13話 告白トライアルの結末は……
「ちょっと待て……!」と、圭介は慌てた。
このまま逃げられたら、本当に何もかもが終わってしまう。
圭介は焦燥感に駆られて桜子の腕をつかもうと手を伸ばしたが、彼女はそれをすり抜けて胸の中に飛び込んできた。
「これ以上、圭介が他の女の子と仲良くしているの、見たくない。一緒にいるのを見るだけで、嫉妬でドロドロになる自分が嫌なの」
「嫉妬って……?」
話の方向が圭介の想像していたものと違うような気がする。
圭介は自分の胸にしがみついて顔を埋めている桜子を見下ろした。
「どうして、あたしじゃダメなの? 女の子としての魅力がないから? どうしても『ただの友達』以上にはなれないの?
ずっと好きだったのに。だから早く呪いが解けてほしいって思ったのに。
圭介も同じ気持ちだから、協力してくれるんだって思ってたのに……」
(おれはどこまで情けないんだろう……)
自分から告白するはずが、桜子から告白されている。
それでいて、心が躍るほど喜ぶのを止められなかった。
桜子の腕をつかんでそっと放すと、雨と涙でくしゃくしゃになった顔があらわになった。
(泣かせたのはおれの責任。おれががいつまでもグズグズと告白できずにいたせいだ)
圭介はそれを自分への戒めにしようと思った。
2度とこんな風に泣かせたりしないと。
(おれは桜子の笑顔を見ていたいんだから)
「それ以上、言わなくていいよ」
圭介は思わず桜子を抱きしめていた。
冷たく濡れそぼった桜子の身体は、少し力をこめたら折れてしまいそうなほど華奢で、やわらかかった。
かすかに震えていたが、桜子に嫌がるそぶりはない。
互いに黙ったまま、時間だけがゆっくりと静かに流れているような気がした。
降り続ける雨も気にならず、圭介は自分の腕の中に桜子がいるという幸せだけを感じていた。
「どうして……?」
先に口を開いた桜子の声は、泣いたせいかかすれていた。
「おとといの夜、本当はおまえに同じことを言うつもりだったんだ」
「おとといの夜?」と、桜子は顔を上げて怪訝そうに見つめてくる。
「メッセージ、送っただろ? プールサイドで待ってるって」
「そんなメール、もらってないけど……」
「え、じゃあ、なんであそこに来たんだ?」
「それは……部屋に茜がいなくて、もしかしたら圭介と一緒かもって思ったら、いてもたってもいられなくて、探しに……」
茜にしてやられたと、今さらながら気づくあたり、どれだけ自分がうかつでマヌケだったかを思い知らされる。
圭介のメッセージを先に見つけた茜は、用意周到に桜子が見る前に削除したらしい。
桜子があの現場を見たのはある意味、偶然。
圭介が茜とくっつくことを恐れていたはず桜子に、1番見たくなかったはずのものを見せてしまった。
「すまん。おれがしっかりしてないから、茜に振り回されて、結局、おまえを傷つけた」
「……どういうこと?」
「あの時、おまえが来たら、告白するつもりだったんだ。
おまえがおれのことを友達としか思ってなくても、おれはおまえを一人の女として見てるってこと、知ってほしかったから」
「だったら、どうして茜と……?」
桜子の顔は納得したようには見えなかった。
「圭介が初恋の男の子だったって、茜からあの夜に聞いたよ。茜の過去に何があったのかも全部聞いたんでしょ?
圭介はやさしいから、茜を拒むことができなくて、同情かもしれないけど付き合うことにしたんだろうなって想像してたんだけど……」
「それは――」
(桜子を好きになっていなかったら、ためらう理由もないし、なし崩し的に付き合うようになっていたかもしれんが……)
今思い返しても、あの勢いで迫られて、何事もなかった方が不思議なくらいだ。
「茜も言ってたよ。今まで気をまぎらわせるために関係を持ってきた男の子とは違う、本気で好きなんだって。
茜はあたしの気持ちを知ってたけど、どうしても圭介が必要だから、あたしにあきらめてくれって泣いて頼んだの」
「それで、おまえは承知したのか?」
「そんな簡単な話じゃないよ」と、桜子はかぶりを振った。
「茜がずっと悩んでいたこと、あたしも知ってたから。でも、あたしにはどうすることもできなかった。
もしかして圭介なら救えるのかもしれないって思ったら、茜のためにはそうしてあげたいって思った。頭ではそう思ったんだけど、どうしてもイヤで……。
けど、茜に言われてたの。
圭介は普通の家庭に育った人で、あたしに言い寄ってくる男の人たちと違って、野心家じゃない。なのに、藍田グループみたいな重荷を背負わせたらかわいそうだって。
圭介を本当に好きだったら、圭介の幸せを見守るだけにしておくべきじゃないかって」
茜はやはり桜子の方にも毒を仕込んでいた。
ウソをつくことなく、圭介の存在を変化させ、桜子の中に迷いを作り上げる。
結果、桜子の気持ちにブレーキをかけられてしまった。
「結局、そうすることにして、おれを避けていたのか?」
「茜と仲良くしているところを見ていたくなかったし、茜にも圭介に近づかないでって言われたから……。
あたしだって、付き合っている人に別の女の子と仲良くされたら、気分良くないってわかるよ」
「それは、まあ……」
茜が常に隣にいる状態で睨みをきかせていたら、桜子も無視せざるを得ない状況だったということらしい。
(道理であいつ、おれのそばを絶対に離れなかったわけだ)
「けど、昨日の夜、圭介に話があるってメールをもらった時、茜と付き合うから友達付き合いをやめよう、みたいな話だと思ったの。
それだけはどうしてもイヤで、茜なんていなければいいって、ひどいこと考えたりして、一晩中眠れなかった。
こんなの全然あたしらしくなくて、自分で自分に気分が悪くなって……それくらいなら、思ってること、全部圭介に話そうって決めたの」
「それで、今日、来てくれたのか」
桜子がコクリとうなずく。
「あたし、圭介以外は何にもいらない。圭介がイヤだって言うなら、別にうちのグループを継がなくったっていいんだからね。薫子がいるから、あたしがあの家を出ることだってできるんだよ」
桜子の顔が怖いくらいに真剣で、圭介は自分のあまりの情けなさに泣きたくなった。
(まさか、そんなことまで考えていたとは……)
だからこそ、今ここで、桜子にもはっきり伝えなくてはならない。
「――とにかく、そんな心配はいらないからな。正直、おれは何も持ってなくて、こんなことを言える立場じゃないってわかってるけど、それでも最初から決めてたから」
「決めてたって、何を?」
「おまえが今手にしてるものを何一つ手放すことがないように、おれがおまえのところにたどり着くって。おまえと一緒にいるための努力なら、惜しまねえよ。……まあ、時間はかかるかもしれないけど」
「圭介……」
そうつぶやいた桜子は、久しぶりに鮮やかな笑顔を浮かべてくれた。
それは涙の跡を残していても、充分幸せそうに見える。
(この笑顔は、きっと一生忘れられないな)
圭介はそんなことを思いながら、自然と自分も笑顔になっていた。
ついに両片思いからカップルに! ……結局、圭介からの『トライアル』は失敗に終わりましたが。
圭介を応援してくださった皆様、すみません。これを反省にさらに成長していくので、温かく見守ってください<m(__)m>
次話もこの場面が続きます。せっかくなので、イチャラブなところをお見せできたらいいなーと思っています(嵐の前に)。