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4 侯爵邸

 セイリスは夜空を高く飛んでいた。

 幽霊なので人間の目に映ることはないが今は小さな魔法袋を持っているので、空を見上げる者がいたとすれば、魔法袋だけがふよふよと空中を移動しているように見えて騒ぎになってしまうことだろう。


『ふふふ、侯爵家と王家、どちらに行きましょうか』


 首を傾げると天空の月さえ霞む、輝く銀の長い髪がさらさらと清い水のように流れた。

『侯爵家の方が近いですね。眠っているティティリーヌとリュリュミーゼが心配ですから、今夜は近い方へ』

 すぅ、と銀色の魚みたいに夜空を泳ぐ。


『確か屋敷の北側の端の角部屋が、ティティリーヌとリュリュミーゼの部屋だと言っていましたね』

 幽霊であるセイリスには扉も壁も関係ない。するり、と通り抜けて内部に入った。

『ここが……?』


 セイリスの白い額に青筋が立つ。


 粗末なベッドに木製の机と椅子と本棚、クローゼットには数枚の服。女の子の部屋なのに人形もぬいぐるみも小物もない。貴族の令嬢が身につけるアクセサリーもない。

 綺麗なもの飾るものが何もない部屋だった。


『これが筆頭侯爵家の令嬢の部屋なのですか!?』


『もう、絶対に侯爵家にティティリーヌとリュリュミーゼを返してなどやりませんよ。こんな寒々しい部屋に』

 それでも思い出の品があるかも、とセイリスは部屋にあるもの全てを魔法袋に収納した。

『よくも可愛いティティリーヌとリュリュミーゼを。王国の法が許しても、わたしは許しませんよ!』


 憤るセイリスだが、一時の怒りのままに行動することは愚かだと自覚しているので、ふぅ、と大きく息を吐いて気持ちを鎮めた。


『彼といた時のように〈天誅ごっこ〉をしてやりたいですが、時間がありません。ティティリーヌとリュリュミーゼが目覚める前に帰らなければ。今夜は情報収集とティティリーヌとリュリュミーゼの服とか集めないと』


 セイリスは幽霊であるのをいいことに、上へ下へ右へ左へ自由自在に動き回る。物理的な鍵も魔法的な鍵もセイリスには無効であった。何の役にも立たない。


 ゆえに、堂々とセイリスは侯爵の執務室に侵入した。

 部屋には複数の人間がいて、侯爵らしい人物が怒鳴るように命令を出していた。


「ティティリーヌとリュリュミーゼはまだ見つからないのか!? 捜査人数をもっと増やせ。神官どもは草と小石をバカにしたが、あれほど有益な祝福を正しく判断できずに、呪いだの女神の怒りだの、あやつらがバカなのだ!」

「まことに仰る通りにございます」

「草の祝福があれば侯爵領は、他領から羨まれる豊饒の大地となりましょう」

「小石も然り。石ならば宝石とて石でございます」

「ええい! 手間をかけさせおって忌々しい娘たちだ、おとなしく道具であればいいものを! 王家が動き始めたとの情報もある! 王家や他家に獲られてたまるか、早く捕まえるのだ!!」


『捕まえる、ねぇ? 自分の子どもを犬や猫の子みたいに捕まえるのですか? あるいは犯罪者のように?』

 誰にも聞こえぬセイリスの声には怒りが籠っていた。はらわたが煮える。冷たい床の上で眠っているティティリーヌとリュリュミーゼの姿が脳裏に浮かんだ。

『それでも父親ですか』


 屋敷は慌ただしい空気に満ちていたが、多くの使用人が捜索に駆り出されていたため人の気配は少なかった。常にある夜間の厳重な警備も手薄になっていた。


 気配りのできる男であるセイリスは、まず食糧庫を強襲した。

『やっぱり100年前の食べ物は、いくら安全でも精神的に、ね』


 新鮮な肉に野菜に果実、高価なスパイス類、さらに高額な砂糖も。

『女の子は甘味が好きですよね』

 菓子やジャム、ジュース、茶葉、牛乳。バターや卵に至るまで食材を根こそぎ強奪してしまった。


『泥棒はいけませんからね。はい、お代です』

 チャリーン。金貨が一枚転がった。

『あ、鍋とかの調理器具、食器も』

 チャリーン。金貨がもう一枚。


 リネン室も備品室も空っぽにして。 

 チャリーン。

 チャリーン。


 第一夫人の衣装部屋も。

 第一夫人が愛してやまない宝石も。

 チャリーン。


 第二夫人の衣装部屋も。

 第二夫人が熱情を捧げている絵画コレクションも。

 チャリーン。


『最新の魔道具は外せませんね』

 厳重な盗難防止魔法もあっさり解除して倉庫でも、チャリーン。


 使っていない客間の家具などを丸ごと。

 チャリーン。


 侯爵邸のあちらこちらで、チャリーン、チャリーン、チャリーン。


『金貨一枚でよい買い物をしました』

 ホクホクと魔法袋をポンポンたたくセイリスは満面の笑顔である。


 その夜、空を飛ぶ小さな魔法袋を見た者は誰もいなかった。




 翌朝、侯爵邸では。


「うわぁ!! 食材が何もない、無くなっている!!」

 と料理人が呆然として。

「ウソッ!! シーツはどこ? タオルは? 髪や肌の高級オイルは? 輸入品の石鹸はどこに!?」

 とメイドが叫び。

「客間の家具がないっ!」

 と執事が蒼白になり。

「わたくしの宝石が……」

 と第一夫人が泣き崩れ。

「あたくしのコレクションがッ!!」

 と第二夫人がヒステリックに喚き。


 屋敷のあらゆる場所で悲鳴や罵声が飛び交った。


「ティティリーヌとリュリュミーゼの件で忙しいというのに! どういうことだッ、誰か説明しろッ!!」

 と侯爵が大激怒して興奮のあまり卒倒し、さらなる大騒動となったのであった。

読んで下さりありがとうございました。

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