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【本編完結】監視対象のお嬢様にうっかり恋をしたら、高嶺の花すぎた――けど、あきらめたくないので、テッペン目指そうと思います。  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
第2章-3 『友達』返上、まずは告白してみます。~トライアル編~

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15話 据え膳食わぬは……後悔するかも

「圭介、もう他の女の子に触れたりしないで。Hなことしたいなら、あたしがいつでも相手するから」


 そう言った桜子の声は苦しそうだった。

 おかげで、失いかけていた圭介の理性が頭の中に戻ってくる。


「茜みたいに胸は大きくなくて、魅力もあんまりないかもしれないけど……あたしのことを好きって思ってくれるなら、あたしのワガママを聞いて。もうヤキモチ焼いて、イヤな自分になりたくないの」


 圭介の腹の上に重ねられた桜子の手がかすかに震えている。

 圭介が抱きたいと思うほどに、桜子は心から望んでいるわけではないのだ。


(ああもう、おれ、何をカン違いしてるんだ……!?)


 圭介は恥ずかしさに頭を抱えたくなった。


 そもそも桜子は単に自分の想いを伝えに来ただけだった。

 そして、ついさっき、互いに気持ちを確かめ合えたところ。

 桜子にそこまでの覚悟があったという方がおかしい。


 おそらく桜子は圭介が茜と抱き合う姿を見て、2度とそんなことが起こってほしくないと思っただけなのだろう。


 圭介は大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせ、桜子の手に自分の手を重ねた。


「おれさあ、おまえのこと、誰とも比べられないくらい最高の女だって思ってんだ。そういうおまえが誰かに嫉妬する必要なんてないんだよ。

 だから、そんな理由で抱かれる安い女になるな。少なくともおれが言ってることを信じられるまで待てよ」


「そんなこと言われても、自信持てないよ。今までだって、二人きりになったこと、何度もあったのに、圭介はいっつも平然としてて、あたしばっかりドキドキして……。

 それって、女の子としての魅力がないってことじゃないの? 茜に迫られてた時とは大違いだよ」


「あのなあ……」と、圭介はあきれた声が出てしまった。


「それはおまえに女としての魅力があるとかないとか、そういう問題じゃないだろ?」

「どういう問題なの?」


「おれからすると、正直、おまえはずっと手の届かない存在だったんだ。『呪い』のおかげで『友達』として、おまえの1番近くにいられることに満足してた。

 だから、それ以上のことは期待しないようにしてたし、そういう目でおまえを見ないようにもしてた。『友達』の関係が崩れる方がずっと怖かったんだ」


「だから、最初『呪い』を解くことに乗り気じゃなかったの?」

「そういうこと。けっこう情けないだろ」

「でも、最後は解いてくれたじゃない」


「それはおまえがつらい思いをしてるのがわかったら。おれの自己満足のために、おまえをいつまでも苦しめておくわけにはいかないだろ?」


「……ホントのことを言うとね、圭介があたしと付き合いたいから、『呪い』を解いてくれたんだって思ってたんだ。だから、海に行っている間に恋人同士になれるのかなって、すっごい期待してたの。

 なのに、茜に先を越されちゃって悔しかったし、圭介は本当にあたしのことを『友達』としてしか見てなかったんだって気づいて悲しかった――」


「悪い。おれがモタモタしてたばっかりに、おまえを苦しめて……」


「あやまらなくていいよ。苦しくなったり、悲しくなったりするのは、それだけ圭介のことが好きだからなの。あたし、やっと恋がどういうものかわかったんだよ。それにいっぱい悩んで苦しい思いをした分、今、とっても幸せだって感じるの」


「それは……おれも同感だな」


 乾燥機が止まって、部屋の中に響き渡るのは雨音だけになった。それが余計に部屋の中を静まり返らせて、互いの言葉も止めた。

 しばらく無言のまま、圭介はこの幸せの余韻(よいん)に浸っていたかった。


 ――が、桜子の方はそうではなかったらしい。


「……服、乾いたみたい。そろそろ帰らないと。たぶん、みんな心配してると思うし」


「あ、うん」と、圭介は残念と思いながらうなずいた。


「圭介、こっち見ないでね」


 桜子の身体が離れたと思うと、足元に落ちていたバスタオルが消えた。

 背後からゴソゴソと衣擦(きぬず)れの音が聞こえてくる。


「もう大丈夫」という声に、圭介はゆっくりと振り返った。


 そこにはバスタオルを巻いた桜子が顔を赤く染めて、わずかにうつむいていた。


「どうしよう。今頃になって恥ずかしくなってきちゃった……」


 忘れかけていた圭介の本能が、桜子の姿が目に入るなり呼び戻されてしまう。

 圭介は火照(ほて)る顔を隠すように回れ右するしかなかった。


「桜子、頼むからそれ以上、おれを刺激すんな。今すぐどうこうしないって言っても、ギリギリでヤセ我慢してんだから」


「ご、ごめん。すぐ着替えてくるね」と、桜子が部屋を出ていってくれたので、圭介は一気に脱力してその場に座り込んだ。


(おれ、桜子を抱ける日まで、今日のこの日を後悔し続けるんだろうな……)


 というより、ムダなガマンをしてしまったようで、すでに後悔の嵐だ。

 しかし、自分の4畳半の狭い部屋を見回すと、やはりこれでよかったのだと思い直す。

 こんなボロ家で初めてなんて、桜子がかわいそうだ。


 圭介は自分の方が桜子のいる世界に上りつめると決めた。

 彼女をこの底辺に引きずり落としてはいけない。


 桜子を好きになっても、もともと上手くいく可能性などゼロに近かった。そんな夢のようなことが現実となったのだ。


 今の自分になら、きっとそれをなしえる。

 桜子を本当の意味で幸せにできるかどうかは、これからの自分の頑張り次第。

 焦って得することはない。

 これくらいのガマンができなくてどうする。


 圭介は自分を叱咤激励(しったげきれい)できるだけの余裕が、初めて持てたと思った。




「お待たせ」


 乾いた服を身に着けた桜子が再び姿を見せた時には、圭介の心は落ち着いていた。


「駅まで送るよ」


「うん」と、桜子はうれしそうに笑った。


 傘を持って家を出ると、いつの間にか雨は止んでいた。


「ジメジメしてた心が晴れたら、空もすっかり晴れたね」


 アパートの外階段を下りながら桜子が言った。


「さっきの雨、おれのせいだって言われたもんな」

「えー、あたしのせいじゃないの?」

「つまり二人のせいってことだな」


 圭介はクスクスと笑う桜子の手を取って一緒に歩き出した。

次話は家に帰った後の桜子の話になります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 思い合って、伝わって、それでもそこで終わらないのが、2人らしくて…とても甘酸っぱい! [一言] 思ったままの感想になって、語彙力がなくなっちゃいます。
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