5話 いきなりお坊ちゃん扱いされても……
「話は終わりだ」
源蔵に言われて、圭介が「失礼します」と部屋を出ると、そこには雪乃が待っていた。
「お部屋にご案内します」
圭介は再び雪乃に連れられて、同じ2階の別の部屋に通された。
そこは、圭介の住むアパートがすっぽり収まるほどの広い部屋だった。
天蓋付きのベッドに応接セット。大きなテレビはあるし、暖炉の上には高そうなアンティークの置時計や飾り物が並んでいる。
(なんか、高級ホテルの部屋って感じなんだけど……)
圭介が唖然としてる中、雪乃がテキパキと部屋の説明を始めた。
「こちらが圭介様のお部屋になります。シャワーとトイレはそちらで。お風呂の方がよろしければ、ご案内いたします。
御用の際はそちらの内線電話でお呼びください。番号のリストはこちらです。お食事はどうされます?」
言われて初めて、圭介は夕食を食べていないことに気づいた。
今頃になって空腹を感じる。
「ええと、何か食べるものありますか?」
「何がよろしいですか?」
「何がと言われても……腹が減ってるから、何でもいいんですけど」
「好き嫌いやアレルギーはございますか?」
「特にないですけど……」
「では、用意してお持ちいたします」
雪乃は頭を下げて部屋を出ていく。
圭介は広い部屋にポツンと残され、突然、何をどうしていいのかわからなくなってしまった。
(な、なんなんだ、この『いきなりお坊ちゃん体験』は!? おれ、『圭介様』とか呼ばれてんだぞ!)
あまりに慣れない環境に思考停止。しばらく呆然とそこに立ち尽くしていた。
ややあって、ドアがノックされ、圭介はビクンと飛び上がって、慌ててドアを開きに行った。
食事がもう来たのかと思ったが、そこに立っていたのはスーツを着た初老の男だった。
「お返事をいただければ、ドアは開けていただかなくても結構です。
初めまして。執事の藤原と申します」
そう言った彼の表情があまりに変わらないので、圭介は一瞬、ロボットかと思ってしまった。
(ひええ……マジもんの『執事』とか出てきちまったぞ)
「……こ、こちらこそ。圭介です」と、一拍遅れてあいさつを返す。
「大旦那様より申し付かってきたことをお伝えに来ました」
「ええと、何でしょう?」
圭介が突っ立ったままでいると、藤原にソファに座るように手で合図された。
(坊ちゃんは、立ち話をしちゃいかんのか?)
無表情のわりには、藤原からイラっとした空気を感じる。
圭介が慌てて腰を下ろすと、彼は話を始めた。
「では、まず外界との連絡を断つとのことなので、携帯電話などをお持ちでしたら、お預かりします」
「僕のスマホ、契約が切れていてかけられないんですけど、それでも?」
「念のため、お預かりします」
藤原が手を差し出してくるので、圭介はポケットからスマホを出して、その手に乗せた。
「あの……後で返してもらえるんですか?」
「もちろんです」
「そこの電話で、どこかにかけたりは?」と、暖炉の上にある電話を指さして聞いてみた。
「内線専用ですので、外線はかけられません」
「どうしてもかけなくちゃいけない時は?」
「内容にもよりますが、私にお声かけください。お電話をお持ちします」
「了解です……」
さらに藤原の説明は続いた。
当座、外出だけでなく、この部屋から出ることも禁止。
食事は特に申し出がなければ、7時、12時半と19時に運ばれてくる。
必要なものがあれば、家から取ってきてくれると言われたが、明日には服や靴が届くとのことで、特に持ってきてもらうものもない。
とりあえず、今夜のパジャマは客用のものを貸してもらえた。
「どんな些細なことでも、遠慮なくお申し付けください」
藤原はそう締めくくったが、圭介としては遠慮したくなる気分だった。
(これって、いわゆる軟禁ってやつじゃないのか……?)
母親が無事に帰るまでとはいえ、接触するのはこの執事やメイドだけなのだろう。
食事は運ばれてくるし、シャワーもトイレもあるから、部屋の外に出る必要はない。
部屋も広いので長くいたところで圧迫感があるわけでもない。
しかし、藤原が出ていった後、外から鍵をかけられ、中から開くことができないと気づいた時、イヤな気分だった。
(母ちゃんも今頃、留置場に閉じ込められてんのかな……。それとも、取り調べの真っ最中か?)
次話もこの場面が続きます。
長い一日の終わり、やはり思い出すのは桜子のことですかね。




