5 次は私!
ティティリーヌとリュリュミーゼは冷たい床ではなく、ふかふかのベッドで目が覚めた。
ちまっこい手の甲で眠い目をこすり、ぷるぷると頭を可愛くふる。まるで子猫のようだ。
「リュリュミーゼ、ベッドだわ」
「ティティリーヌ、ベッドだね」
「「きっとセイリス様が運んでくれたのよ」」
キョロキョロ辺りを見渡すと、林のように昨日あれほどあった酒の棚が無くなり、ただッ広い空間になっていた。そこに見慣れたクローゼットが置かれていた。侯爵邸の自分たちの部屋にあるはずのクローゼットだった。
「「私たちのクローゼット!」」
『おはようございます。ティティリーヌ、リュリュミーゼ。そうですよ、貴女たちのクローゼットですよ』
「「セイリス様、おはようございます。私たちのクローゼットがどうしてここに?」」
『昨夜のうちに侯爵邸から運んできたのです。貴女たちの大事なものが部屋にあるかも、と思いまして。ついでに食べ物も買ってきましたよ』
セイリスがドサドサと魔法袋から食材を山盛り取り出す。
「わぁ、セイリス様お菓子です」
「ふぁ、セイリス様おいしそうな果物です」
『おや? パンがないですね。ちょっと神殿の厨房に分けてもらいに行ってきますから、好きなものを食べて待っていて下さい。残りはリュリュミーゼの時間停止の腕輪に収納しておいてくれますか?』
お菓子と果物に釘付けのティティリーヌとリュリュミーゼはこくこく頭を上下させる。
『桶にお湯がありますから顔を洗っておくのですよ。ミルクも温めてありますからね』
母親のように世話をやいてセイリスは壁に消えていった。
「まだ見つからぬか、あの双子は?」
赤い絨毯の上の豪華な椅子に座った神官服の老人が問いかける。室内の天井は高く、鮮やかな色彩の施されたステンドグラスが射し込む陽の光を幻想的にさせていた。
「申し訳ございません、大神官様。あの物置部屋は窓もなく扉はひとつ。おそらく偶然に双子の少女たちは地下通路の扉を開け、入ってしまったとしか考えられません。しかし、地下通路は……」
「そうよな、100年前の大喪失で我ら神殿は多くのものを失ってしまった。高位神官たち、その知識も口伝でのみ伝わってきた地下通路の扉の開け方も。権威も。神殿の凋落は100年前から始まったのだ」
老人は眉間をおさえた。
「下位神官たちが呪いだの怒りだのの騒動を起こした隙に双子と侍女を引き離し、あの双子を王家に献上して神殿の権威の回復の足掛かりに、と思うたが。やれやれ、策というものは上手くいかぬものよな」
老人の側近である神官は恭しく頭を下げる。
「まことに。王族と婚姻を結んでしまえば、いかに筆頭侯爵家とはいえ王家には逆らえぬか、と。筆頭侯爵家も王家との縁は利がありますゆえ強気にならないはずで、話し合いとなっても王家は有利に進められるはずでしたのに」
「王弟殿下の第八夫人と第九夫人に決定しておったが、もったいないことをしたよのう」
「はっ!? 王弟殿下ですか、あの女好きで有名な?」
驚きに顔を上げた側近の神官に老人は溜め息を吐いた。
「そうよ、新しい妻を求められておられたので王弟殿下にも恩が売れると思うたがな。残念なことだ」
『腐っても高位神官、残念ながら避けられますよね?』
セイリスが指を、パチン、と鳴らした。
パリン、パリン、パリン、とステンドグラスに罅が細く裂けるように生じて、音に気がついた老人と側近の神官が上を向いた瞬間、バリン、とガラスが落下してきた。
色ガラスの破片が、虹のように花明かりのように光を纏って赤い絨毯に降り落ちる。
とっさに老人と側近の神官は魔法で身を守ったが、部屋の惨状は酷いものであった。
『ティティリーヌとリュリュミーゼを利用しようとする者ばかりで嫌になります。まだ10歳だというのに。昔も今も祝福持ちの子どもは権力者の道具のまま。祝福されて幸せになれた子どもは幾人いるのでしょうか』
セイリスが指を鳴らす。
別のステンドグラスが、ピキピキ、ガシャンと割れ落ちた。
『子どもは愛されるために皆、産まれてくるのです』
部屋中のステンドグラスが全部バリン、ビキン、ガシャンと落ちる。
『昨日は女神様から祝福を授けられた子どもを罵り、今日は大神官の間のステンドグラスが全て割れて落ちてしまった。さて、女神様の怒りはどちらにあると人々は思うのでしょうね。ふふふ、神殿は何と言い訳をするのでしょうか?』
神殿の厨房へ行く途中で大神官の間を覗いたセイリスは、今代の大神官たる老人に目を眇め、姿を消した。
『ただいま。ティティリーヌ、リュリュミーゼ』
「「おかえりなさいませ、セイリス様」」
「歯磨きしました」
「顔を洗いました」
「「いっぱい食べました、美味しかったです」」
にこにこ顔の双子の可愛いこと。くっ、とセイリスは口元を手で覆った。
セイリスは、コホンと咳払いをすると、
『すみません。寄り道をしてしまって厨房へは行けませんでした』
と謝った。
「もうお腹いっぱいです」
「ですからパンは食べれません」
そろって首を振るティティリーヌとリュリュミーゼは弾んだ声で、
「「お昼もお菓子と果物がいいです!」」
と子どもらしいお願いをした。
眉間に皺を寄せたセイリスは、
『駄目です。栄養が足らなくなります。でもデザートにお菓子や果物は良いですよ』
と言うと、ティティリーヌとリュリュミーゼはきゃあと歓声を上げたのだった。
『はい、注目』
セイリスはパンッと手を叩いた。
『今後の予定です。地下通路の隠し部屋の財産を全て回収し終わったら、秘密の扉から外に出ます。王都から旅立つにしても身分証が必要となります。そこで冒険者ギルドに登録しようと思います。ティティリーヌとリュリュミーゼ、もう一度尋ねますけれども、侯爵家との縁を断ち切っても後悔しませんか?』
「「はい! セイリス様!」」
『外ではティティリーヌとリュリュミーゼのどちらかに憑依して活動する予定です。これは子ども二人を捜索している人々の目を欺くためと、大人がいることで宿に泊まる時などに起こる面倒な事柄を避けるためです』
「「はい! セイリス様!」」
『ただ大きな問題があります。憑依した時のわたしたちが美しすぎることです。視線で人を殺せるレベルの傾国の美人なので、違う意味で大注目を浴びてしまいます』
「セイリス様」
リュリュミーゼが、ちまっと小さな手を挙げた。
「ティティリーヌに憑依した時はセイリス様成分がプラスして絶世の美女になりましたけど、私の場合もプラスに働くとは限らないので、次は私に憑依してみていただけませんか?」
読んで下さりありがとうございました。