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【本編完結】監視対象のお嬢様にうっかり恋をしたら、高嶺の花すぎた――けど、あきらめたくないので、テッペン目指そうと思います。  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
第3章 『呪い』は全力で回避します。

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6話 金と権力、欲しくもなるだろ?

 藤原が出ていった後、圭介はカーテンを少し開けて窓の外を覗いてみた。


 小さなバルコニーがあって、少なくとも外には出られることがわかってホッとする。

 ただ隣のものとは離れていて、もちろん移動することはできないが。


 それから少しして、ドアがノックされた。


「どうぞ」と返事をすると、鍵が開けられる音がして、開いたドアから雪乃がワゴンを押して中に入ってきた。

 どうやら食事が運ばれてきたらしく、パンの香ばしい香りが漂ってくる。

 

 雪乃は窓際のテーブルセットに料理を並べ終えてから、座ってくださいというようにイスを引いた。


「お食事の用意が整いました」


 皿の上に乗っていた銀の蓋が取り除かれて、湯気の立つ分厚いステーキ肉が現れる。

 あまりのいい匂いに、圭介の腹は無意識のうちにグウと鳴っていた。

 

 圭介は赤くなる顔を隠すように座って、「いただきます」と食べ始めた。


「今日はいろいろあって、大変でしたでしょう」


 圭介の食事を見守っていた雪乃が、労わるように声をかけてきた。


「あなたが祖父に会えるように説得してくださったんですか?」


 インターホンで1度断られた後、圭介は長い時間待たされた。

 その間に、雪乃が母親の逮捕の件を源蔵に伝えてくれたのだろう。


 今思えば、源蔵に会う頃にはすべて手配済みになっていたので、わざわざ会って圭介から説明する必要はなかった。

 情報漏洩(ろうえい)防止のために圭介を閉じ込めておくにしても、『百合子の件はすでに対処している』と、この部屋に直接放り込んで、藤原にでも説明させれば済んだ話だ。


 今夜、圭介が源蔵に会ったのは、この雪乃の計らいのような気がする。


「まあ、説得など大げさな」と、雪乃は少し困ったような顔になった。


「私はただ、せっかく圭介様がいらしてくださったのですから、1度くらい大旦那様もお会いになった方がよいと思っただけで……差し出がましい真似をいたしました」


(やっぱりなー。あのジイさん、道理で部屋に入っても黙ったままだったわけだ)


 用事が済んでいるのに、会うつもりのなかった孫をいきなり前にして、何を話していいのかわからなかったに違いない。


(おれが「じいちゃん、会いたかったー!」って、抱きついてたらよかったのか? ……いや、そういう雰囲気じゃなかったな)


「雪乃さんは母をよく知ってるんですか?」


「私がこちらへご奉公に上がった年に百合子様がお生まれになって、以来、この家を出られるまでお世話をさせていただいておりました」


 雪乃は20年近く母親のそばにいた人だったらしい。

 にわかに好奇心がムクムクとわいてきて、圭介はいろいろ聞きたくなっていた。


「母は子供の頃、どんな感じだったんですか?」


「そうですね……百合子様は大変好奇心旺盛で、明るくて元気な方でしたよ。末っ子ということもあって、大旦那様も(こと)(ほか)かわいがっておられました」


「……そうなんですか?」


(母ちゃんが言ってたことと違わないか?)


「母は祖父のことをよく思っていなかったみたいですけど……?」


「百合子様が今の圭介様と同じくらいの年頃からかしら、うまくいかなくなったのは」


「何かあったんですか?」


「その頃、長男の智之様が大旦那様の決めた方と結婚されたり、長女の真紀子(まきこ)様の婚約が破談になりそうになって、精神的に病まれたり――」


 どうやら、圭介が思っていた以上に、複雑な事情があったらしい。


(母ちゃん、詳しいこと、なんも教えてくれなかったし……)


「百合子様はそんなお二方を見て、大旦那様が絶対的に支配するこの家が窮屈(きゅうくつ)に思われたのでしょう。自由な方でしたから余計に」


「何度も家出をして、連れ戻されたと言っていました」


「そんなこともありましたね。百合子様はこの家の中にいるより、外の世界の方が居心地よかったのでしょう」


 雪乃は昔を思い出しているのか、懐かしそうにほんのりと目を細めていた。


「それで父と出会って、駆け落ちしたと」


「あの時、お腹にいた子がこんなに立派になられて。生きているうちにお目にかかることができて、うれしいですわ」


 そう言って雪乃は目に浮かんだ涙をそっとぬぐいながら微笑んだ。




 食事を終えた後、圭介はシャワーを浴びて、用意されたパジャマに着替えた。

 ふかふかのベッドにもぐり込むと、疲れが一気に身体からしみだしてくるような気がする。


 しかし、圭介の頭の中は冴えすぎているのか、考えることをやめない。


 母親がここで生きていた痕跡(こんせき)は確かにあるのに、圭介のよく知っている母親が『お嬢様』だった姿は想像できない。


 15年の歳月は、人を変えてしまうのに充分な年月ということなのか。それとも環境がそういう別の人物を作り上げるのか。


 『神泉』を名乗っても『坊ちゃん』にはなれないと、母親が言っていたことを思い出す。

 家柄というのは育ちがものを言うのだと。


 ここにいる圭介は、あまりに違う環境に、自分が紛れ込んだ異物としか思えなかった。


(けど、おれもこういう生活を続けていたら、いつかは『坊ちゃん』になれるのかな……)


 数日間の『上流階級の生活体験』という人生のオプションがついてきただけのことなのに、心の中ではここで暮らしていけたら、と期待してしまう。


 贅沢がしたいわけではない。

 ただ、桜子と付き合っていくのに、誰も文句をつけられない『家柄』というものが、ここにはあるのだ。


 母親の勘当が解けて、圭介が親族の一人として受け入れられる日が来てほしいと願わずにはいられない。


 これから母親が無事に戻ってきたとしても、今のアパートはすぐに出て行かなくてはならないし、店の経営者が逮捕されてしまっては、母親は職を失ったも同然。

 圭介自身もバイトをクビになって、もっか瀬名家には収入がない。


 高校に通い続けたいなどと、もう甘いことは言っていられない。

 母親が新しい仕事が見つけるまで、どうやって生活するかの方が問題だ。


 こんな状況に陥れてくれた貴頼に対して、改めてフツフツと怒りがこみ上げてくる。


 源蔵に助けを求めたことにより、今回は最悪の事態は免れたものの、このまま桜子と別れなければ、さらなる不幸が降りかかってくるだろう。


 何も持たない圭介では、ただただ襲い掛かる問題に右往左往(うおうさおう)しているだけで、貴頼を打ち負かす力はない。


 貴頼が何を仕掛けてこようと太刀打ちできる、『力』が欲しい。

 そのためにも神泉家の金と権力は、ノドから手が出るほど欲しい。

 いくら貴頼でも、この家をひっくり返すのは難しいはずだ。


 それに、これ以上圭介の身に何かがあったら、桜子も付き合うことを考え直してしまうかもしれない。


 ずっと片思いをして、ようやく互いの気持ちを確かめ合えたのが昨日。

 まだまともにデートもしたことがないのに、このまま終わるなど絶対に認められない。


(そういや、月曜日にデートするって約束してたっけ……)


 月曜日までに母親が戻らなければ、圭介は出かけることを許されない。

 連絡すら取れないのだ。


(このままだと、桜子、心配するよな……?)

思い出したところで、次話は桜子に連絡です。



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