11話 これは納得いかないだろ
3日目、伊豆旅行最終日。
暗雲立ち込める圭介の心とは裏腹に、雲ひとつない青空が広がっていた。
***
「昨日のことなんだけど」
朝イチで桜子を見かけた瞬間に、圭介は話しかけたものの――
「ああ、茜と付き合うんでしょ? 茜から聞いてるから、改めて話さなくても大丈夫だよ」
誤解を解くスキも与えずに、そう言われてしまった。
それ以降、圭介が話しかけようとするたびに、まるで聞こえていないかのように桜子は完全に無視。
追い打ちをかけるように薫子からは絶縁宣言。
「瀬名さん、ガッカリだよ。もうちょっとホネがあるかと思ってたけど、これでおしまい。おっぱいに釣られる男なんて、サイテー」
そう言った薫子の目は、まるで害虫を見るかのように嫌悪感丸出しだった。
***
帰る前、最後のひと時を海で満喫する子供たちを眺めながら、圭介の頭の中は燃え尽きた灰のように真っ白になっていた。
どうやってこの苦境を乗り切るかを考えなくてはならないというのに、すべてが崩壊する音しか聞こえてこない。
そして、崩壊の終わりに残っているのは、隣に寄り添うように座っている茜のみ。
「元気ないねー」
他人事のように言う茜が恨めしい。
(誰のせいだ、誰の!?)
「この状況で元気な奴がいたら、会ってみてえ」
「桜子にも嫌われちゃったみたいだし、ここは新しい恋を始めろって、天が言ってるんだよ。あたしが身も心もやさしーく慰めてあげる」
腕をからめ、身体をすり寄せてくる茜を振り払う気力さえ圭介にはなかった。
「悪いけど、その程度で回復できるほど、おれの想いは軽くねえ」
「大丈夫。長期戦は覚悟だもん。桜子を忘れる日までちゃんと待っていられるよ」
「そんなこと言って、一生かかっても無理だったらどうすんだよ?」
「それならそれでかまわないよ。あたしが圭介くんを好きでいることに、意味があるんだから。それが唯一、あたしが普通の女の子でいられる方法。なりふりかまっていられないんだよ」
茜の持つ強さが、自分にはないと圭介は思った。
桜子をあきらめないと言いながら、こんな風に相手にされなければ、手をこまねいて見ているだけ。
恥も外聞もかき捨てて、どうして桜子を無理やりにでも自分に振り向かせようと努力できないのか。
(結局、おれの想いっていうのが、その程度だったってことなのか……?)
「……それにしても、納得いかねえっ。友達なら友達で、おれにカノジョがいようがいまいが、無視することねえだろ!?」
これが逆ギレだと言われても、叫ばずにはいられなかった。
「桜子、ケッペキなところがあるからねー。昨夜、あんな現場を見ちゃって、圭介くんのこと『ケダモノ』って、幻滅したんじゃない?」
「おれは何もしてねえ!」
「何もって、あたしとキスして、おっぱい触ったでしょ?」
「語弊のあること言うなっ。あれはおまえが無理やりやったんだろうが!」
「でも、股間が喜んでたよ」
圭介はうぐ、と言葉に詰まった。
「し、仕方ないだろ! 思春期の男ってのは、頭と下半身で考えることが違うんだよ!」
「そんな開き直らなくてもー。あたしが相手だったら、下半身で思ったこと、そのまま実行してもいいんだから」
ね、と茜が色気たっぷりの笑みを浮かべて、圭介の太ももに手を這わせてくる。
圭介は股間が反応する前に飛びのいて、海に向かって逃げた。
頭から波をかぶって、のぼせそうな頭を冷やす。
このままでは圭介の意図しないところで、茜との関係がどんどん深まっていってしまう。
桜子をまだあきらめていない今、これ以上茜の近くにはいたくなかった。
桜子ともう1度、ちゃんと話す機会がほしい。
この状況が何一つ変わらないとしても、圭介の今の気持ちをきちんと伝えたかった。
(おれ、こんな不完全燃焼の思いを抱えたまま、これから先、生きていくのはイヤだ)
とはいえ、こんな風に無視されている状況では、取りつく島がない。
(ケダモノって……。おれ、まだ童貞のままなのに、理不尽な)
茜の方が桜子との付き合いは長いとはいえ、圭介からすると、桜子が誰かを無視するというのはどうも腑に落ちない。
仮に桜子が女にだらしない男に恋をしないとしても、嫌いになるほどのこととは思えないのだ。
実際、羽柴蓮の方が疑いようもなく女タラシで、とてつもなく軽い下半身を持っているというのに、桜子はそれを知っていても無視するどころか、恋人のフリまでしてやった。
(昨夜のことが原因で、おれと話をしないってのは、明らかにおかしいだろ)
海の水で徐々に身体が冷えてくるのと同時に、圭介の頭もまた冴えてくるのがわかる。
(おれ、茜にいいようにダマされてないか?)
茜の話は聞いていても筋は通っているし、ウソをついているようにも思えない。
(いや? これって、もしかして『恋の駆け引き』って奴じゃないのか?)
茜は圭介と付き合いたいのだから、桜子をあきらめさせるために、言葉巧みに圭介の弱い部分を攻めてくる。
結果、圭介の知っている『桜子』という存在を徐々に違う存在に変化させていく。
そして、そんな言葉に込められたわずかな毒がいつの間にか心をむしばみ、圭介の想いを殺してしまうのだ。
茜はチャンスが来るのをただ待っているのではなく、自分で作っているのではないか。
好きな男を振り向かせるために相手の好きな女を遠ざける。
考えてみれば、子供でも思いつきそうな簡単な手だ。
(茜、桜子に何を吹き込んだ?)
茜は桜子と同室。
昨夜、部屋に戻った後でも、朝起きてからでも話す機会はあっただろう。
圭介を上手に誘導したように、茜が桜子に同じようなことをしたと考えた方が、無視をされる理由になると思った。
(おれが桜子と話をすると、まずい何かがあるのか?)
それなら、余計に桜子ときちんと話をしなければならない。
その後、圭介はなんとか桜子と二人きりになれないかと様子をうかがっていたのだが、阻むようにどこに行くにも茜がついてきた。
帰りのバスも茜はしっかり隣の席を陣取っている。
こうなったら東京に着いてからだと決めたものの、藍田一家は迎えに来た車で帰って行ってしまった。
後はもう電話ででも話すしかないと、圭介は家に帰ってから『話をしたいんだけど、電話かけてもいいか?』とメールをしたが、『今日は疲れているから、また今度連絡する』と、返ってきただけだった。
(今度っていつだよ!?)
その『今度』は永遠に訪れそうもない予感がして、3日間の旅行で疲れもたまっているはずなのに、その夜、圭介はよく眠れなかった。
次話、旅行後に圭介の一発逆転はあるのか?
茜が桜子に何を仕込んだのかは、【トライアル編】後半で明らかになります。




