4話 ライバル減ったかも?
旅行初日の夜の話です。
(まったく、茜の奴、どういうつもりでおれに迫ってきてんだよ……)
恨めしい思いで目の前の夕食をつつきながら、圭介はため息をついた。
「圭介、疲れた?」
気づけば、向かい側で食べていた桜子が心配そうな顔をしている。
「あ、いや、大丈夫」と、圭介は慌てて表情をゆるめた。
「そう? 慣れない子供の相手、大変じゃない?」
「思ったより平気だったから、心配いらねえよ」
(問題はそっちじゃねえんだ……)
「そうだね。なんか、圭介、普通になつかれてるよね」
桜子はうふふと笑う。
「あれはなつかれてるっていうか、バカにされてるっていうか……」
「どっちでもいいんじゃない? 子供たちが楽しんでいれば」
「だよなー。主役は子供なわけだし」
「それで、明日はどうするか決めた?」と、桜子が聞いてくる。
二日目、子供たちは水族館や博物館めぐりをする予定になっている。
監視の必要な海と違って、大人だけで事足りるので、ボランティアの学生は希望者のみ。
ほとんど1日、自由行動といってもいい。
「せっかく海に来たから、ビーチで遊んでいる方がいいかと思ったんだけど。おまえは?」
「水族館のイルカショーが見たいから、子供たちと一緒に行こうかなって思ってるんだけど」
桜子がいない海では、残っていても仕方がない。
しかも、子供に同行するとなると、間違いなく佐伯修斗と一緒になる。
(ダメだ! 遅れを取るわけにはいかない!)
「じゃあ、おれもそうしようかな」
「いいの? 海じゃなくて」
「何気に牧場のソフトクリーム、食ってみたかったし」
「じゃあ、明日は一緒に行動だね」と、桜子はニコっとかわいらしい笑顔を見せてくれた。
「圭介くんが行くなら、あたしも行くー」
隣に座っていた茜が割って入ってきた瞬間、桜子のうれしそうな顔が凍り付いた。
「茜ちゃん、ダーリンは関係ないでしょっ」と、薫子が目を吊り上げる。
「えー、どうして? せっかくだから、親睦を深めたいじゃない」
「何の親睦よ? 茜ちゃんが言うと、違う意味に聞こえる」
「気のせいよー」
桜子は「あはは……」と、困ったように圭介に笑いかけた。
「じゃあ、明日はみんな一緒にお出かけってことで」
茜と薫子の間で激化しそうな言い争いは、こうして桜子に止められた。
夕食の後は温泉大浴場を満喫。
圭介は子供がはしゃぎまわるのを眺めながら、広い湯船につかっていた。
(極楽そのものだよな……)
ボケっとしていたのも束の間、ひときわ引き締まった身体が圭介の目に入ってきて、湯船にずるずると顎まで沈んだ。
(佐伯修斗、なんてイイ身体してんだよ!)
スポーツで鍛えられたと見えるバランスの取れたきれいな筋肉と逆三角形のスタイルが、しっかり服の下に隠されていたことが発覚した。
それに引き換え、圭介はというと、高校に入ってから運動らしい運動をしていないせいで、筋肉も落ちて貧相な身体になっている。
「モテる男は大変だね」と、佐伯が湯船に入って、にこやかに声をかけてきた。
自分の方がモテるのは間違いないくせに、わざわざそう言ってくる。
この上から目線が圭介をムカつかせた。
しかし、それを表に出したら、いかに自分が小さい男かを見せつけるだけだ。
(ここは大人の余裕を見せなくては)
「いやー、おれ、今までモテたことないんで。
佐伯さんの方こそ、それくらい魅力たっぷりだと、モテて困りますよね?」
「もしかして、圭介くん、僕に興味ある?」
(当たり前だろうが)
こんな風に余裕たっぷりに返されると、『おまえなんか目じゃない』と言われているようで、余計に腹が立つ。
「それは、まあ……佐伯さん、カッコいいし、仕事もできそうだし、非の打ち所がないっていう感じで」
「そんな風に褒められると照れるよ。ああ、でも、圭介くんはおっぱいの大きい女の子が好みみたいだけど」
なんだか、話に脈絡がないような気がするが、相手はかなりの秀才。
頭の回転が普通とは違うのかもしれない。
(いや、ちょっと待て)
茜が妙に絡んでくるのは、実はこの佐伯が裏で動いているからではないのか。
そう考えると辻褄が合う。
桜子を狙っている佐伯が圭介を引き離そうと、茜を使っているのだ。
(ちくしょー! おれはこいつにまんまと踊らされたのか!?)
豊満な身体で迫られれば、経験なしの圭介など簡単に振り回されてしまう。
そんな圭介を見たら、『女にだらしない』と烙印を押されて、桜子は幻滅する。
ライバルを落とすには簡単、なおかつ巧妙な方法――。
「好きになったら、胸の大きさなんて関係ないと思いますけど。見かけより中身の方が大事でしょう?」
「それはうれしいな」
「……はい?」
意味不明のまま佐伯を見やると、つやのある流し目で圭介を見つめていた。
「僕、初めて君を見た時から、興味あったんだよね。ほら、きれいな顔してるし、肌とかキメ細かくてなめらかで、触り心地よさそうだし――」
湯の中でするりと太ももに触れられた瞬間、圭介の全身に鳥肌が立った。
(ち、違う! この人、あっちの人だー!)
「す、すいません! おれ、女が大好きなんです! おっぱいのデカい女、最高!」
圭介は悲痛な叫びを上げて湯船を飛び出し、そのまま風呂場も飛び出した。
(おれ、何を勘違いしてたんだ!?)
落ち着いて考えてみれば、この旅行に参加する職員には、佐伯と同年代の若い女性もいる。
にもかかわらず、女性にちやほやと取り囲まれているところは見たことがなかった。
(みんな、知ってたのか、あの人の趣味……)
危うく魔の手に落ちるところだった圭介は、それを教えてくれなかった桜子を恨めしく思った。
(……あれ? てことは、桜子と佐伯って、ほんとにただの幼なじみで、婿候補なわけないんだよな)
暗雲の立ち込めていた空にぱあっと光が差してくる。桜子との間に遮るものはなくなったのだ。
(よっしゃあー! これはもう告白までイケイケモードだよな!?)
次話、久しぶりの桜子視点の話になります。
テンション上がる圭介ですが、桜子の方はどうでしょう?