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10話 スキあり過ぎた

前話の続きの場面です。

 圭介がどこにも行かないと知って、茜は安心したのか、ぽつりぽつりと話し始めた。


 小学校に入ってすぐに両親を事故で亡くしたこと。

 伯父の家に引き取られたものの、伯父にいたずらされ、それを知った伯母が激怒して茜を施設に預けたこと。


「こんな過去、誰にも知られたくなかったし、自分が他の子と違って汚れてるって、思いたくなかった。

 けどね、他の子が誰々を好きになったとか聞くと、嫌でも伯父さんにされたことを思い出して、あたしはこんな風に普通に恋なんてできないって思い知らされるの」


 無垢(むく)な男を見ると、自分と同じように汚してやりたくなったのだと、茜は語った。


 茜は男たちを意のままに操り、自分と同じ立場に(おとし)めることに満足を覚える。

 相手の男は茜の意図など関係なく、ただそれを享受(きょうじゅ)する。


 茜のすることに誰も傷ついたりはしない。

 少なくとも、傷つけたり、問題になるような相手を茜は選ばなかったのだから。


 けれど、今こうして涙ながらに語っている茜を見ていると、彼女がそういう生き方に完全に満足していたわけではなかったということだ。

 戻れないとわかっていても、心のどこかでもう1度純粋な頃に戻ってやり直したいと思っていたのだろう。


 その隠してきた心の中を丸裸にしたきっかけが、圭介との再会だった。


「桜子はこのことを知っているのか?」


 圭介の問いに茜はコクンとうなずいた。


「あたしの過去を知っても、あたしに対する態度は変わらなかった。同情もしなかった。けど、あたしがいろんな男の子とHしてることは、桜子にもどうしようもなかったみたい。

 それであたしの気が済むなら仕方ないねって。桜子自身、恋をしたことがなかったし、経験もないから、頭で理解しようがなかったんだと思う」


「それでも、桜子がおまえを親友だっていうのは、おまえがやっていることに人を陥れるような悪意が入っていないからだろ。

 桜子はきっとどんな人間も嫌いになったりはしないけど、おまえがまっすぐで、人として大事なことをちゃんと知っているから、おまえが好きなんだよ」


「圭介くんもあたしのこと、そう思うの?」と、茜は驚いたように涙にぬれた瞳を丸くした。


「ああ。正直、最初はなんでこんな女が親友なんだろうって思ったけど、今ならわかるよ」


「でも、それって、桜子の影響が強いのかも」


 茜は何か思い出したように口元にふっと笑みを浮かべた。


「桜子に出会ったのは小学校だったんだよな?」


「小学校は別で、一緒になったのは中学から。あたしたちが出会ったのは、桜子が施設を訪問に来ていたお母さんにくっついてきたからなんだ」


「ああ、そういうことなのか。それで、意気投合?」

「ううん。初対面で大ゲンカした」

「初対面で何をケンカすることあるんだよ……?」


「だってさー、桜子って昔もかわいいかったから、男の子たちがチヤホヤするんだよ。デレデレした顔してる男の子見るとムカつくから、はしから蹴っ飛ばしてやったんだ」


「……おまえ、保育園の時から変わってねえな」という圭介のつぶやきは、どうやらスルーされた。


「そしたら、桜子が『やめなさいよ』とか言って止めに入ってくるから、あたしは突き飛ばして転ばせたの。お嬢様だし、泣き出すかと思ったら、桜子、あたしに飛び蹴り食わらせてきたんだよ。そこからはもう、お互いに殴る蹴るの応酬(おうしゅう)


 茜の話で桜子の幼い頃が色鮮やかに浮かび上がってくる。

 理不尽な暴力には徹底的に対抗する桜子は、昔から変わっていないらしい。

 圭介もそれでイジメから助けられたのだ。


「で、どうなったんだ?」


「もちろん職員が血相変えて飛んできたよ。お嬢様になんてことをって。お母さんも駆け付けて、さすがのあたしも、このまま追い出されたらどうしようって青くなったな。

 けど、あのお母さんも強烈な人でね。二人とも首根っこつかまれて宙づりにされて、『はい、ケンカ両成敗。どっちも謝るっ』って一喝(いっかつ)

 無理やりに謝らされて、お互いにぼろっぼろの姿見たら、結局、吹き出して笑っちゃったの。それから仲良くなって、いっぱいケンカもしたけど、笑ってる方が多かったな」


 昔を懐かしむ茜の顔は穏やかで、さっきまで苦しそうに泣いていたのがウソのようだった。

 こんな風に桜子の存在が、今までずっと茜のつらさを(いや)してきたのだろう。


 みんなが恋をするようになった年頃には、桜子は『呪い』のせいで恋ができなくなっていた。

 同じく普通の恋ができない茜からすると、1番安心できる相手で、一緒にいて誰よりも居心地のいい相手だったに違いない。


「おまえたちがずっといい親友だったのはわかるよ。桜子はあの通りまっすぐな奴だから、おまえも嘘偽(うそいつわ)りなく付き合ってきたんだろ?

 なのに、なんでおれにウソつくんだ? おまえが正直なのは桜子に対してだけで、他の奴は(だま)しても平気なのか?」


「ウソって……?」と、茜は怪訝(けげん)そうな顔をする。


「桜子がおまえに協力するって言った話、ウソだろ。本当にそうだったら、桜子がさっきここに来るわけがない」


 図星だったのか、茜は口をつぐんだ。


「そうだね……。けど、少なくとも、あたしの知ってる桜子ならそうするって確信があったから、ウソついたつもりはなかったよ」


「つまり、桜子は知らないのか」

「圭介くんが初恋の人だったって、本当はまだ言ってない」

「なんで?」


「あたしが圭介くんは初恋の人で、本気で付き合いたいって言ったら、桜子はきっとあたしのために協力するって言ってくれたと思う。

 けど、圭介くん、あたしのことなんか全然目に入ってなくて、桜子のことが好きってミエミエなんだもん。そんな桜子に協力してなんて、フェアじゃないでしょ。

 あたしは自分の力で圭介くんに振り向いてもらいたいって思った。だから、圭介くんが桜子に告白する前に、自分の気持ちを伝えたかったの」


 茜の言うことは正しいと思った。


 もともと桜子に告白しようと思ったのは、『ただの友達』という関係に終止符(しゅうしふ)を打つためで、すぐに恋人同士になるためではない。

 桜子が茜の思いを知っていたら、今まで苦しんで、ようやく普通に恋をした親友を応援しようと思っただろう。


 そうなったら、圭介の思いは桜子に届くことはない。


『気持ちはうれしいけど、茜のことを考えてあげて。あたしたちはこれからもいい友達でいよう』で終わりだ。


「……悪い。おまえの気持ちには応えられねえよ」


「あたし、言ったよね。桜子は特別の一人を作れないって。圭介くんがどんなに思っても、桜子からしたら大勢の中の一人にしかなれないんだよ」


「それでもいい。桜子がどう思っていても、おれはあいつが好きなんだ。おれがあいつのそばにいたいんだ」


「それはあたしも同じ。今は圭介くんが桜子を好きでもかまわないよ。けど、人の思いは風化するの。振り向いてもらえない相手をどっちが長く好きでい続けられるか、勝負だよ」


 茜は顔を上げて、挑戦的な笑みを浮かべた。

 その自信に満ちた笑顔はとても魅力的で、男を知る女特有の色気なのか、圭介は不覚にもドキリとしてしまった。


 その一瞬をつかれて、唇を押し付けられた。


「スキあり」と、茜はいたずらっぽく笑うと、圭介が突き放そうとするのを交わして、ひらりとベンチから降りた。


「圭介くん、やっぱり大好きだよ。おやすみ」


 茜は呆然としている圭介を残して、闇の中に駆けて行ってしまった。


(桜子に告白するはずが、どうしてこんなことに……)

次話、とうとう旅行の最終日になりますが、圭介の告白は……? の話です。

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