呑む。

 リュリュミーゼが身構えて大きく頷く。


 セイリスがリュリュミーゼと重なり、リュリュミーゼの子どもらしい線の細く幼い身体が淡く発光する。


「……リュリュミーゼ」

 ティティリーヌが、舞い上がるような感動でかすれた声をこぼした。

「綺麗……。天使様みたい」


 昨日のティティリーヌと同じく20歳前後の、光り輝くような美女が立っていた。


『これは……、悪人とて平伏するような目にも眩しい美人ですね』


 侯爵邸の衣装部屋から運んできた宝石と黄金による象眼が施された豪華絢爛な姿見には、美が具現したかのような美女が映っていた。


 銀を一筋交ぜた金色の髪は足元まで波打ち、青いサファイアの瞳は夢のように美しい。白木蓮のように純白という白の極み故に翳りがある白い肌は神秘的で、指先まで優美だった。


「セイリス様、失敗ですか……?」

 リュリュミーゼが少し考えて首を傾げた。美女の金色の巻き毛が揺れる。

『ふふふ、この超絶美人の顔を失敗だと言うと、全人類が怒り狂うと思いますよ』

 笑いの滲む口調の美女が上品に瞳を細める。

『憑依した時は、全面的にわたしが前に出た方が良いですね。この容姿で10歳の言動では不信感を持たれてしまうでしょう。それにイザという場合には、わたしの方が人生経験が多い分、適任でしょうから』


「「はい、セイリス様」」

「それに私たちは魔力も少ないですし」

「困った時の知識もないですし」

「「セイリス様にお任せします」」


 セイリスは男性なので女性の動作はできない。

 しかし、それを補って余りある品があった。全てが優雅なのである。

 指の動き、眼差し、息づかいに至るまで圧倒的な優麗さがあった。


 王家に生まれ、大神官として傅かれてきたセイリスの汚れなき気品。


 憑依して変身した美女にふさわしい優美さも、人々が自然と自ずから頭を垂れる威厳も、セイリスは百花の王のごとくその身に纏っていた。


『ティティリーヌ、寒くはないですか? 地下通路は暗くて空気が冷たいですから』

 昨日は礼拝用のレースのドレスを着ていたティティリーヌだが、セイリスが侯爵邸の自室からクローゼットを持ってきてくれたため、飾りのないワンピースを着ていた。

「はい。セイリス様、手を繋いでもらってもいいですか?」

『ふふふ、もちろんですとも』


 きゅっ、と美女の手を握り嬉しそうにティティリーヌが笑う。

「セイリス様の手は温かいです」

『わたしとリュリュミーゼのふたり分ですからね』

 美女が雅やかに微笑んだ。


 昨日はリュリュミーゼに手を引かれて部屋の扉を開け、今日はティティリーヌに手を引かれ酒蔵の部屋を後にする。一度だけ振り返って、

『さようなら、友よ』

 とセイリスは万感の思いを込めて囁き、扉を閉めたのだった。


 地下通路は暗い。

 壁がうっすらと、魔力によって淡く光っているが光源としては弱い。昼も夜もない地下通路に幾百年も留まったままの空気は薄濁りをしているようで、ティティリーヌには冷たいというよりは息苦しかった。


 鈍い光の届かない暗がりは幾重もの闇が時間とともに堆積しているようで、真っ暗だった。セイリスは自分以外の幽霊はいないと言ったが、濃い、ただ黒色一色の漆黒の暗闇が怖くなってティティリーヌは美女に冬の寒雀のようにぴったりとくっついた。


『ふふふ、リュリュミーゼは寒くなってくっついて来ましたが、ティティリーヌは怖くなってくっつくタイプなのですね』


 美女に可愛い可愛いと頭を撫でられて、ティティリーヌは熟れたさくらんぼみたいに赤くなった。

「……だって、怖いんです……」

『怖いと警戒する心は大事ですから、怖くて恥じることはないのですよ。用心するのは大事なことです』

「そうよ、ティティリーヌ。侯爵家で異母兄弟たちにいじめられた時だって、ティティリーヌが用心してくれたから避けられたことも沢山あったもの」


 セイリスとリュリュミーゼに誉められて、ティティリーヌはますます赤くなる。透き通るような軽やかな花びらの赤いポピーみたいに可憐だった。


『うーん? もしかして可愛いから異母兄弟はともかくとして、異母兄弟の友人たちからいじめられていたのでしょうか』

「まさか! 異母兄たちも異母兄の友人たちも酷かったですもの、ねぇ、ティティリーヌ」

「ええ、リュリュミーゼ。テオ様とかアーノルド様とかしつこくて」

「カイン様やチャーリー様やジムラス様もしつこかったわ!」

「ルシウス様もエイト様もハリー様もリチャード様も!」


 プンプン怒るティティリーヌとリュリュミーゼに、セイリスは同情に値しないと名前のあがった少年たちに溜め息をついた。


『あっ、隠し部屋の扉がありましたよ。一見、壁にしか見えないですけど、魔力による封印がかかっています。魔力視があればバレバレです』


 セイリスは軽く言うが、セイリスの魔力同調も魔力視もレア中のレアである。「しゅごいの! セイリスしゃまってしゅごいのよっ!」と心の中で幼児退行して叫びたくなったティティリーヌであった。


『解錠。おや、まだ鍵がありますね。これほど念入りな部屋ということは、室内にはよほどのお宝が……?』


 セイリスが一気に魔力を流すと、ばきん! と音が響いた。

 ぎぎぎぎ、と扉が開く。


『光よ』

 明るくなった部屋の中には、みっしりずっしり隙間もないほどに金貨がつまっていた。

『さすがは欲望の総本山神殿の隠し部屋……』

「金貨がいっぱい……」

「金貨が……」


 美女とティティリーヌが思わず立ちすくむほどの金貨だった。


「この金貨を本当にもらってもいいのでしょうか……」

「私たち、一生お金持ちです……」


『いえいえ、一生は無理ですね。憑依後の容姿では安宿には泊まれませんし、かといってティティリーヌとリュリュミーゼの子どもふたりでも安宿は危険です。それなりの警備のある高級宿に宿泊するならば最低でも金貨数十枚。安全安心はある程度お金で買えますし、わたしはティティリーヌとリュリュミーゼにはリッチな逃亡生活をさせるつもりですし。そのために隠し部屋を探しているのですから』


 なるほど、と納得したティティリーヌは白いコブシの花みたいな拳を握って、

「わかりました! 隠し部屋をめぐって根こそぎお宝をいただきます!」

 と勢いよく言った。

『はい、頑張りましょうね。だいたい何百年も隠し部屋に置いたままでいるよりも、わたしたちが使ってお金を社会にまわした方が世のため人のためになりますよ』


 張り切ったティティリーヌは魔法袋に小さな手で金貨を入れようとしたが、セイリスに、

『ティティリーヌ、そのまま魔法袋を開けた状態で』

 と指示された。

 きょとんとセイリスを見ると、美女はしなやかに片手をふった。


 ザザザザザザザ。


 大海を泳ぐ魚の群れのように金貨が魔法袋を目指して宙を流れる。


「セイリスしゃまって、しゅごいの!」

 ティティリーヌは心の中で唱えたのだった。


読んで下さりありがとうございました。

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