10話 ジイさんの孫になりたいけど……
圭介が源蔵の部屋に来たのは、最初に訪れた日以来だった。
今回は母親とともにソファに座ることを許された。
「なんだ、その仏頂面は」
向かいに座った源蔵が17年ぶりに会う娘に対して真っ先に言ったのがこれだった。
圭介が隣に座る母親を見ると、その言葉の通り『仏頂面』以外の何物でもない表情をしている。
「留置所から出してやったというのに、礼の一言もないとは。それほどわしの世話になるのが嫌だったか」
源蔵の顔はひげで隠れていて、ただでさえ表情が読み取りづらい上、話し方も単調で言葉に込められた思いがよくわからない。
「そうね。できることなら、一生お父さんの顔を見ないで生きていたかったわ。お父さんもそうでしょ?」と、母親の方は完全にケンカ腰だ。
「でも、どういう風の吹き回し? 勘当した娘にいくらお金を使ったのよ?」
「そんなことをおまえが知る必要はない」
「大方、あたしの口から神泉の名前が出ることを恐れたんでしょうけど、お生憎様。あたしはこの17年、この家とは無関係に生きてきたの。神泉の名を口にすることもなかったわ。
あの弁護士が来るまで、警察だってまさか場末のスナックの店員が神泉家とつながりがあるなんて思ってもみなかったみたいよ」
そう言って、母親はせせら笑っている。
圭介が二人のやり取りをハラハラと見ていたところ、源蔵が突然手にしていた杖でドンと床を突いた。
その大きな音に母親もビクリと震えたように見えた。
「このバカモノ! おまえのバカさ加減には呆れて物も言えぬわ。
家名に泥を塗って出て行ったおまえがのたれ死のうが構わん。子は親がなくとも育つ。
しかし、おまえが犯罪者になったら、圭介はどうなる? おまえのつまらない意地で息子の将来をつぶす気か? そんなこともわからないのなら、おまえは母親失格だ」
「……なによ。手を貸したのは圭介のためだっていうの? それこそどういう風の吹き回しよ? どこの馬の骨ともわからない男の息子なんか、孫とも思ってもいないでしょうに」
「圭介に初めて会うまでは、あの男の息子になど興味は持ったことはなかったがな」
「圭介に興味を持ったっていうの?」
「おまえが毛嫌いしていたこの家を圭介が頼ってきたということは、おまえと違ってこの家と縁を持ちたがっているということではないか? この家の財力と権力は、今まで貧乏暮らしをしていた圭介にはさぞかし魅力あるものだろう」
「そうなの、圭介!? 貧乏暮らしが嫌で、だから、お父さんと仲直りしろって言ったの!?」
風向きが突然自分の方へ向いた圭介は、母親の勢いにゴクリと息を飲んだ。
源蔵には圭介の本心を見抜かれていた。
母親を助けるように藍田家に頼んでも同じ結果は得られただろう。
それでも、ここを先に選んだのは、神泉家とこの機に関わりを持って、あわよくば孫として認められたいと、心の奥底で思ったからだ。
「……別に貧乏暮らしがイヤなわけじゃない。でも、今回みたいに母ちゃんが捕まったりしたら、おれにはどうすることもできないって思い知らされたんだ。
おれは未成年だし、稼げる金も限られていて、母ちゃんに何かあった時に守れない。せめておれが一人前になるまで、母ちゃんを守ってくれる人がいたらって思った。それだけだよ」
この先、貴頼が何を仕掛けてくるのかわからない今、2度と母親に手出しさせないためにも、神泉家とのつながりは持っておきたいところだ。
世の中金じゃないといっても、金で解決できることはいくらでもある。
実際、呪いにあった3人も『金の力』で桜子から手を引かされたのだ。
(あいつが金を使ってくるなら、おれだって対抗するのに金が必要になる時が来るかもしれないし……)
源蔵がゴホンと咳ばらいをするので、圭介は姿勢を正した。
「ともかく、圭介のことは調べた。青蘭でトップクラスの成績、心身ともに健康、中学までは友人も多く、スポーツもできる方。百合子が育てたにしては、ずいぶん出来が良いようだな」
「失礼ね!」と、母親が目を剥く。
「あたしが手塩にかけて育てた息子なんだから、当然でしょ。圭介は自慢の息子なのよ」
「しかし、青蘭でイジメにあっていることは知っているのか?」
「あの学校なら当然でしょ。そもそも圭介があんな学校に行くから、そういう目にあうだけで、あたしは無理に行かせたりなんてしてないわ。行きたがっているのは圭介よ」
「圭介がわしの孫ということになれば、扱いは変わるだろう。わしも出来の良い孫ならば、孫と認めてやっても構わん」
「本当に!?」と、圭介は思わず歓喜の声を上げていた。
一方、母親は先程までの強気な態度と一変して、青ざめていた。
「冗談やめて。圭介をお父さんの都合のいい駒にするつもり? それとも……後継者にでもするつもり?」
(後継者?)
意外な言葉が出てきて、圭介は「うん?」と首を傾げた。
次話、この場面が続きます。