3話 タイムリミットはたった三日
罪を犯して逮捕された場合、72時間の勾留期間に取り調べが行われる。
その間、面会を許されるのは、弁護士以外は平日の昼間のみ。
今日は金曜日なので、圭介が警察に行って母親に会えるのは、早くて月曜日の朝ということになる。
覚せい剤所持の場合、ほとんどのケースが起訴されて正式に裁判。
しかし、母親の場合は初犯なので、薬物使用の痕跡さえなければ、不起訴になる可能性もある。
すべては弁護士の腕次第というところだ。
圭介の家の事情からすると、金のかかる私選弁護人は到底無理な話で、国選弁護人にすべてをゆだねるしかない。
裁判前の保釈にしても、払える保釈金などないので、母親は判決が下るまで留置所暮らしを余儀なくされる。
得られたネットの情報でわかったことは、母親が簡単に家に帰してもらえるわけがないということだ。
(ちくしょう、おれのせいだ!)
ネットカフェの狭い個室の中、圭介は怒りに任せて机を拳で叩きつけた。
(母ちゃんがクスリなんてやってたはずない。持ってるはずもない)
貴頼にハメられたのだとわかっているのに、圭介にはどうすることもできなかった。
(桜子と別れさせるために、ここまでやるのか!? 母ちゃんはおまえの叔母なんだぞ! 血のつながった親戚まで陥れるのか!?)
貴頼に向かって怒鳴りつけてやりたいのに、証拠が何もない。
確かな証拠は母親のバッグに麻薬が入っていたことの方だ。
桜子と別れると約束すれば、母親はすぐに釈放されるのかもしれない。
それくらい貴頼なら、簡単にやってのけるのだろう。
貴頼が圭介のその決意を待っているとしたら、正式に起訴されるまでがタイムリミットーーつまり、三日。
桜子と別れると言ったところで、用意周到な貴頼が言葉だけで簡単に母親を釈放してくれるとは思えない。
確実に桜子と別れるように、何らかの条件を付けてくるのは目に見えている。
九嶋祐希の件を見ても、桜子と2度と会わないというのが絶対条件になるだろう。
そのためにどこか遠くに引越しさせられてもおかしくない。
(冗談じゃねえ! あいつの思うツボにハマってたまるか!)
前の3件のように圭介まで桜子の前から姿を消したら、彼女に再び悪夢を見せてしまう。
それだけはどんなことがあっても回避しなくてはいけない。
そのためにも、貴頼に泣きつくわけにはいかないのだ。
藍田音弥なら何とかしてくれるかもしれない。
ふとそんなことを思ったが、これくらいの苦難を自力で乗り越えられないようでは、圭介を認めてくれないような気がした。
それに、このことが桜子に知られれば、自分のせいだと責めるだろう。
(薫子なら何かいいアイディアをくれるか?)
この場合、彼女が1番頼りになりそうだが、あいにく旅行の最終日に心底軽蔑した顔で『サイテー』と言われた時のことしか思い出せない。
桜子と付き合うようになって機嫌を直してくれていればいいのだが、助けを求める前に仲直りが優先になる。
(あと、警察にも通用する権力の持ち主といったら……母ちゃんの実家か?)
『シンセン製薬会長』が圭介の頭をよぎった。
いくら勘当した娘とはいえ、犯罪に巻き込まれたとあれば、助けてくれないとも限らない。
(どんなジイさんなんだ?)
母親はほとんど実家の話をしてくれなかったので、正直、全然わからない。
圭介は再びパソコンの画面に向き直って、シンセン製薬の社長一族について調べ始めた。
神泉源蔵、72歳。
7年前にシンセン製薬代表取締役を長男の智之に譲り、現在は会長。
ネットでわかるのは、会社の事業内容や業績のみで、個人的なことにはなかなか行き当たらない。
交友関係などは、やはり同じ上流階級に属している者でなければ、わからないことなのだろう。
結局、得られた情報は自宅の住所のみだった。
山手線のド真ん中にある高級住宅地。圭介でも名前くらい聞いたことのある場所だった。
祖父に助けてもらえるかどうかは、直接聞いてみなければわからない。
ダメなら他の手を考えなくてはならないのだ。
こんなところでモタモタしているヒマはない。
(ダメモトでも行ってみる価値はある!)
圭介はネットカフェを飛び出し、神泉家を目指した。
スマホで地図を見ることができないため、目的の住所にたどり着くには、完全アナログな手法しかなかった。
まずは神泉家のある最寄りの地下鉄駅の改札で駅員を捕まえ、一番近い交番の場所を聞く。
それから交番に行って手書きの地図を描いてもらうという、めんどくさくも目的地にはたどり着けるものだ。
神泉家は地下鉄の駅から歩いて15分ほど。
錬鉄の門がそびえる向こうには大きな芝生の庭が広がり、さらにその奥にレンガ造りの古い大きな洋館が見える。
表札からそれが間違いなく神泉家の屋敷だとわかった。
(桜子の家ほどではないけど、でけえな……)
これが母親の生まれ育った家なのかと思うと、簡単には信じられない。
誰かが出てくる気配も訪ねてくる人もいない。
しかし、家のほとんどの窓からは明かりが漏れていて、中に人がいるということはわかる。
圭介はゴクリと息を飲んで、門の横のチャイムを鳴らした。
「はい」と、年配の女性の声ですぐに応答がある。
「初めまして。瀬名百合子、旧姓神泉百合子の息子で圭介と申します。母のことで祖父に話があって来たのですが」
圭介は用意していたセリフを一気に吐き出し、相手の出方を待った。
「少々お待ちください」
待てということは、少なくとも神泉会長は在宅しているらしい――が、そのまま門が開かれることはなく、圭介はチャイムの前で待たされた。
しばらくして同じ女性の声が再びインターホンから聞こえてくる。
「圭介様、大旦那様のお言葉をそのままお伝えします」
「……はい」
「『縁を切った娘がのたれ死のうが、当家とはまったく無関係。話を聞く必要はない』とのことです」
女性は「残念です」と言わんばかりにそう告げた。
母親を助けるために、圭介の打てる次の手は?
次話もこの場面の続きになります。