2 憑依すると伸びるんです
リュリュミーゼは餌をねだる雛鳥のように口を大きく開けて、大きな瞳をまんまるくして、顔と身体も全身で驚きを表すみたいに硬直していた。
閉じ込められた部屋は物置らしく、姿見が置いてあった。
その姿見の前でティティリーヌも、
「……私……?」
と自分の頬をペチペチ叩いている。
鏡の中では、着ていた服が破けて残骸となった布切れを纏った絶世の美女が頬を叩いていた。
年頃は20歳前後か。
夜のような漆黒の黒髪は足元まで長く流れ、一筋、月の光を紡いだみたいな銀色の髪がまじっていた。宝石そのもののエメラルドの瞳。艶のあるなめらかな白い肌。均整の取れた手足はほっそりとして腰の位置は高く絞りあげたように細い。神の御手の業としか思えないような、この世のものとはかけ離れた美貌の女性であった。
『うーん、これは成長後のティティリーヌの姿というよりは、わたしが絶妙にまざって絶世の美女に変身した、という感じでしょうか。ベースはティティリーヌでわたしの容貌が微妙にプラスされて、髪が伸びたのはわたしの長い髪の影響が強く現れたのかも? 年齢はわたしとティティリーヌの年を足して半分したような? ただの憑依だというのに不思議な結果が起こりましたね』
美女は声も美麗で耳に心地良かった。が、「祝福持ち同士の憑依だから?」とセイリスが口の中で呟いた言葉はティティリーヌにもリュリュミーゼにも聞こえることはなかった。
「ティティリーヌ?」
おそるおそるリュリュミーゼが呼びかける。
「ええ、リュリュミーゼ」
『そうですよ、リュリュミーゼ』
ひとつの身体にふたつの意識が同居している美女が、リュリュミーゼに振り向いて返事をする。
「私はティティリーヌ」
『わたしはセイリスです。同意を得て憑依したのは初めてなので、このように意識が別々に存在するようになるとは驚きです』
『とりあえず服の確保ですね』
美女は棚や引き出しをあさって神官服を発見すると、いそいそと身につけた。
『この部屋が物置で助かりますね』
筆頭侯爵家の令嬢を地下牢に放り込むことは、さすがにできなかった神官たちは苦肉の策として窓がなく扉がひとつだけの物置にティティリーヌとリュリュミーゼを閉じ込めたのであるが。
『大漁~、大漁~』
棚にあったシーツに美女が、売れそうな蝋燭や布や小物を次々に置いていく。それをシーツにくるんで、よいしょと持ち上げた。
『外に出たら売ってお金にしましょう』
お金、と言って美女がハッと閃いた顔をする。
『お金ならば神官たちの隠し財産がたんまりと! あるではないですか!』
美女のたくましさにリュリュミーゼが小さな声で、
「泥棒はダメです……」
と言うと美女はシーツを捨ててにっこりと笑った。
『全員死んでいますから。過去の神官たちの財産です、500年も神殿にいますので色々と知っているのですよ。ふふふ』
美女が壁をサワサワと触りコンコンと指で叩く。
『ここですね』
『開門せよ。我が名はセイリス、資格を有する者である。魔力同調!』
美女から魔力が放出されると壁にポッカリと1メートルくらいの真っ暗な穴が開いた。
『有事における神殿の逃亡用ルートです。地下通路となっています。光よ』
美女が内部を照らすと石壁の通路が見えた。
美女がリュリュミーゼに手を差し伸ばした。
「行こう、リュリュミーゼ」
リュリュミーゼが美女の手を握る。覚悟を決めて頷いた。
「うん、ティティリーヌ」
そうしてティティリーヌとリュリュミーゼは物置部屋から姿を消した。
異変に神官たちが気がついて大騒ぎになったのは、かなりの時間が過ぎてからであった。
通路の内部は大人が立って歩けるほどの高さと幅があり、美女が石壁に魔力を流すと濁った水晶みたいにぼんやりと発光した。ほんの僅かだが風の動きがある、どこかに空気孔があるのだろう。
ふるり、リュリュミーゼは細い身体を震わせる。
雪が溶け始めた頃のように冷たい空気がリュリュミーゼのドレスの裾から忍び込んできて、肌を粟立たせた。ピタリとリュリュミーゼは美女にくっつく。
足音がくすんだ色合いの石壁に反響して、カツンコツンと残響して響いた。
「あの、追っ手とかは大丈夫でしょうか?」
不安げにリュリュミーゼが尋ねると、美女が悠然と笑った。
『この通路を知る者は今はいないのですよ。100年ほど前に神殿でこっそりひっそり権力闘争が水面下でありまして、病死や事故死が量産されまして。ふふふ、おそろしや~、ですね』
「あ、あの、それならばセイリス様みたいな幽霊がいっぱい……?」
『残念ながら幽霊になるだけの魔力も根性もなかったみたいで、神殿にいる幽霊はわたしひとりです』
リュリュミーゼは繋いだ手に、ぎゅっと力を入れた。
「セイリス様、500年もひとりぼっちだったのですね」
「セイリス様、私の身体でよかったらいつでも利用して下さいませ」
ティティリーヌもリュリュミーゼに声を添える。
セイリスは呼吸を止めた。
ティティリーヌとリュリュミーゼもセイリスに優しくされて喜んだが、セイリスとて500年ぶりの直接な人とのふれあいであった。
ああ、可愛い。
誰も大事にしないならば自分が大切にしよう、とセイリスは思った。
侯爵が双子を虐げるというならば、どこまでも逃がしてやろうと。
こんなに可愛いのに。
こんなにいい子なのに。
生きている人間の残酷さに晒される双子が哀れで仕方がなかった。
しばらく歩くと古い扉があった。
魔力で封印されている。この世界では魔力があるため個人認証に魔力を使用していた。特に貴重なものほど魔力を使って封をするのが一般的であった。
『魔力同調』
セイリスの魔力同調は、指紋や虹彩がひとりひとり違うように魔力も個人で異なるものを、魔法でまったく同じにする高度な能力である。使える者は世界で数人であるはずがセイリスは初級魔法のように軽々と使う。ティティリーヌとリュリュミーゼは、セイリスの底知れぬ魔力に驚嘆するばかりであった。
『ここは100年前の大神官の隠し部屋だったはずですが』
石壁の部屋には机があるだけで、その机の上には腕輪と革の鞄が置かれていた。
『魔力同調、保存魔法解除。鑑定』
美女の瞳がキラリと光った。
『さすが大神官。良いものを持っていますね。大当たりです。腕輪は時間停止付きの魔法袋、鞄は大容量の魔法袋ですね』
リュリュミーゼはあがる息を抑えるために胸をおさえた。魔法袋は貴族家の家宝となるくらいの高価な品である。しかも時間停止付きは、王家の宝物庫レベルであった。
ひっくり返りそうなほどリュリュミーゼが仰天しているのに、美女は優雅な仕草で平然と腕輪と鞄を手にとった。
『魔力同調、個人認証解除。はい、リュリュミーゼ魔力を流して下さい。初期状態にしましたからリュリュミーゼの魔力でこの腕輪はリュリュミーゼのものとなりますよ。ティティリーヌは鞄に魔力を流してごらんなさい』
「あ、あの、セイリス様」
「え、えと、セイリス様」
あまりのことに動揺しておろおろするティティリーヌとリュリュミーゼに、
『所有者はいないのですから、泥棒ではありませんよ。この冷たい部屋でずっと置かれたままでいるよりは、ティティリーヌとリュリュミーゼに使われた方が道具としても満足だと思いますよ』
と天女のごとき美しさで美女が微笑む。
リュリュミーゼが困ったように目を向けると、美女姿のティティリーヌが横顔をわずかに強張らせながらも、鞄を見つめていた。
頷くと、決断したかのようにおずおずと鞄に魔力を流す。それを見てリュリュミーゼも腕輪に魔力を流した。
『おりこうですね、ティティリーヌ、リュリュミーゼ。魔法袋の中身の確認は後にして、さぁ次に行きましょうか。まだまだ隠し部屋はありますからね。特に100年前の高位神官たちの隠し財産が山盛り遺されていますから』
薄暗い通路を迷いなくスタスタ歩き、幾つもの部屋を美女は簡単に解錠していく。
宝石がコレクションされた部屋があったり。
金貨銀貨が山積みされた部屋があったり。
古文書が並べられた部屋があったり。
『なかなか魔法袋はないですね』
と言いつつ最初に見つけた大容量の魔法袋に全てを収納する。このころになるとびくびくしていたティティリーヌとリュリュミーゼも、宝物発見にわくわくする気持ちが強くなってきていた。
10歳なのだ。宝探しは子どもの楽しい遊びである。
『さて、今度こそ』
キィ、と新たな扉が開かれた。
読んで下さりありがとうございました。