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16話 勇気出してよかった

この話は桜子視点です。

「ただいまー」


 桜子が声をかけながら勝手口から家に入ると、薫子がそこに駆け込んできた。

 そのまま飛びつくように抱きついてくる。


 その泣きそうな顔を見て、桜子は自分がどれだけ心配をかけていたか、今さらながら知った。


「桜ちゃん、よかった! どこに行っちゃったかと思ってたよー!」

「ごめんね。圭介に会ってきたんだ」


「今さら何をしに? もうあきらめるって言ってたよね?」


 薫子は少し身体を離して、桜子の顔を覗き込んできた。




 茜から圭介と付き合うようになったと聞いた後、確かに桜子は薫子にそう言った。


 茜はずっと普通の恋ができなくて苦しんでいた。

 だから、いつか本当の恋ができた時は、精一杯応援してあげるつもりだった。

 親友として『おめでとう』を山ほど言ってあげようと。


 でも、茜が泣きながら「ごめんね。圭介くんと付き合うようになったから、邪魔しないでね」と報告してきた時、桜子は「わかった」としか言えなかった。


 『おめでとう』などという言葉は、頭のどこを探しても存在しない。それどころか、心を握りつぶされたようで、他の言葉も見つからなかった。


 本当はプールサイドで二人きりで会っているのを目にした時、すでに心が壊れていたのかもしれない。

 茜が相手なら、二人は行きつくところまで行ってしまう。

 そこに割り込んでいって、邪魔することができなかった時点で、桜子の負けだった。


 せっかく『呪い』の原因がわかっても、圭介が付き合う相手は別の女の子。

 そうあってほしくないと願っていたことが現実になってしまった。


 親友のカレシとして、これから先も圭介を見続けていかなくてはならないと思うと、狂いそうなほど嫉妬して、絶望して、眠れない夜を過ごした。

 旅行から帰ってきても、部屋にひとり閉じこもって、家族の誰とも顔を合わせなかった。




「――でも、やっぱり自分の気持ちを伝えないままあきらめるのはヤダなって思って。ずっと好きだったんだもん。そのために『呪い』を解こうと思ったわけだし。

 圭介があたしのことをどう思っているかは別として、いろんな思いを胸にためたままじゃ、前に進めないでしょ?」


「で、全部吐き出して、ダーリンの気持ちを聞いたと。桜ちゃん、初カレおめでとう」


 薫子はそう言ってニコっと笑った。


「……どうしてわかるの?」

「桜ちゃんの顔を見ればわかるよ。そんな幸せそうな顔、初めて見たかも」

「え、そう?」


 桜子は自分では気づけず、思わず自分の顔を触った。


 言われてみれば、確かに帰り道、圭介とのやり取りが頭の中をぐるぐると回っていて、なんだか夢を見ているように足元がふわふわとしている気分だった。


(ああ、それが幸せってことなんだ)


 桜子も思わず頬がゆるんで、うふふっと笑っていた。


「けど、本当にダーリンでいいの? 告白するとか言って、結局グダグダしてて、茜ちゃんにいいように振り回されてさー。かなり情けない男だよ?」


 薫子は「考え直すなら、今のうちだよ」と言わんばかりに聞いてきた。


「……告白するって、知ってたの? ていうか、圭介の気持ち知ってたの? いつから!?」


「えー、これでもあたしはダーリンの愛しのカノジョだから、カレシのことはよーくわかってるんだよー」と、薫子はかわいらしく片目をつぶる。


(な、なんだろう……。今、薫子に初めて殺意みたいなのを覚えたよ?)


「……で? 今までどうして黙ってたのよ?」


「だって、桜ちゃん、『呪い』を気にしていて、ダーリンにもしも好きだって言われても、断るつもりだったでしょ?」


「それは、そうなんだけど……」


「で、『呪い』のメドがついて、伊豆旅行。あたしが教えなくても、ダーリンは告白するつもりだったから、桜ちゃんには素敵なサプライズを楽しんでもらおうと思っていました。

 が、まさかの茜ちゃん乱入で、あたしとしてはダーリンにカレシ失格の烙印(らくいん)を押したわけです」


 圭介もあのプールサイドで告白するつもりだったと言っていた。

 茜に邪魔されなければ、旅行の最終日、初めて恋人同士で一緒に過ごせたかと思うと、残念でならない。


 でも、これからいくらでも機会はあるのだ。

 帰り道、週明けの月曜日にデートをする約束もしてきた。

 焦らなくても、ようやく始まった恋を楽しむことはできる。


「ほんと、よかったー。勇気出して、自分の気持ちを伝えられて。好きな人に好きって言ってもらえるって、こんなに幸せなことだなんて知らなかったよー」


 桜子がホクホクしながら勝手にしゃべっていると、「ところで桜ちゃん」と、薫子が真顔で見つめてきた。


「なに?」


「雨の中、傘も持たずに出ていったはずなんだけど、どうして濡れてないの?」

「……圭介の家に寄って、服を乾かしてから帰ってきたから」


「へえー、へえー、へえー」と、薫子が目を輝かせる。


「家で二人っきり? 思いを確かめ合って、そのまま?」


 桜子はぺしんと薫子の頭を叩いた。


「あんたが想像しているようなことはないよ」

「キスくらいは?」

「ない」

「えー、そうなのー?」

「全部、これから。あたし、茜に電話してくるから。話しなくちゃいけないし」


 桜子は薫子から逃げるように自分の部屋に飛び込んだ。


(そこ、あんまり突っ込んでほしくないのよー! 裸で迫っても相手にしてもらえなかったなんて、恥以外の何物でもないんだから!)


 茜のマネをして思い切って自分から抱きついてみたのだが、圭介は無反応。茜の時のようにアタフタすることはなかった。

 それどころか『安い女になるな』と冷静に教え諭されてしまった。


(そこが圭介の真面目でいいところだとは思うんだけどー。大事にしてくれてる感じがしていいんだけどー)


 桜子としては『やっぱり女の子としての魅力が足りないせいじゃないの?』と思ってしまうのだ。

次話はこの続きの場面、桜子と茜の電話の話です。最終決着はつくのか?

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