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【本編完結】監視対象のお嬢様にうっかり恋をしたら、高嶺の花すぎた――けど、あきらめたくないので、テッペン目指そうと思います。  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
第3章 『呪い』は全力で回避します。

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2話 逮捕されるとかアリかよ?

 圭介の母親は普段ならば、この時間はまだ家にいるはずだが、今日は不動産屋を回り、直接仕事場に行くと言っていた。


 圭介はすぐにスマホをポケットから出して、母親に電話をかけた――が、お話し中なのか、ツーツーという機械音が聞こえるだけ。


(こんな時に誰と話してやがる!?)


 苛立ちながら電話を切ると、画面の片隅に『圏外』と表示されていることに気づいた。


(圏外?)


 圭介がいるのは完全に屋外。圏外になるはずはなかった。


 そして、思い当たった。


 このスマホは貴頼が契約したものだ。

 昨日、契約を打ち切りにした時点で、スマホも解約されたのだろう。

 手元に残されたのは、知り合いの連絡先がつまった電子手帳でしかない。

 ネットもつながらない。


(やられた……!)


 スマホを持ち始めてから、初めてそれがない不便さを身に染みて感じる。

 今すぐに母親の居場所を確認したいのに、それができない。


 こうなったらネットカフェだと、駅前の店に飛び込んだ。

 ――が、パソコンでLINEは使えないし、公衆電話もなし。


 意味はなかった。


 これなら、出勤時間を待って、母親の仕事場まで行った方が早い。

 それまで無事でいてくれと、ただ祈ることしかできないのが歯がゆかった。




 せっかく料金を払ったので、圭介は新しいバイトを検索しながら時間をつぶして、5時半を回ってからネットカフェを出た。


 母親の勤めるスナックは商店街の狭い裏通りにあって、歩いて5分とかからない。

 小料理屋やスナックのネオンが立ち並ぶ猥雑(わいざつ)な通りに来るのは、久しぶりだった。


 小学校低学年の頃までは一人で留守番をすることができず、母親が仕事をしている間、スナックの上の階にあるママの自宅で過ごしていた。


 通りから聞こえる酔っぱらいの声や、下の階から聞こえるけたたましい笑い声を子守唄に、圭介は寝ていた。

 そして、目が覚める頃には、自分の家に戻っている。

 そういう毎日だったことを思い出す。


 店の看板にはまだ電気はついていなかったが、圭介は構わず店のドアを開けた。


「まだ準備中……やだあ、圭ちゃん!?」


 黒のピチピチのドレスを着た小太りな中年女性が圭介に気づいて、笑顔で飛び出してくる。


「お久しぶりです――」


 あいさつもそこそこに、圭介はその女性、ママの豊満な胸に抱きしめられて、窒息するかと思った。


「圭ちゃん、大きくなって。しかも、いいオトコになったじゃないのー」


 がしっと顔を掴まれ、至近距離で覗き込まれる。

 その迫りくる厚化粧の顔が恐ろしい。


「あ、あの、母はまだ……?」

「ユリちゃん? もうじき来る頃だと思うけど」


 圭介はようやく解放され、陰ながらぜーぜーと深呼吸をする。


「ちょっと用事があるんで、待たせてもらってもいいですか?」

「遠慮しないで。何か飲む?」

「いえ、お構いなく」


 圭介は1番端のスツールに座って母親が来るのを待った。


 それからじきにドアベルが鳴って、仕事用の派手なワンピースを着た母親が駆け込んでくる。


「ごめーん、遅くなって。あら、圭介。何してるの?」


 母親の無事な姿にとりあえず圭介はほっとする。


「話があって」

「何よ、深刻な顔して」


「母ちゃん、変わったことなかった?」

「ないわよ。どうして?」

「なけりゃいいんだけど」

「話はそれだけ? わざわざ来なくても、電話すれば済むでしょうが」


「変な子ねえ」と、母親は首を傾げる。


「スマホ、止められちまったんだよ」

「止められたって? イトコが払ってくれてたんじゃないの?」

「だから、イトコともめたって言っただろ。で、ついにスマホも解約されちまったんだ」


「まったく、何をもめることがあるんだか。せっかく学費から何から面倒見てくれてたってのに、もったいない」


「……もめた原因、聞かないのか?」

「子供同士のケンカに、親が口出す必要はないでしょ」


「あ、そう……で、不動産屋、どうだったんだ? いい物件見つかったのか?」

「それがぜーんぜん。この近辺だと高いところしかなくて。駅から離れても全然ないのよ」

「どうすんだよ? 十日後に住む家、なくなっちまうじゃねえか」

「心配しないの。こういうのは縁なんだから、そのうちポッといい物件が出てきたりするものよ」

「そんなノンキな……」


「そういえば、圭介。今日、バイトじゃなかったの?」と、母親が思いついたように聞いてきた。


「……クビになった」


「何やったの!?」と、母親の形相が変わる。


「何にもしてねえよ。ただ人員削減にあっただけ」

「じゃあ、学校どうするの? やめるの?」

「一応、新しいバイト探してるとこ」


「もうあきらめたら? 家も引越し、学校も変えて心機一転、人生のやり直し」

「この歳で人生やり直してたまるか! 母ちゃんと一緒にすんな!」


「それ、あたしがオバサンだって言いたいの!?」と、母親が目を吊り上げる。


 軽快な笑い声が聞こえて振り返ると、ママがカウンターの中で笑っていた。


「仲いいわねえ。ユリちゃん、家を探してるの?」

「そうなのよ。いきなり立ち退きになっちゃって」

「上の階、ひと部屋空いてるけど、二人で住むには狭いしねえ」

「最悪はお願いするかもー。ママ、その時はお願いね」

「了解」


 再びドアベルが鳴って、今度は黒いスーツの男が二人入ってきた。


「まだ準備中で」


 ママが笑顔を向けたが、二人のコワモテの男は構わず奥まで入ってきて、懐から黒い手帳と紙を1枚見せてきた。


霧島(きりしま)夏希(なつき)、麻薬取締法違反の疑いで家宅捜査する」


 ママの顔が強張った。


(何が起こった……?)


 呆然とする圭介の目の前で、一人の男が外に待機していたと思われる人たちを招き入れる。

 ぞろぞろと列をなして入って来たスーツの男たちは、店の中をひっかき回し始めた。


「田島さん、見つかりました!」


 2階に上がっていた一人の男が手に包みを持って、駆け下りてくる。

 田島と呼ばれた中年男がそれを受け取り、中を確認する。


 ビニールに入った白い粉――すぐに『麻薬』の文字が圭介の頭に浮かんだ。


「ちょ、ちょっとママ、どういうこと?」


 母親も同じことに気づいたのか、青ざめた顔をしている。


「ごめんね、ユリちゃん……」と、ママはすまなそうに母親を見た。


「霧島夏希、覚せい剤取締法違反で現行犯逮捕する。署まで同行してもらおう」


 圭介はなんだかテレビのドラマを見ている気分だった。

 目の前で起こっていることなのに、まるで現実味がない。


「このバッグは誰のものだ?」


 別の男の声に振り返ると、母親が持ってきたバッグを掲げていた。


「あたしのですけど」と、母親が答える。


「従業員の瀬名百合子(ゆりこ)だな。おまえも覚せい剤取締法違反で現行犯逮捕だ」


「ちょっと、あたし、麻薬なんて持ってないわよ!」


「これは何だ? おまえのバッグから出てきたぞ」


 男はそう言って、バッグの中からプラスチックの筒状のものを出して見せた。


「そんなの知らないわ!」

「詳しい話は署で聞く。連行しろ」


 母親が警察に連れて行かれそうになって、圭介は初めて我に返った。

 母親の腕をつかんでいる男に、慌てて飛びつく。


「何かの間違いです! 母がそんなことするはずありません!」


「なんだ君は。被疑者の息子か? 邪魔をすると公務(こうむ)執行(しっこう)妨害(ぼうがい)で、おまえも逮捕するぞ」


「圭介、心配しないで。すぐに帰ってくるから。家のこと、お願いね」と、母親は無理やり貼り付けたような笑顔で言った。


 そう言われても、圭介には母親がすぐに帰ってくるとは思えなかった。


 だからといって、ここで警察相手にわめいたところで、逮捕が撤回(てっかい)されるわけがない。

 事態が変わるわけでもない。


「……わかった」と、圭介は身を引いた。


 裏通りを出たところで、パトカーに乗せられる母親とママを見送り、圭介は再びネットカフェに向かった。


 母親が覚せい剤所持で逮捕されたというのに、どうしたらいいのかわからないのだ。

 ネットでまず情報を集めたかった。

 スマホが使えない今、ネットカフェしかない。

逮捕されてしまった母親に圭介ができることは何なのか。

次話もこの場面が続きます。


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