10 無自覚レオハルト
「確かに我が血族はバジリスクの毒と魔眼を血に取り込むことに成功した。しかし、元々魔物の能力を人間が継承することに無理があった。力が強くなると人間の肉体が耐えきれなくなり、石化が始まる。徐々に体が石に変化して、必ず死ぬ。石化を免れた者も老齢まで生きられた者は少ない」
少年が言の葉をつなぐ。
「そして、石化が治療されても生き延びた者はいない。運良く聖女レベルに治療をされたとしても、石化は数年で再発するのだ」
「俺は家のため民のため、ずっと戦ってきた。戦闘能力が高かったゆえに幼い頃から。石化の治療のため、と大義名分で家から離れられた今、もし治療されて延命が可能となったとしても家には帰らず再発の時まで自由でいたい」
「だから頼む。治療が成功しても内密にしてほしいんだ」
15歳くらいなのに疲れた顔をした少年は深々と頭を下げた。
美女は重い溜め息をついた。
茶器を手にとり、ひとくち茶を口に含み呼吸を落ちつかせる。
『また子どもを道具にする家ですか。お尋ねしますが、治療が成功した後、自由になって何をしたいのですか?』
「旅がしたい。戦って戦って、俺は7歳が初陣で以来ずっと戦ってきた。家のため民のため、だ。自分のために戦うことすら許されなかった。旅をしてダンジョンに行ってみたい、海を見てみたい、誰かに優しくして優しくされたい」
『では、わたしたちと旅をしませんか? わたしたちならば再発しても治療ができますし』
少年が怪訝そうに返す。
「ともに旅を?」
『わたしたちも王都を出て、遠くへ旅立つ予定なのです。貴方は治療を、わたしは実はこの子たちの信頼できる護衛を欲していたのです。利害は一致していると思うのですが?』
美女がリュリュミーゼに身を寄せる。
「護衛とは、その子の?」
『そうです。双子なのでもう一人いますけど。わたしは魔法全般が得意なので自衛ができますから護衛はいりません』
少年は身を乗り出して言った。
「了承すれば、その子の名前を教えてもらえるのか? 俺の名前をその子に呼んでもらえるのか?」
『事情が変わりましたから、もちろん。ティティリーヌとリュリュミーゼも良いですか?』
「「はい、お姉様」」
ぎょっと少年が身をひく。
「声が、二重に聴こえたが?」
『ふふふ、貴方の家のことを訊ねてしまいましたし、こちらのこともお話ししましょうか』
美女が語る話は、少年には驚愕そのものあった。にわかに信じることは困難であったが、『証拠をお見せしましょう』とセイリスとティティリーヌが離れた時、少年は幽霊のセイリスをはっきりと見てしまったのだ。
「幽霊が見えるなんて。俺は初代以上の歴代最強の魔眼持ちと言われているが、そのためか? 魔獣のバジリスクすら逆に石化させてしまう魔眼のせいか?」
『理由はわかりませんが、嬉しい誤算ですね。わたしが見えるなんて。わたしはセイリスと申します』
ティティリーヌとリュリュミーゼも、にこにこ笑顔で挨拶をする。
「姉のティティリーヌです」
「妹のリュリュミーゼです」
「リュリュミーゼ、俺はレオハルトだ」
リュリュミーゼの手をとり、忠実な騎士のように跪いて名乗るレオハルト。
あらあらあら、とセイリスとティティリーヌが視線を合わせる。
『おそらく魔獣の能力を持つレオハルトは、獣の本能も強いのでしょう。獣の、番を求める本能のようなものが』
「まぁ、ではリュリュミーゼは」
『レオハルトは自覚していないみたいですが時間の問題でしょうね』
ひそひそひそ、とセイリスとティティリーヌが声を潜めて会話をする。
「リュリュミーゼは、きょとんとしてますけど」
『レオハルトが自覚してしまえば、押せ押せで陥落は時間の問題でしょうね。リュリュミーゼはポヤっとしているところがありますから』
「まぁ、レオハルトったらリュリュミーゼの手にキスしましたわ、お姉様!」
『無自覚でコレですから、自覚するとスゴイでしょうね』
きゃっきゃっ、ふふふ、とセイリスとティティリーヌは楽しげに盛り上がる。
「お姉様が初対面なのに私たちの事情を話したのは、リュリュミーゼのことがあって信用できると思われたからですか?」
『それもあります。レオハルトはリュリュミーゼを裏切ることはないでしょうから。それにレオハルトの治療はわたしたちだけが可能です、命綱を握っていますし、ね』
もし裏切るならばわたしが潰しますし、ね。とセイリスは誰にも聴こえない口の中で呟いた。
「お姉様」
レオハルトに呼びかけられてセイリスは、ものすごく複雑怪奇な顔をした。
『レオハルトにお姉様と呼ばれるのは、ちょっと……』
「でも、お姉様だろ?」
『うう……、仕方ないです。嫌ですけれども、お姉様と呼んで下さい』
ちゃっかりリュリュミーゼを抱き上げてレオハルトは、ご機嫌な様子で自分の魔法袋から小瓶を取り出してセイリスに言った。
「お姉様、この小瓶をリュリュミーゼの生家の侯爵邸の水に混入することはできるか? ダメならば俺が行くが?」
『何ですか、これは?』
「俺の血」
『「「はい?」」』
「俺の血だ。薄めて飲ませれば、約1日ほど体のどこかが1部分石化する。イヤガラセにぴったりのスグレモノだ」
『「「イヤガラセ……」」』
「リュリュミーゼが虐められた家なんだろ? 最後は踏み潰すけれども、真綿で首を絞めるみたいに少しずつ少しずつ王都にいる間は苦しめようかな、と」
「まったく、こんなに小さくて可愛いリュリュミーゼによくも……」
ぶつぶつ唱えるレオハルトから、つつつ、と距離をとりセイリスとティティリーヌは肩を寄せあい小声で話す。
「あれで無自覚ですか?」
『自覚していれば、イヤガラセではなく侯爵家は血の雨が降ることになっていますよ』
翌朝、侯爵邸では。
「ギャアアア、手が! 手が!」
「ヒィイイイ、足が! 足が!」
「オオオオォ、目が! 目が!」
「ノオオオォ、耳が! 耳が!」
「イヤアァァ、わたくしの美しい髪が!」
阿鼻叫喚。使用人たちも夫人たちも異母兄弟たちも、卒倒から回復していた侯爵も、絶叫を張り上げたのだった。
ついでにセイリスは、レオハルトからもう1つ小瓶をもらって神殿の水にも混入させたので、神官たちも神殿の至るところでーーーー。
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