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1 祝福の日

草と小石の設定は同じですが、「溺愛生活は溜め息とともに」とは別の作品となります。

ややこしくして申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

 双子の姉妹ティティリーヌとリュリュミーゼはお互いの手を握りあい、ぶるぶる震えていた。


 


 ティティリーヌとリュリュミーゼは筆頭侯爵家の令嬢であった。

 母親は父侯爵の第三夫人で、小さな領地の男爵家の令嬢だった。普通ならば広大な領地を所有する父侯爵は母親の弱小男爵領など歯牙にもかけないのだが、その男爵領は侯爵領から王都への通り道だったのだ。


 侯爵家にとって旨みのある領地だった故に、男爵家の跡取り娘であった母親は政略の名のもとに強引に父侯爵の第三夫人にされてしまったのである。


 王国法による合法的手段によって侯爵領に併合された男爵領であるが、領民は豊かな侯爵領の恩恵により生活水準が上がり喜んだ。


 しかし第三夫人である母親は、第一夫人と第二夫人が高位貴族の血筋だったため蔑まれ、生まれた双子のティティリーヌとリュリュミーゼともども見下され屋敷の片隅に追いやられて、花が枯れるようにひっそりと儚く命を散らした。


 庇護者を亡くしたティティリーヌとリュリュミーゼは、第一夫人と第二夫人、その子でありティティリーヌとリュリュミーゼの異母の兄弟たちに虐げられて育った。

 父侯爵は無関心だった。

 男爵領を手中におさめた父侯爵にとって、もう用済みの存在だったのだ。かろうじてティティリーヌとリュリュミーゼが春の妖精のように愛らしい顔立ちの女の子であったために、政略の道具として認容されていただけにすぎなかった。


 そして、ティティリーヌとリュリュミーゼが10歳になった時。


 王国では10歳が成人とされ、庶民の子どもは就労し、ギルドの登録も正式に認可され、貴族の令嬢令息は結婚が許可されるのだ。


 何よりも10歳になれば、成人の祝いとして女神より祝福が授けられることがあった。確率は約数万人に1人と狭き門だが、それだけに授けられる祝福は人生を変えるほどの絶大なものであった。


 ある者は、聖女のごとき治癒魔法を。

 ある者は、羅針盤のごとき正しい道をしめす占いの能力を。

 ある者は、万能のごとき鑑定の魔法を。

 魔法のある世界とはいえ、女神の祝福は天と地ほど違う力があった。


 とは言うものの数万人に1人である。

 ティティリーヌとリュリュミーゼも誰からもまったく期待されず、侍女を一人伴って神殿にやってきたのであるが。


 女神の祝福が授けられたのである。


 驚愕と歓喜に迸った声は、すぐに戦慄く罵声へとかわった。

「女神様の怒りだ!」

 と天使の清らかな羽根をもぐように叫び、

「この双子は女神様に呪われたのだ!」

 と人魚の美しい鱗をはぐように神官たちが怒鳴った。


 ティティリーヌとリュリュミーゼは女神より祝福を与えられた。

 それは、草を出現させる能力と小石を出現させる能力であった。


 過去の素晴らしい祝福とは異なり、みすぼらしく役にたたない劣った能力だったのである。


「女神様がこのような力を祝福として授けられるはずがない! この双子が何か女神様の不興を買ったのだ! ゆえに女神様が不快に思い双子に罰として、取るに足らない劣弱な能力を与えられたのだ!」


 10歳のティティリーヌとリュリュミーゼを神官たちがぐるりと囲み吐き捨てるように叫ぶ。祝福が。祝福が。禁忌の過ちだと神官たちが繰り返す。


 ティティリーヌとリュリュミーゼはお互いの手を握りあい、ぶるぶる震え声も出せない。もし筆頭侯爵家の令嬢でなければ、血走った目をした神官たちに八つ裂きにされてしまうのではないか、という恐怖があった。


 乱暴に。ティティリーヌとリュリュミーゼは侍女が侯爵家へ知らせに走り去った後に、神官たちによって粗末な部屋に入れられた。外には見張りの神官が立ち、扉には鍵がかけられた。


 ガシャン、と金属音が響く。


 侍女はティティリーヌとリュリュミーゼを侯爵邸に連れ帰ろうとしたのだが、神官たちが前例のない劣弱な祝福だったため神殿に留め置いたのだ。しかし侍女が侯爵家から人手を連れて来れば、ティティリーヌとリュリュミーゼは侯爵家の権威のもと神殿から引き渡されることになるだろう。


 窓のない暗い部屋であったが2人っきりになれたことで、ティティリーヌとリュリュミーゼはほっと息をはいた。二人の唇は紫色だった。すっかり青ざめ、それでも現状を打破できる方法を顔を見合せ必死に考える。


「きっとお父様は許して下さらない。私たち、処分されてしまうわ」

「ええ。家名に泥を塗ったと激怒なさるわ。家の恥の流出を防ぐためロリコン貴族との結婚も、もう選択肢にはないわ。最悪は病死で今晩にでも……」


 筆頭侯爵の父親のプライドは高い。

 本来ならば貴重な祝福を喜ぶべきなのではあるが。草と小石では家名を汚泥に埋める祝福であると他の貴族たちから嘲笑の的となる前に、家の恥となったティティリーヌとリュリュミーゼをひっそり不要なものとして始末して、なかったことにされる可能性が大きい。


 神官たちでさえ殺気立っていたのだ。

 貴族としての面子が大事な父侯爵は、当然のように殺処分を選ぶだろう。


「どうしよう……。鍵が閉まっていて部屋から出れない」

「どうしよう……。逃げられない」


『女神様の尊い祝福を。これほど立派な祝福などないと言うのに。崇拝すべき女神様の恩恵を理解もせず幼い子どもたちを苦しめるなんて、あの者たちは神官として言語道断、最低の失格者です』


 突然、2人以外には誰もいない部屋であるのに玲瓏な声が聞こえた。

 ティティリーヌとリュリュミーゼが顔を上げると、天井近くに半透明の凄絶な美貌の青年が浮かんでいた。


「え?」

「え!?」

 びっくりしたティティリーヌとリュリュミーゼが目をみはる。


 3人の視線が絡まった。


『……もしかして、わたしが見えています?』

 驚き顔の青年の問いかけに、コクコク頷くティティリーヌとリュリュミーゼ。

『何と! わたしが死んで500年、初めてわたしが見える人が現れるとは!』


 輝く銀の瞳に足元まで流れる長い銀の髪。王家の色を持つ花の王のごとき美貌の青年が嬉しげに優艶に微笑む。破壊力が凄い。ティティリーヌとリュリュミーゼは「う」とか「い」とか意味をなさない言葉を口から発して赤くなった。


「……あの、死んだって……?」

「……あの、その、幽霊……?」


『はい。幽霊ですよ。生前は大神官でした。名前はセイリスと申します』


 神官服のセイリスが優雅に礼をする。何をしても麗しい。絵になる青年であった。


『で、本題です。先ほどから不穏な会話を2人でしていましたね。わたしとしては、せっかく慈悲深き女神様のお導きによって500年ぶりに人と会話ができたのに。失いたくはないので、貴女たちをお助けしたいのですが』


「助けていただるのですか?」

「父からも、神殿からも?」


『はい。ですから詳しいお話を聞かせて下さいますか?』


 セイリスの親身な言葉に、ティティリーヌとリュリュミーゼの瞳に涙が浮かんだ。

 まだ10歳なのだ。

 なのに母親を亡くして侯爵邸で冷遇されて、今は祝福を受けて普通ならば歓呼の声に包まれているところを、侮蔑されて命の危機にすら直面している状態である。


 優しい労りに、相手が死人だろうと幽霊だろうとティティリーヌとリュリュミーゼは嬉しくて、嬉しくて。父親のこと侯爵家での辛かったこと、神官たちが怖かったことまで。セイリスに訴えたのであった。


 ティティリーヌとリュリュミーゼは、現状を切りぬける術としてはセイリスにすがりつくしか方法はない。

 侍女が屋敷に帰り、迎えの者が来て拘束されてしまえば終わりである。屋敷でどのような目にあうことか。想像できるだけに、おぞましかった。


『よし、わかりました。まず逃げ出すことが先決ですね。魔法は使えますか?』

 ティティリーヌとリュリュミーゼはふるふる首をふった。

「勉強中なので」

「あまり使えません」


『わたしも幽霊のままでは高位魔法は使用できないのです。だから、どちらかに憑依させてもらえないでしょうか?』


「では私の身体をお使い下さい」

 黒髪に緑色の瞳のティティリーヌが身を乗り出す。

「申し訳ありません、名前を名乗っておりませんでした。私は姉のティティリーヌと申します」


「私は妹のリュリュミーゼです」

 金髪に青色の瞳のリュリュミーゼも声を上げる。

「姉ではなく、どうか私の身体を」


 セイリスはお互いを庇いあう姉妹愛に感動していた。それに何と言っても500年ぶりの話し相手。是非とも、侯爵家も神殿も蹴散らして無事に逃亡させてあげたいと決心して、全力を尽くすつもりであった。


 誰からも顧みられることもなく泥の中へ沈められかけている小さな花、掬い上げ、救い上げるために出会ったのだ、とセイリスは女神の導きに感謝をした。


『では、ティティリーヌにお願いしましょう』


「はい!」

 花咲く笑顔のティティリーヌとは対象にリュリュミーゼはしょんぼり顔となる。姉だけに負担をかけることが心配なのだ。


『ティティリーヌ、心静かにわたしを受け入れて下さい』

「はい、セイリス様」


 ティティリーヌの華奢な身体に半透明のセイリスが重なる。スゥゥ、と淡い光となってティティリーヌの中へ消えていくセイリス。


 そして、月夜に一夜だけ咲く月光花のようにティティリーヌの身体が儚く発光して。


「ティティリーヌ!」

 リュリュミーゼが絶句して固まった。

読んで下さりありがとうございました。

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