17話 クマのぬいぐるみとは違うからね
桜子視点で続きます。
薫子から逃げる口実だったとはいえ、圭介と付き合うことになった以上、茜にはきちんと報告しておかなければならない。
桜子は部屋着に着替えてから、ベッドに腰かけて茜に電話をかけた。
(やっぱり泣かれちゃうかな……。でも、隠しておけることじゃないし。電話より会って話した方がいい?)
そんなことを思いながらコール音を聞いていたが、なかなか出ないところを見ると、バイト中なのかもしれない。
メッセージを残しておこうと思ったところ、「もしもし」と応答があった。
「茜? あたし。忙しいならかけ直すよ」
「大丈夫。お風呂入ってただけだから。なに、話?」
「あ、うん……」
桜子はためらいながらも、圭介と会って話してきたことを伝えた。
「やっぱ、そうなるよね」と、茜の声は意外にも普段と変わらなかった。
「やっぱりって、どういうこと?」
「あたしと圭介くんが付き合っていないことくらい、すぐにバレると思ってたからさー」
「そ、そうだよ! 茜、あたしのことをダマしたよね!?」
「ごめん、ごめん。ウソが本当になるまでの時間稼ぎをしたかったの。
けど、圭介くん、あれで軽ーく落ちそうで落ちないし、やっぱりあんたが相手じゃ、あたしの方が分が悪かったよ」
あっけらかんと言う茜に、桜子の頭にはふと疑問がよぎった。
「……茜? 圭介にホンキとか言ってたけど、もしかして、それもウソ? あたしが好きな人だから、欲しくなっただけじゃないの?」
茜は昔から桜子が気に入っている物や大事にしている物に限って欲しがるクセがある。
最初はクマのぬいぐるみだった。
どうしても欲しいと言うからあげたのだが、しばらくして茜は「もういっぱい遊んだからいらない」と返してきた。
その後も洋服や文房具など、いろいろなものをあげてきたが、茜は後で必ず返してくる。
そんなことが繰り返されて、桜子も茜にあげるは貸すと同じことになっていた。
「圭介はダメだからね」
これは大事なことだ、と桜子はきっぱりと言い切った。
「ええー、いいじゃん。ちょうだいとは言わないから、たまに貸してくれたって。ちゃんと返すよ」
「ヤダ。無理。絶対ダメ」
「けどまあ、桜子、恋愛偏差値低いみたいだし、そのうち圭介くんの方が退屈して、ふらっと心にスキができることがあるかもね。その時があたしにはチャンス」
茜は電話口でふふふっと笑っている。
「それ、どういう意味よっ? 恋愛偏差値が低いって」
「だって、圭介くんの気持ちに全然気づいていなかったでしょ?」
「そ、それは、圭介もそういう目で見ないようにしていたって言ってたから、気づかなくてもしょうがないと思うけど」
「桜子は男の色目にさらされ過ぎて、そういう視線がもはや普通になってるんだよ。おかげで、圭介くんのものも気づかないと。簡単に言うと、鈍感ってことだね」
「ど、鈍感……」と、桜子は反論もできずに唖然としてしまった。
「まあ、そういうわけだから、あたしもあきらめる必要ないでしょ?」
「まさか、これからも圭介にちょっかいかけ続ける気?」
「言ったでしょ? あたしにとって圭介くんが唯一、普通の女の子でいられる相手だって。好きでいることに意味があるの。だから、何年でもチャンスが来るのを待てるよ」
冗談やめてよ、と言うには、茜の声は真剣すぎた。
「あたしだって、そう簡単に気持ちが変わったりしないからね。圭介に魅力的だって思われるように、頑張るんだから」
桜子はそう口にしたとたん、しまったと思った。
茜は桜子が執着するものほど欲しがる。だから、あっさり「いいよ」とあげてしまうと、急に興味を失って、返してくるのだろう。
この場合、桜子が圭介を手放さない限り、茜はいつまでも欲しがり続けるに違いない。
(だからって、クマのぬいぐるみみたいに、『大切にしてくれるならいいよ』なんて、言えるわけないでしょうがっ)
「ではでは、お互い、宣戦布告ということで」
そう言って、電話の向こうで茜が挑戦的に笑っている姿が想像できる。
「じゃあ、またねー」と、桜子の返事を待つことなく、電話はそのまま切られてしまった。
(宣戦布告って……あたしの方が分が悪くない?)
旅行の時のように茜があの勢いで圭介に迫り続けたら、それこそいつかはヨロっとする時が来てしまうかもしれない。
幸い高校は違うので、普段二人が顔を合わせる機会がほとんどないのが救いだ。
(ああ、もう、どうして付き合い始めの1番幸せな時に、水を差されなくちゃならないのよっ?)
初めてのカレシができて、親友から「おめでとう」の一言をもらうどころか、ライバル宣言されるとは思ってもみなかった。
次話、第2章最終話は、浮かれた圭介からの第3章への導入となります。




