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13 天上の調べ

 屈強な護衛たちが取り囲む中央には、美女の花冠のような姿があった。


 光の加減で夜のような黒髪がほんのり青みを帯びて艶めき。流れ星が尾をひくみたいに黒髪を飾るダイヤモンドの髪飾りがキラキラと揺れて、銀の髪とともに地上の星のように煌めいた。


 食料品や衣料品、古本に古道具、花や小物や日用品や楽器まで、ありとあらゆるものを売っている王都最大の市場では普段の喧騒が嘘のように粛々と人の波が左右に分かれて、そこを美女が優雅に歩いていく。


 時々、美女は歩みを止めて店で買い物をする。

 ミカンの店のように高値をつけることはないが気前よく支払うので、どの店でも歓迎された。

 それに店では商品を褒め、職人の店ではその技術を誉めるので、なおさらに。


 美女は楽器が並べられた店で、

『これは……!』

 と嬉しそうに楽器のひとつを手に取った。


「その楽器を知っているのですか? もう誰も見向きもしない楽器なのに。音は豊かですが弦が多くて扱いにくいから、すっかり廃れた楽器ですよ」

 老いた店主は楽器の修理もできるので、捨て値の古い楽器の欠陥を修理しては売り物にしていた。

「弦を爪弾ける人もいないから、売れ残ってしまって」

『買います。わたしの好きな楽器なのです。きちんと修理もされて状態も良いですし』


 店主は破顔した。

「もし良かったら演奏してみてもらえないでしょうか? こんな場所なので、ほんの少しでいいですから。その楽器の音色を若い頃に聴いて忘れられないのです、わしは楽器の音を出せるだけなので」


 老いた店主の願いに美女は楽器を持って近くの木箱に座ろうとした。サッ、と貴族のひとりが自分の上着を木箱に敷く。

『ありがとう』

 美女に微笑まれ得意満面の貴族と出遅れて悔しげに歯をギリギリ噛む他の貴族たち。


 座った美女のドレスの裾が蝶の羽ばたきのように広がり、銀色の靴の先がのぞく。


 細い指先が音を奏で始めた。

 音が花のように揺れる。

 旋律が水のように流れる。

 楽器が風のように鳴り響いた。


 聴衆は、動けなくなった。絶句。人の領域の演奏ではなかった。生まれて初めて耳にする至高の音色に人々は愕然とした。


 その音色に乗せて美女が歌を歌う。


 誰も知らない古い言語。

 古風なドレスの美女が歌う古い言葉の歌。

 まるで天上の調べのように、夢のごとく美しい。


 知らない言葉であるのに、情景が人々の目に浮かぶ。


 雪解けの小さな細い流れが垂水となって、水の花火のように散らばり咲いたばかりの花の上にこぼれる。蝶が来る。誘われたのは花の蜜か、花弁にためられた水の滴か。

 春の日の、萌だした若草は葉脈さえもか細く柔らかく。蝶が翔ぶ。若草をたゆたわせる風の中へ花弁の縁から。

 花咲くもの。香りは蝶を追うが花々は蝶のように飛び立てぬ。


 ただそれだけの短い歌だった。


 しかし聴衆の魂は鷲掴みにされて、感動に心は打ち鳴らされた。


 美女の両肩からなだらかに流れ落ちる美しい腕が動きをとめる。


 弦の響きは消えた。歌は終わった。

 美女が上品に一礼をする。


 美女を高貴な花芯として、花弁がほぐれるように人々が夢から覚めてゆく。


 ドワッ、と沸き立った。

 称賛。歓声。拍手喝采。

 惜しみない拍手と鳴りやまない足踏み。

 貴族も庶民も興奮して怒涛のように声を張り上げたのだった。




 興奮の坩堝と化した人々から護衛に守られ、全力疾走で市場より脱出した美女一行は、馬車に乗り込みホッと息をはいた。


「お姉様、素晴らしかったです! 私、感動で震えました!」


 ガタガタ揺れる馬車の内でリュリュミーゼが両手を握りしめる。

『ありがとう、リュリュミーゼ。でも、もっと市場でお金を散財して、ちょっとでも地下のお金を人々の役にたてる予定だったのですが』

「けっこう使ったと思うよ。明日はもう美女姿で市場に行くのは危険だから、俺が買い物に行くよ」

 レオハルトが天を仰ぐ。

「凄かった。人が大波みたいに押し寄せて、潰されるところだったぞ」


「確かに怖かったです……」

 リュリュミーゼが背筋を震わせた。馬車の窓から後ろを確認する。

「貴族の人たちも別の意味で凄いです。あの中で、ぴったり離れずついて来ているんですから」

「貴族っていうのは執念深いヤツが多いからな」

 レオハルトも窓の外に視線を向けると、後方には何台もの豪奢な馬車が続いていた。

「ヤツら、お姉様に求婚する気がまんまんだぞ」


『レオハルトをツバメにするよりも虫酸が』

 美女が嫌悪感に眉を寄せる。

『大神官の時も男性から求婚されて逃げ回ったというのに! 悪夢が再びです!』


 レオハルトが喉でククッと笑う。

「お姉様は幽霊姿も綺麗だもんな」

『笑い事ではありません。この身体はティティリーヌのものなのですよ。大事なティティリーヌをどこの馬の骨とも知れぬ貴族などにやれません』

「あはは、貴族が馬の骨。ヤツら大貴族がほとんどだぞ」


『大貴族でも今のわたしたちよりも貧乏人ですよ』

 すげなく美女は却下して言った。

『身分証を入手でき次第、早めに王都から出る方が良いかもしれませんね』


「賛成です」

「賛成だ」

「「お姉様は美人すぎ!」」

 リュリュミーゼとレオハルトは声を揃えて言った。


読んで下さりありがとうございました。

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