12話 まさかの絶縁宣言?
3日間の休みの翌日、圭介は早朝からファミレスのバイトが入っていた。
正直、寝不足の身体が重い。
こんな日はヒマであってほしいと願っていたのに、12時を回ると息をつくヒマもないほど客が押し寄せ、あたふたと接客に走り回らなくてはならなかった。
青蘭に通い続けるために始めたバイトだったが、このまま桜子に無視をされる日々が2学期になっても続くのかと思うと、妙に虚しくなって、モチベーションも上がらない。
「なに、元気ないねー。休みボケ?」
涼香のあっけらかんとした明るさが、今は鬱陶しくさえある。
「……ほっといてくれ」
「もしかして、旅行の間にカノジョにフラれちゃった?」
圭介が答えずにいると、涼香に「やだ、図星?」と妙にうれしそうな顔で言われた。
(は、腹立つぞ!)
「アホ。告白もしてねえのに、フラれるか」
「告白してないって、どういうこと? 付き合ってたんじゃないの?」
あまりにいろいろなことがあって、薫子がカノジョだったことを失念していた。
とはいえ、実際、薫子にフラれたのも事実だ。
「だから、薫子とは別れて、別の好きな女に告ろうとしたんだけど、うまくいかなかったって話」
「別の女って、桜子さん?」
「その通り」
「やっぱりねー。まあ、元気出して。こういう時は、ぱーっとカラオケでも行こうよ。瀬名くんも6時で上がりでしょ? おごってあげるよー」
「……そんな気分じゃねえから、遠慮しておく」
「えー。せっかく慰めてあげるって言ってるのに」
「これ以上、事をややこしくしたくねえ」
「別にややこしくなんてならないと思うけど。いいじゃない、うまくいかない恋は忘れて、新しい恋を始めても」
「そう簡単に割り切れねえんだよ。そういうわけで、しばらくはこのままの方がいいんだ」
涼香はぷうっとふくれて、フンとそっぽを向く。
「ああ、もう、瀬名くんがそんなジメジメしてるから、雨降ってきちゃったじゃない」
「おれのせいかよ……」
「そうだよ。ずっと天気良かったのに。あたし、傘持ってきてないよ」
「置き傘ないのか?」
「瀬名くんは?」
「おれはいつもロッカーに1本置いてあるけど」
「じゃあ、責任とって、あたしを家まで送って行ってよ」
(おい、なんでおれが責任を取らなくちゃならないんだ?)
そうは思ったものの、窓の外をのぞけば確かに土砂降りで、傘がなかったらあっという間にずぶ濡れになってしまう。
「仕方ねえなあ」
「やったあ。瀬名くんと相合傘で帰れるー」
涼香はふくれ面をしていたのがウソのように晴れやかな笑顔を向けてきた。
「現金な奴だな」と、圭介もため息交じりに笑っていた。
仕事を終えて涼香と外に出ると、6時とはいえ、どんよりとした重い雨雲のせいで、辺りはすでに暗かった。
「傘があっても、普通に濡れる勢いだな」
「まあ、帰るだけだからね。それでも、ないよりはマシだよ」
「確かに」
圭介が傘を開いて涼香とともに店の軒先を出ると、水たまりを蹴散らして駆け寄ってくる人物があった。
濡れた長い髪を身体にまとわらせ、白っぽいワンピースからは水が滴り落ちている。
明らかに女だが、一瞬、幽霊かと思った。
涼香も同じことを思ったのか、「ひっ」と悲鳴を上げる。
固まる二人の前で、女は濡れた髪をかき上げた。
ようやく見えた青白い顔は、ほかでもない桜子だった。
「桜子……?」
桜子に完全に無視されていたことを思い出して、やはりこれも幻なのかと、圭介は自分の目を疑ってしまう。
「圭介を待ってたの」
全身びしょ濡れで寒いのか、桜子の声はかすかに震えていた。
「遠野、悪いけど、先に帰って」
「でも……」
「おれ、こいつと話があるから。傘、次のバイトの時にでも返してくれればいいよ」
涼香は唇をかみしめて圭介と桜子を代わる代わる見つめていたが、やがて圭介の差し出す傘を奪うようにひったくって、雨の中を駆けていった。
傘を失って、圭介もあっという間にずぶ濡れになる。
けれど、それは桜子の比ではなかった。
「桜子、いつからいたんだ?」
「……4時くらい。休憩時間になるかと思ったんだけど、今日は違ったんだね」
「ああ、シフトによって休憩時間が違うから。雨降ってんだから、店に入って待っていればよかったのに」
「なんか、入りづらくて……」
その理由はびしょ濡れだったからだろうか。
それとも他に理由があったのか。
いつになく暗い顔をしている桜子を見ていると、普通に聞くことさえためらわれる。
「おれが昨日メールしたから、わざわざ来てくれたのか?」
「電話で話したくなかったの。顔が見えなくて、不安になるから」
「そう言ってくれれば、バイトの時間、教えたのに」
「……なんか、急に思い立って来ちゃったの」
(昨夜の時点では話をするつもりはなかったってことか?)
「茜とのことをおまえにちゃんと話しておきたくて。それに――」
「その前に、あたしから話してもいい?」
桜子は圭介からの話を聞きたくないといったようにさえぎってきた。
「それは……いいけど」と、圭介はその勢いに押されてうなずいていた。
「圭介、あたしはもう友達でいたくない」
桜子の吐き出すような言葉に圭介は震撼した。
次話、この場面が続きます。雨の中、桜子から聞く話は……?