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【本編完結】監視対象のお嬢様にうっかり恋をしたら、高嶺の花すぎた――けど、あきらめたくないので、テッペン目指そうと思います。  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
第3章 『呪い』は全力で回避します。

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4話 簡単にはあきらめない

『縁を切った娘がのたれ死のうが、当家とはまったく無関係。話を聞く必要はない』


 予想はしていたものの、こうまではっきり拒否されると、圭介もショックを隠せない。


(だからって、「はい、そうですか」って、こっちも簡単に引くわけにはいかねえんだよ!)


「ちょーっと待ってください!」と、圭介はインターホンが切れる前に叫んでいた。


「母が警察に捕まったんです! 覚せい剤取締法違反で! このことが世間にバレたら、この家にも会社にも傷がつくんじゃないんですか!?」


 本当は神泉源蔵に会った時に言うつもりで用意していた言葉だった。

 半ば脅迫に近いが、母親を助けてもらうためなら致し方ない。

 インターホンの向こうの女性がどんな人であれ、このままスゴスゴと帰るよりはマシだ。


「百合子様が……?」と、女性が息を飲む気配を感じた。


(母ちゃんのこと、知ってるのか?)


 名前の呼び方に親しみがあるような気がして、圭介はそんなことを思った。


 やがて、2度目の「少々お待ちください」という言葉とともに、圭介は再び外で待たされた。




 ――そのまま30分はゆうに過ぎている。

 その間、圭介は門の前を行ったり来たりしながら待っていた。

 やはり神泉家は母親の助けにはならないのかとあきらめかけた頃、プツっという音がインターホンから聞こえた。


「大旦那様がお会いになるそうです。お入りください」


 鉄の門が重い音とともに自動で開き始める。

 圭介は固唾(かたず)を飲みながら見つめ、完全に開き切ってから、玄関に続く長いアプローチを歩き始めた。


 これが祖父との初めての対面となる。


 母親にこのような問題が発生しなければ、一生会うことはなかっただろう。

 母親を釈放してもらうには、源蔵に上手に話を持っていかなければならない。


 緊張する一方で、妙に胸が高揚(こうよう)して変な気分だった。

 それはどこか感慨(かんがい)にも似ている。


(おれの『じいちゃん』なんだよな……)


 時代を感じさせる洋館にふさわしい、重厚な扉のついた玄関にたどり着くと、白髪交じりの小柄な女性が中から出てきた。


「圭介様ですね。私はこの家のメイドをしております、雪乃(ゆきの)と申します」


 先程のインターホンの女性だった。


「どうも初めまして」

「ご案内します。そのままどうぞ中へ」


 靴のまま家の中に入っていいらしい。

 入るとそこは広々としたホールになっていて、右手にはらせん階段。

 高い天井に吊られた大きなシャンデリアがキラキラと光を放っていた。


(すげ……。いかにも金持ちの家って感じだな)


 圭介はそんなことを思いながら雪乃の後に続いて、らせん階段を上って行った。


 階段の壁には洋画が並び、2階の廊下に入れば、高そうな壺や彫刻などが点々と並んでいる。

 すべてがきらびやかで、城だと言われてもおかしくない内装だ。

 同じ大きな屋敷でも藍田家は純和風で、装飾も少なく質素な印象だった。


 その2階の長い廊下を進み、雪乃は一つのドアの前で止まった。

 ノックの音に、部屋の中から「入れ」というしわがれた男の声が返ってくる。


「大旦那様はこちらです」


 圭介はゴクリと息を飲んで、雪乃に開いてもらったドアから、ゆっくりと中に入った。


 広々としたその部屋は、デスクや本棚が並んでいて書斎といった雰囲気だった。

 その中央にあるソファに、着物を着た男がひとり座っている。

 ほっそりとした体躯(たいく)に白髪と白い口ひげをきれいにそろえたその人が、神泉源蔵に間違いなかった。


 雪乃が扉を閉めていった後も、源蔵は圭介に一瞥(いちべつ)をくれたきり、何も言わない。

 ただ、その一瞬、向けられた鋭い眼光は威圧的で、圭介の足をすくませるには充分だった。


「……初めてお目にかかります。圭介です」


 沈黙に耐え兼ね、圭介はようやくあいさつらしいあいさつをしたが、源蔵はやはり黙ったままだ。

 しかし、こうして圭介と対面することを許したということは、少なくとも用件を聞くつもりはあるのだろう。


 圭介はそう判断して、かまわず続けた。


「母が先程、覚せい剤取締法違反で現行犯逮捕されました。

 母は仕事こそ水商売をしていましたが、僕が知る限り、まっとうに生きてきました。麻薬に手を出すような人ではありません。

 けれど、母のバッグから麻薬が見つかってしまったので、このままでは起訴は(まぬが)れないと思います。

 どうか神泉会長の手で母を助けてもらえないでしょうか」


 圭介は言い切って頭を下げた。


 くつくつと低く笑う声に、圭介はゆっくりと顔を上げた。


「『まっとう』が聞いて呆れる。おまえはそういう母親のもとで育ちながら、なぜ水商売が差別されるのか、わからなかったのか」


「それは……男関係が派手だから、とか? でも、母は父と別居中とはいえ、離婚はしてませんし、店の中ではともかく、今まで他の男と付き合ったこともありません。

 僕からすれば、母は普通の仕事をしている人と変わりないです」


「馬鹿者。水商売というのは、店を経営するにあたってヤクザ者にみかじめを払う。そういう(やから)と関わらずしてできない商売ということ。要は犯罪に関わる可能性が通常より高いということだ。

 だから、リスクを恐れる人間は、水商売の人間には近づかん」


「……つまり、母が麻薬に関わるのは必然のことで、捕まった以上、それは仕方のないことだからあきらめろ、と言いたいんですか?」


 圭介が込み上げてくる怒りを必死で抑えて冷静さを装う中、源蔵は重苦しい息をゆっくりと吐いた。


「あの馬鹿娘が。親の反対を押し切って結婚した結果がこれか」


「ここに比べたら全然裕福な生活ではありませんけど、僕たちは充分幸せに生きてきました。こんなことがなかったら、あなたの力なんか必要とすることもなかった」


「しかし、事は起こった。だから、おまえはここに来たのだろう? 金と権力欲しさに」


 『金』と『権力』。

 その二つの言葉が生々しく響いた。


 母親を助けるという大義名分(たいぎめいぶん)のもと、圭介はその二つを欲しがることを正当化していた。


 母親の実家が裕福なことをたまたま知っていたから、圭介は当然のようにやってきた。

 しかし、相手にしてみれば、今まで一度も会ったことのない孫が突然訪ねてきて、金をせびるのだ。


 不快に思われても当然のことだった。


 圭介は自分のしていることが、初めて恥ずかしいと思った。


「……その通りです。おれが間違っていました。突然、こんなことをお願いに来て、申し訳ありませんでした。

 会ってくださって、ありがとうございました」


 圭介は頭を深く下げてから、(きびす)を返した。


「おまえは金と権力を否定するのか?」


 源蔵の声に振り返ると、彼は静かな視線を圭介に向けていた。


「……いえ、否定はしません。ただそれを持つ人に群がって、不当に手に入れたくないだけです。できることなら、自分の力で手に入れたいと思います」


 源蔵の口ひげがかすかに動いた。笑ったように見えたのは気のせいか。


「ならば、手に入れろ」

「……はあ」


「どうやって?」とは、さすがに聞きづらかった。


「百合子の件は今、調べさせている。必要があれば、すぐに弁護士を向かわせる手配はしてある」


「え、どうして……」


「うちは製薬会社だ。薬物でうちの親族が逮捕となれば、マスコミが面白おかしく書き立てる。そうなると面倒なこと極まりない。水際で防ぐためにも、おまえが真っ先にここへ来たのは正しい」


「じゃあ、母を助けてくれるんですか?」と、圭介は信じられない思いで聞いていた。


「ただし、百合子が戻るまで、おまえにはここにいてもらう。その間、外界とのコンタクトは一切遮断。おまえにウロウロされて、このことを外部にもらされては困るのでな。それが百合子を助ける条件だと思え」


 この家に閉じこもっているだけで、母親を無事に帰してもらえるのなら、お安い御用だ。

 それが何日だろうが構わない。

 金も権力もない圭介が、唯一持っている財産は『時間』だけなのだから。


 圭介は迷いなく「わかりました」と答えていた。

次話から金持ちの実家暮らしになりますが……。

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