12 ミカン
いつものようにセイリスがティティリーヌに憑依をすると。
その20歳前後の美女姿を見てリュリュミーゼが少し首を傾げた。
「ツバメちゃんというよりは、年齢的に恋人ではないですか?」
とリュリュミーゼが指摘すると、
『ツバメです!』
男と恋人なんておぞましい、とセイリスが主張をして、
「ツバメだ!」
セイリスと恋人なんて断固反対、とレオハルトが声を荒げた。
「俺の恋人はリュリュミーゼだ!」
レオハルトがリュリュミーゼの手をとり真剣に宣言をする。
「私とレオハルトが恋人?」
「そうだ。俺はリュリュミーゼを抱っこしたいし、あーんと給餌したいし、色々したい。俺もよくわからないが、これは好きだからしたいのだと思う。つまりこれが恋人というものなんだろう?」
ちょっと違うと思う、とリュリュミーゼは思案顔になったが何しろ10歳である。
「ティティリーヌが忠告してくれたのだけど、好きと思春期のムラムラは別々のものだから告白された時は賢く考えなさい、て」
残酷な真実をあどけなく発言してしまう。
が、レオハルトはリュリュミーゼの体に上から下まで視線を走らせて、
「ペタンコだから肉欲では断じてない!」
と、とっても失礼なことを断言した。
『言い方!』
ぺちん、と美女がレオハルトの頭をはたく。
『レオハルトは女心が理解できないというよりは、心のやわらかい部分が理解できないという感じですから言葉選びは慎重にしなさい。さもないとリュリュミーゼに嫌われることになりますよ』
顔色をかえたレオハルトをリュリュミーゼが慰める。
「まだ嫌いになっていないから大丈夫よ、レオハルト」
まだ、とリュリュミーゼに言われてレオハルトは蒼くなった。まだとは、嫌いにまで至っていないどうにか許容できる範囲内ということで、つまり猶予付きに先に延ばされただけ。
「捨てないで! 今、胸が切り裂かれたみたいに痛くなった! 俺はリュリュミーゼが好きなんだと思う、いや、好きなんだっ!!」
10歳児にすがりつく15歳の美少年にリュリュミーゼは、にこり、と微笑んだ。
「私ね、優しい人が好き」
「優しくする!」
「浮気する人は嫌い」
「リュリュミーゼだけだ! 浮気なんてしない!」
「私に暴力をふるう人も嫌」
「もちろんだ!」
「私に暴言を言う人も嫌」
「当たり前だ!」
美女があっけに取られて目をぱちくりさせて見ているとリュリュミーゼは、何とレオハルトと20もの約束を交わして可愛く笑った。
「レオハルト、大好き」
「俺も! 俺も! 大好きだっ!!」
レオハルトは感きわまって涙をうっすら浮かべている。
『はぁぁ、リュリュミーゼは凄いですね。猛獣使いみたいです』
ぼそり、と美女は呟いたが、リュリュミーゼを抱きしめているレオハルトに聞こえることはなかった。
『しみじみ言葉選びは大切ですねぇ、あっ、そうだった』
美女が声を上げた。
『ティティリーヌ、リュリュミーゼ』
「「はい、お姉様」」
『冒険者ギルドへ行く前に市場に寄っていいですか? そこで金貨を使いたいのですが』
「「お姉様のお金ですから、私たちの許可なんて必要ないです」」
『いいえ、わたしたち皆のお金です。ただ死蔵しているよりもお金を生かしてあげたいと思いまして。先ほど外に出た時に、良い使い方が閃いたのです』
ガチャリ。
扉が開かれると、宿に申し入れていた護衛たちが待機していて一斉に頭を下げた。
『今日はよろしくお願いしますね』
美女の麗しい声が耳を酔わすが、さすがは一流の宿の護衛たち。姿勢を正して、
「我ら一同、身命をなげうっても必ずお守りいたします」
と深く礼をした。
今日は美女もリュリュミーゼもマントを着ていない。リュリュミーゼだけ顔を隠してフードを被っているのは、かえって目立つとレオハルトが意見したのだ。
だから美女は、足元まで流れる長い髪も露に煌めくように美しい。古風なドレス。豪華な装飾品。頭の天辺から足の爪先まで光り輝くようだった。
光の影のように、付属品であるリュリュミーゼには誰も注意を向けていなかった。
レオハルトはツバメにはならなかった。
結局リュリュミーゼのエスコートがしたくなったのだ。美女が着飾っているのだから、リュリュミーゼも釣り合いをとるために可愛いドレスを着ていた。可愛くなりすぎてレオハルトが離さなかったのである。
美女が宿のロビーにあらわれると、我先に貴族たちが近寄ってきた。
しかし護衛たちは鉄壁だった。
腹を立てた貴族が、
「わたしは伯爵だぞ!」
と怒鳴ったが、美女が長い銀の髪に触れながら、
『それが何か?』
と蔑む口調で言うと、ぐっと言葉に詰まって引き下がった。
宿が用意した馬車に乗った美女を、未練たっぷりの貴族たちの馬車が追いかける。
馬車が市場で停まり、美女が降りると賑わっていた周囲の人々があんぐりと口を開け棒立ちとなった。
しずしずと美女が歩き出すと、ぎゅうぎゅうに人も店もひしめきあっていたが海が割れるように人々が道の端にビタリと寄り、びっしりと店舗が密集している市場だというのに広い空間ができた。その中を美女が淑やかに進む。
『こんにちは』
美女が立ち止まったのは、ミカンを売っている店だった。
店の店主も強烈な美の衝撃を受けて度肝を抜かれて唖然としたが、我に返り、
「い、い、いらっしゃいませ」
とかすれた声を慌てて発した。
『このお店のミカンを全部下さい』
「は、はい?」
『全部です。美味しそうなミカンですね。さぞや手間隙をかけて育てられたのでしょうね』
店主は、文字通り開いた口が塞がらなくなった。
父親の代から苦労して育てたミカンだった。
品種を改良して手間と時間をかけて、より甘く美味しくなるように。品質に自信のあるミカンだったが、ミカンは庶民の果物で安価である。王国では、味よりも安価であればあるほど売れるような果物だ。
味がよくても他店よりやや高い値段の店主のミカンは売れ行きが悪かった。赤字が続き、手塩にかけたミカン農園を手離す寸前まで追い込まれていた。
『代金です』
震える手で受け取った袋の中には、値段の2倍どころか3倍以上の金貨が入っていた。
「あ、あの、これは多すぎです」
『いいえ、正当な値段です。今の値段では売っても売っても儲けにはならないでしょう? このミカンの価値はこの金額であっています』
美女は店からミカンを1個手に取ると、白い指で皮をむいた。薄皮に包まれた櫛形の1房を口に含む。
『甘くて美味しい』
『あーんして下さい?』
側に立つ護衛の口にも美女は優雅な所作で1房入れる。隣の護衛にも。
近くにいる貴族も羨ましげに口を開けていたので、次々に。
「う、うまい……」
「天国の味だ……」
「今まで食べてきた果物の中で最高の味だ……」
うっとりと男たちが感に堪えない口調で嘆息する。涙を滲ませている者もいた。
その間にレオハルトとリュリュミーゼが魔法袋に店のミカンをせっせと収納する。
「お姉様、終わりました」
美女は頷くと、店主に顔を向けた。
『明日も買いに来てもいいでしょうか?』
「は、は、はい! お待ちしております!」
この後、この店のミカンは美女が値をつけた価格で富裕層を中心に飛ぶように売れるようになったのだった。
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