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第二話 闇に挑んでみたんだが上手く行きそうだな!

ごめん、ちょっと話数増えます。書いてみたら多くなったメンゴ。

 レナトゥスが辿り着いたとき、ニュクサブルクはすでに雪が降っていた。


 曇天のもと、煉瓦造りの堅固な建物が立ち並び、スレート瓦の屋根はどれも鋭く尖っている。幌馬車は見受けられず、どの馬車も木材や金属で作られて、毛足の長い強靭そうな馬が引っ張っていた。


 旅装のレナトゥスは親切な街灯点灯夫(コンジュゲイター)の男性に案内されて、テネブラエからもらったカードの住所に向かう。トランヴィーユ家の屋敷は、大きな通りに面した、三階建てのアパートメントのような建物だった。こちらでの屋敷といえば、正面は飾りもなく近隣の住居と同じ形の建造物でないといけないらしく、その分、中を暖かく、豪華にするらしい。


 通りすがりの老婆に厚意で押しつけられた毛皮の帽子を被って、レナトゥスはドアノッカーを叩く。


 すると、中からやせ細った中年の女性が飛び出るようにやってきた。慌てて立ち止まり、女性はレナトゥスを見て、こう尋ねる。


「あ、あなたが、光魔法の使い手の?」

「はい。リュクレース王国貴族ド・モラクス公爵家嫡男、レナトゥス・ド・モラクスと申します、マダム。お会いできて光栄です。ここまで来るのに時間がかかってしまい、申し訳ありません」

「いいのよ、本当に来てくださっただけでも嬉しいわ。さあ、中に入って」


 どうやら、女性はトランヴィーユ家の現当主の奥方、ミュジニー・トランヴィーユだ。まとめ上げられた黒髪に長いまつ毛、一言でいえば薄幸の美人という雰囲気だ。黒を基調としたシックな服装の中にも金のアクセサリがさりげなく配されていて、富裕層であることははっきりと分かる。リュクレース王国の基準でいえば最低限の贅沢、とばかりに見えるが、ニュクサブルクではそうしたものが好まれるようだった。


 しっかり教え込まれた礼儀作法が功を奏してか、レナトゥスは無事トランヴィーユ家に迎えられた。やればできるのだ。


 ミュジニーに案内されて、レナトゥスは屋敷の中を歩くが、どうも様子がおかしい。ふわふわと浮いている気がする、足が地面についているか不安になる。それが闇魔法の影響だ、とレナトゥスはすぐに気付いた。事前に双子の妹エスターの恋人イヴリースから闇魔法について講義を受けていたおかげだが、イヴリースによれば闇魔法は『重力に影響を及ぼす可能性がある』らしい。重力とは、と尋ねたところ、とにかく重くなったり軽くなったりする力のことです、とイヴリースには簡単に返されたので、レナトゥスは実際に体験してみて初めてその意味が分かった。


 つまり——おそらくはギネヴィアの闇魔法に近づけば近づくほど、重力の影響が増していく、ということだ。屋敷の廊下を進んでいくにつれ、あまりにも体が軽くなっていく。ミュジニーは慣れている様子で進むが、よく見ると靴に錘が付いていた。娘に近づけない、ということを避けるために、努力しているのだろう。


 レナトゥスはつい、声をかける。これ以上、ミュジニーに負担をかけたくなかった。


「マダム・トランヴィーユ、この先がお嬢さんの?」


 ミュジニーは立ち止まり、廊下の先、さらにはそこの窓ガラスの向こうに見える別棟を指差した。別棟は、時折ぐんにゃりと歪んで見える。


「はい。丸ごと、娘の魔法で包まれています。別棟の中には入れませんし、何も見えない暗闇です。中がどうなっているか、何度か魔法研究家の方に分析してもらったのですが……娘の力が強すぎて、まったく見通せなかったと。闇魔法の使い手は世界でも数人しかおりませんし、我が家も十何代かぶりに闇魔法の力を持った人間が生まれたものですから、対処法が分からないのです」


 ミュジニーから話を聞けば聞くほど、事態は深刻だった。


「食事などは大丈夫なんですよね?」

「はい、毎日三度、食事の載ったカートごと中へ。ちゃんと戻ってきますけれど、何日かかけて食べている日もあるようで、心配で」


 ついにミュジニーの瞳には、涙が溢れはじめた。娘を大切に思う気持ちはどこの国でも同じだ、レナトゥスの母オーレリアだって、娘のエスターをそれは大事にしている。


 釣られて涙が出ないよう、レナトゥスは唇を噛んだ。


「娘が幼いころから可愛がってくれていた先代当主が昨年殺され、それきり塞ぎ込んでいるようです。元々臆病で、自分の力が制御できないことを気に病んでいた子でしたから……祖父が毒で暗殺されたことによって、怖くて外に出られなくなっているのではないか、と」


 これが限界だろう。レナトゥスは、それ以上ミュジニーに語らせない。安心させる言葉を選んで、かける。


「ド・モラクス公爵家の名にかけて、手荒なことはしません。お嬢さんの名誉を守ることも約束します。ですので、別棟からできるだけ遠ざかっておいていただけますか?」


 ミュジニーは何度も頷き、使用人たちを退避させる、と言って戻っていった。レナトゥスはそれを待ち、ギネヴィアとどう向き合うかを考える。


 会うだけの予定だったが、このまま闇魔法の中に引きこもっていると、やつれて本人の命にも関わるのではないか。何より母親のミュジニーは気丈に振る舞っているが、いつ倒れてもおかしくないほどの顔色だ。誰にもどうともできないのなら、せめて中に入ってギネヴィアと楽しく話すくらいはやろう。そのための光魔法も、闇魔法を想像しながら旅の途中で編み出してきた。


 レナトゥスは、ミュジニーからの合図を受け取り、別棟へと歩きはじめた。


 強い闇魔法の作用で、重力が生まれ、空間が歪んでいる。イヴリースの説明では、そういう話になる。


 では、闇魔法を解除していけば、それらの作用を消しながら進むことができるのではないか。原理的には、闇魔法とは光を初めとしたさまざまな要素を奪って、闇を構成しているようだ。なら、与えればいい。光魔法は光だけを生み出すわけではない、あらゆる物質に作用して、促進し、エネルギーを生み出す。それでも収奪されるのなら、無限に与えればいいのだ。


 レナトゥスは、自らの体から光魔法を発しつづける。それでも一歩進めば次々と光は奪われていく。引き込まれるように失われていく光を見て、レナトゥスは闇魔法の威力に見当をつけた。


 なるほど、これほど強力だと自分くらいしか光魔法を継続して与えつづけることはできないだろう。しかし、無理難題というわけではない。できる、とレナトゥスは確信して、別棟の扉を叩いた。


「さて。おーい、聞こえてるんだろう、ギネヴィア(ヴィー)。今からいいものを見せてやる」


 そう言って、レナトゥスは扉を開け、中へ突撃する。


 闇の濃さで、ギネヴィアのいる場所は何となく察知できる。その手前で止まり、さらに強力な光魔法を発し——両腕を右斜め上へ勢いよく掲げ、右膝を曲げて左足はまっすぐに、ちょっとだけ腰を右へひねる。


 レナトゥスが考えた、新しい、そして一番いいと確信したポーズだ。


「初めましてこれが俺の考えた最強にカッコいいポーズだ!」

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