5話 親友からの提案とは
この話は桜子視点になります。
「おっぱいのデカい女、最高!」
圭介のバカでかい声は、女湯にいた桜子の耳にまで飛んできた。
同じく一緒に湯船につかっていた茜と薫子にも聞こえたらしい。
茜の視線が桜子と薫子の胸元にちらっちらっと向けられる。
そして、茜は「勝った」と言わんばかりの満足そうな笑顔を浮かべた。
「やだ、困っちゃうなあ。圭介くんってば、あたしの方がタイプなんじゃないのー」
(そりゃ、茜のFカップバストに比べれば、Dっていうのは小さいかもしれないけどー。世の中にはもっと小さい人だって――)
桜子がちらっと薫子を見ると、目だけをお湯から出して、不機嫌そうに茜をにらんでいた。
(薫子の前で何か言うのはやめておこう)
「て、ていうか、茜、どういうつもりよ!? いくらなんでも、圭介にくっつきすぎでしょ!?」
「え、そーお? 圭介くん、別に嫌がってる様子はないしー。ていうより、普通に喜んでるよ」と、とぼけたような顔で言う茜に腹が立つ。
小学校からの親友である茜には、圭介と仲良くしてもらいたいと思う。
とはいえ、必要以上に茜が圭介にかまうのは気に入らない。
(だいたい、圭介も圭介だよっ。茜におっぱいくっつけられて、みよーんって鼻の下伸ばしちゃってさ!
おっぱい大きい女の子には、あんな簡単にドキドキした顔するの!?)
ビーチではあまりに頭に来たので、無意識のうちに手にしていたビーチボールを投げつけていた。
事の始まり、というには大げさなことだが、この旅行の3日前、桜子は茜に『呪いが解けた』報告をした。
この旅行中にせっかくなので告白した方がいいか、という相談も兼ねてだったが。
どうも圭介とは『友達』の関係が定着しすぎてしまって、告白したところで恋愛に発展させることができるのか、桜子は不安になっていた。
二人きりになってもドキドキしてもらえないのは、船上パーティの時に経験済み。
せめて魅力的な女の子に見えるようにと、先日の試写会では髪をアップにするのをやめてみた。
テレビででも圭介が見かけてくれたらラッキー程度のことだったが、まさか本人があの場に来ているとは思わず、見つけた時には満面の笑顔で手を振っていた。
――が、圭介は他の女の子とデート中。
ショックのあまり、試写会中はべったりとウソの笑顔を貼り付けることになった。
あんなブサイクな顔をテレビに映され、圭介に見られずに済んだのは、それこそラッキーだったといえる。
その夜もひと晩中二人の姿がちらついて、よく眠れなかった。
そんな桜子を見かねて、薫子が圭介のバイト先に連れて行ってくれたのだ。
おかげで、カン違いだったことはわかったが、元同級生の涼香は明らかに圭介に気がある様子。
バイト先で二人が仲良くしているのかと思うと、正直、モヤモヤは全然晴れなかった。
そんなところに圭介から『呪い』の原因がわかったという報告があったので、桜子が真っ先に考えたのはこの旅行での告白だった。
ウカウカしていると、圭介を他の女の子に取られてしまうかもしれない。
それでは、何のために『呪い』の解明を圭介に手伝ってもらったのか、わからなくなってしまう。
「『呪い』も解けたし、あとはイイ男見つけろよ」なんて、圭介に言われてしまったら、すべてが台無しだ。
不安というより焦りの方が先に来た。
そんな話をつらつらと茜に語った結果――
「会ったことない人だから何とも言えないなあ。告白すべきかどうかは、圭介くん? と話してみてからだね」と、茜が言うので、桜子は任せたのだが――。
「茜、もう充分、圭介のことはわかったでしょ? これ以上のちょっかいはいらないからね」
桜子の言葉を聞いているのかいないのか、茜が答えたのは「圭介くん、いい人だよね」だった。
「けど、桜子、意外な人を好きになったね。お父さんと全然似てないじゃん」
「なんでそこでお父さんが出てくるわけ?」
「お父さんみたいな人と結婚するって言ってたでしょ?」
「いつの話よ……」と、桜子はあきれたため息をついた。
「それ、小学校の時の話でしょ?」
「あたしはそれを聞いた時、桜子って将来考えてるんだなーって感心したんだけどね」
「どういうこと?」
「藍田家の跡取りとして、グループを引っ張って行けるだけの男が理想ってことじゃない」
「誤解しないでよ。お父さんが家族思いでやさしいから、そういう人と結婚したいって思っただけだよ」
「つまり、最高の男でしょ? グループの総帥なんて大変な仕事をしながらも家族を大事にできるなんて。並大抵の男にできることじゃないよ」
「うちのお父さん、そこまですごいと思ったことないんだけど……」
「だから、桜子。圭介くんのことはあきらめなよ」
さっきまで笑顔で話していた茜が急に真顔になっていた。「冗談でしょ?」と聞き返す雰囲気ではない。
桜子の顔は自然に強張っていた。
「どうしてそんなことを言うの?」
「圭介くん、やさしくていい人だよ。けど、素直で真面目なごくフツーの人。グループのトップになろうなんて野心、欠片も持ってない。お父さんみたいになんて、到底なれる人じゃないよ。
そんな人に無理やりグループを背負わせるの? 大変な人生を歩かせるの?」
「それは――」
「桜子、自分の立場をよく考えて。圭介くんのことが好きなら、彼の幸せのためにも、このまま友達でいる方がいいよ」
茜の畳みかけるような言葉が桜子の頭の中をぐるぐると回っている。
(あたし、自分の気持ちを押し付けようとしていただけなの? たとえ『呪い』がなくても、あたしが好きになるのは圭介にとって迷惑なことなの……?)
「よし、こうしよう」と、茜が場の空気を変えるように明るく言った。
「……なに?」
「桜子もこのままじゃ、あきらめがつかないでしょ?」
「あきらめる前提で話をしないでよ。まだ考え中なんだから」と、桜子は頬をふくらませた。
「だから、その決心をするための提案。
桜子だって、他の女の子に簡単になびくような男の子はゴメンでしょ?」
「それはまあ、そうだけど。だから、なに?」
「あたしがこのまま圭介くんを押して押して押しまくる。それでオチたら、桜子の恋も冷めるよ」
「ちょっと、やめてよ! 圭介をダマすようなこと!」
桜子は思わず声を荒げたが、茜はどこ吹く風でニッコリ笑った。
「ううん、これはホンキ。圭介くんがあたしでいいって言うなら、そのまま付き合うよ」
「はあー!?」という桜子の大声が浴室に響き渡った。
「じゃあ、そういうことで。のぼせそうだから、お先にー」と、茜は湯船を出て行ってしまった。
「……これ、どういうこと?」
桜子は呆然と茜を見送りながらつぶやいた。
「ダーリン、茜ちゃんのタイプじゃないはずなんだけどねえ」
振り返ると、薫子も難しい顔をしていた。
「だよねー?」
何かの冗談としか思えなかった。
(茜のタイプって……アレなんだから)
「桜ちゃん!」と、薫子がずいっと顔を寄せてくる。
「桜ちゃんが告白するかどうかは好きにすればいいと思うけど、おっぱいだけの茜ちゃんに負けるのだけはダメ! 桜ちゃんの方が魅力あるってこと、ダーリンに証明してもらわないと!」
「うん、まあ、そうなんだけど……」
その『おっぱい』ですでに負けている現状、桜子の方が分が悪い気がした。
(ていうか、薫子、そうとう『おっぱい』で茜を恨んでいるね……)
茜については圭介も気になるところ。次話はお風呂後、圭介は彼女の同級生たちから話を聞きます。