7話 藍田一家はだんらん中
藍田家はほぼ毎日朝食と夕食時に家族が顔を合わせる。
入学式の今日も夜7時には8畳の和室でちゃぶ台を囲んでいた。
高校の入学祝いなので豪華な食事になるかと桜子は期待していたが、食事自体はいつもと大して変わらなかった。
ただ、桜子の好きなハンバーグにしてくれたので、それを作ってくれたお手伝いの春代に「ありがとう」と、伝えた。
「で、高校初日はどうだったんだ?」
父親に聞かれ、桜子は口に入れたハンバーグを飲み下しながら顔を上げた。
「予想通り、ちやほやされまくりだよ」
「そりゃ、仕方ないだろ。ああいう連中は『藍田』の名前聞いただけですり寄ってくるんだから」
「あ、でもね、普通の家庭の子も一人だけいたんだ。あたしとおんなじ、高校編入で」
「あの学園には珍しいわね。イジメられたりしないのかしら」と、昔のことを思い出すのか、母親が言った。
「されるよ。今日だって、さっそく『貧乏くさい』ってからかわれて、クラスメートに遠巻きにされてたよ。頭に来たから、一喝してやったけど」
桜子は思い出して、再び腹が立つのを感じた。
高校生にもなってあんな子供じみた嫌がらせをする人間がいるなど信じられない。
たかが家庭環境が違うという、それだけの理由で人間の尊厳を剥奪していいわけがない。
「まあ、桜子らしいな」と、父親。
「でも、あんたとはいい友達になれるんじゃない?」と、母親も続ける。
「……それは難しいかも。男の子なんだもん。どうもあたしのウワサを知ってるのか、話しかけたんだけど、あんまりのってくれなかった」
隣の席の瀬名圭介を思い出して、桜子は残念と小さく息をついた。
(せっかく話が合いそうだと思ったんだけどな)
「男の子って、カッコいいの?」
薫子が好奇心に目をきらめかせて聞いてくる。
「あー、うん。よく見るとカッコいいかも」
「それって、無理やり絞り出したお世辞?」
「違うよ。黒縁メガネかけてて、前髪も長くてあんまりよく顔が見えないの。でも、目鼻立ちは整ってたし、背も高いし、スタイルもいいと思うよ」
「お、久々にメンクイ桜ちゃんのおメガネにかなう人が現れた!?」と、薫子ははしゃぎだす。
「もう人聞きの悪いこと言わないでよ。あたしの言う顔の良さは、性格からにじみ出てくる美しさが基準なの。心がきれいじゃない人は、たとえみんながカッコいいって言っても、あたしは反対するよ」
「ふーん。じゃあ、そういう基準でいくと、『よく見るとカッコいい』その男の子は、微妙に性格悪そうってことだね」
「薫子……そんなことは言ってないよ。まあ、ちょっと変わった人なのは確かかな」
「変わってるの?」
「普通さあ、誰かに嫌なこと言われたら、怒るとか泣くとか逃げるとか、何かしらの反応があるものでしょ? けど、なんかどこ吹く風って感じで、平然としてるの」
「面白い人だねー。明日、桜ちゃんの教室に行くから、どの人か教えて。ついでに一緒にお昼ご飯食べよう」
「薫子、編入したばっかなんだから、クラスの子と仲よくした方がいいんじゃないの?」
「でも、桜ちゃんもあたしと一緒の方が気楽にご飯食べられるでしょ?」
「……確かに。お昼休みくらい、逃げられるなら逃げたいかも」
「でしょでしょ?」
薫子が目をくりくりさせて無邪気な笑顔を向けてくるので、桜子も笑って了解した。
次話からまた圭介の話に戻ります。