14 暴露
「とりあえず、今日は宿に帰ろう。お姉様、美人すぎてやっぱり冒険者ギルドは無理だよ。それに貴族が金魚のフンになっているから面倒だし」
『でも身分証が』
レオハルトは美しい螺鈿が剥がれ落ちるように、美しい容貌を暗く歪ませた。
「世の中は金が全てではないけど、金があれば解決する問題も多くあるんだ。お姉様は合法的に身分証を得ようとしているけど、金があれば非合法でも公的な身分証が手に入るんだよ」
「俺は長男だけど後継者ではない。俺は強くて、だから石化になって短命になるだろうから、て。なのに強いから皆を守れ、て。でも何のために? 守っても感謝もされず、強いから当然のことと言われて汚れ仕事も強要されて。俺は使い潰されるために戦場に行かされて、栄誉も未来も俺の心さえも何もないのに何のために戦うのか、て思っていた」
「石化になって安堵した、もう戦わなくていい、て。でも家のヤツらは石化の治療を王都で俺に受けさせて、再発まで俺を再び働かせるつもりだった。王都で一番の名医が匙を投げた時、リュリュミーゼと出会った日なんだけど、生まれて初めて俺は切望することを知った」
「リュリュミーゼには、清潔な服を着て腹いっぱいメシを食べて暖かい布団で寝る毎日を送って欲しい。誰かに殴られたり理不尽な命令をされたり、辛い思いをして欲しくない。リュリュミーゼが逃げたいと言うならば、俺は願いを叶えたい」
レオハルトは膝に乗せているリュリュミーゼの頭を優しく撫でた。
「だから宿で、好きなお菓子を食べて待っていて? 家で裏の仕事もしていたからツテは沢山あるんだ」
「私が寝る前に帰って来る? おやすみなさい、が言いたいの」
リュリュミーゼはレオハルトを見上げて言った。
「朝になったら、おはようと言って一緒にいただきますと言ってご飯を食べたい。レオハルトにも美味しいご飯を食べて暖かいお布団で眠って欲しいの」
『危ない場所に訪れるならば、わたしも幽霊になって憑いていきます。心配ですから』
「いや、リュリュミーゼとティティリーヌを守っていてくれ。その方が俺は安心して行動ができる」
レオハルトはこそばゆいような照れたような顔をして笑った。
「昨日の夜もリュリュミーゼはおやすみなさいと言ってくれた。そうか、俺はおやすみなさいと言ってくれる相手ができたのか。俺が心配だ、と言ってくれる相手ができるなんて何だかムズムズする気持ちになるもんだな」
宿に着くと初老の男性が待っていた。宿の支配人である。
「お戻りなさいませ。多数の贈り物が届いておりますが、お部屋にお届けしてもよろしゅうございますか?」
美女は頬に手をあて憂い顔で溜め息をこぼした。
『そうですね。とりあえず部屋に運んでしまいましょうか』
セイリスは大神官の時も個人的な貢ぎ物で溢れまくっていた。が、返礼はほぼしたことがなかった。煩わしかったのだ。そんなセイリスなので内心、今回も相手が勝手に贈ってきたものだし、とちゃっかり懐に入れて旅費にするつもりだった。
その時ズカズカと近付いてくる者がいた。
護衛たちが前に出る。
王家の近衛である真紅の制服を着た若い青年だった。
「王弟殿下のお召しである。このまま付いてくるように」
好色な王弟が美女の噂を聞きつけ呼び出したのだ。
美女は一瞬きょとんとしたが、侮蔑を込めて嘲笑した。
『王弟? 王家の血を継がぬ者が王弟ですか、あの金髪の男が。ああ、今は知る人はいないのでしょうか、伝わっていないのですね。王家の直系は必ず銀髪で生まれることを』
近衛の若者の顔が怒りで赤くなる。
「無礼者! 王家では時々銀髪ではない方がお生まれになることを知らぬのか!!」
『無礼はおまえぞ』
美女の長い黒髪が銀髪に変わる。月が降臨したかのような高潔な気品を美女が纏う。
『何故、始祖王が国王となる者を銀髪と定めた王国法を作ったと思う? 自分の罪ゆえぞ。始祖王は寵愛している愛妾が他の男の子を産んだ時、愛妾を手放したくない故に愚かにもその子を王子と認めた。しかし王座は王家の血を確実に継承する者に座らせるために王国法を制定したのだ』
「バ、バカな、そんなことは!」
若者の怒鳴り声に美女は自分の魔力を解放した。
高濃度の純粋な魔力を正面からぶつけられ若者は耐えきれずに膝をついた。
崩れ落ちる。まるで美女に忠誠を誓うかのように。
『王家の血を持つ者ならば所有する高密度の魔力ぞ。その王弟とやらが一度でも使えたことがあるのか?』
若者は苦しげに荒い呼吸を繰り返すだけで言葉はもう返せない。若者は高位貴族出身で魔力耐性は高いはずなのに、魔力の圧力で頭が床に押さえつけられる寸前であった。
『証拠もないのに言い掛かりの難癖とされるのも癪に障る。これを悪いが宿からの献上品としてくれぬか?』
美女が魔法袋のバッグから大きな魔法石を取り出した。10年に1個獲れるか獲れないかの貴重なA級の魔石である。
『真偽玉に使うがいい。ああ、もう1個。今代の国王にも第三だったか、茶髪の王子がいるであろう。これではっきりとするぞ』
ロビーでは固唾を呑んで成り行きを見守っていた貴族たちが、ソロリ、と動き始めていた。真偽玉は神以て嘘偽りを許さない。真実ならば権力の勢力図が変動する大事である。
歴史という刻の水に沈められていた水中花の蕾が開くように。
塞き止められていた水が放たれて水流となるように。
貴族たちが静かに動き出す。
美女は支配人に魔石を渡すと、何事もなかったかのように高雅にしずしずと歩み去る。
護衛たちは恭しく後ろに続く。
支配人は、震えがくるほど高額の魔石に慌てて王宮へと向かった。
残ったのは息も絶え絶えな近衛の若者ひとりであった。
雲が色づくにはまだ早く夕闇の時刻ではなかったが、それでもほぐれるみたいに内部からの灯るような光で、ほんのりと影を刷き始めた頃。街で別れたレオハルトが戻ってきた。
「おかえりなさい」
リュリュミーゼに抱きつかれレオハルトは、幸福そのものの顔で笑った。
「ただいま、リュリュミーゼ」
「ねぇねぇ聞いて? 面白かったのよ。私たちを妾にしようとした王弟をお姉様がやっつけたの」
『たまたまです。しかし以前から王家の血を継がぬ者が王族ヅラをしているのが気に入らなかったので、リュリュミーゼとティティリーヌのこともあって暴露してあげたのです』
幽霊姿のセイリスがニヤリと笑った。
くすくすくすとティティリーヌとリュリュミーゼも笑う。
「「今頃、王家は大変よ!」」
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