2話 いつのまにか『ダーリン』に……
新宿を出発した時にはガラガラだった大型バスは、途中で高速を降りながら子供や職員を拾って、伊豆に着く頃には満席になっていた。
圭介がボランティアとして最初にやったことといえば、名簿のチェックと休憩所でのトイレ誘導くらいなもの。
バスの中で打ち合わせをしたところ、この3日間は各施設の職員や主催者である藍田財団の関係者が責任者となるので、ボランティアの学生はその手伝い程度で済むとのことだった。
せいぜい小学生以下の子供5人の担当になって、目を離さないようにすること、何かあったら、責任者に連絡することなど、それほど荷の重い仕事はない。
全国から集まった参加者は、幼児から中学生まで約200人、高校生大学生のボランティアが30人と、責任者となる大人が20人の大所帯だ。
高校生のボランティアは圭介や藍田兄弟を除けば、全員天城学園の生徒。
その中には桜子の親友として紹介された茜もいた。
「毎年、このボランティアが楽しみなんだよねー。じゃなかったら、夏休み、バイトしてるだけで、どこにも行けないもん」というのが、ほぼ全員一致する意見。
圭介もそれは同感だった。
桜子母の創立した天城学園の生徒は、片親だったり親がいなかったりする家庭環境がほとんどで、圭介のものとそれほど違いはない。
ボランティア仲間ともあっという間に打ち解けて、にぎやかなバスの旅となった。
藍田兄弟も普段から施設を訪問していて、参加するほとんどの子供とは知り合い。
超大家族での旅行に近い、和気あいあいとした雰囲気だ。
そんなわけで、当然、圭介が桜子と二人きりになるチャンスは今のところゼロ。
そもそも、いつも子供がウロウロと周りを取り囲んでいる状況で、ロマンチックなシチュエーションなど期待できるわけもなかった。
おまけに桜子が佐伯と一緒にいるところがやたらと目について、その度に楽しい気分に水を差されてしまう。
バスの中も二人は隣同士の席。
楽しそうに話している声が、後ろの席にいる圭介のところまで聞こえてくる。
一方、圭介の隣は、ニセ彼女の薫子。
この座席指定は、やはり避けられない。
「ねえ、ダーリン」と、薫子が身を寄せて小声で話しかけてくる。
「その呼び方、やめてくれ……」
「いいじゃない。いつの間にか言い慣れちゃったんだもん」
「おれはおまえを『ハニー』とは呼ばんぞ」
「それはご自由に」と、薫子は気を悪くした様子もない。
(おい、どうでもいいのか?)
「ところで、桜ちゃんにヨリくんのこと、話さなかったの?」
「ああ、そのこと。確証ないって、おまえが言ったんじゃん。だから、あえて言わなかったんだけど。
桜子だって、今頃気づいてるんじゃないか?」
薫子は困ったように笑って見せた。
「桜ちゃんって、そもそも人を疑うようにできてないから、ダーリンから聞いた話だけでいろいろ納得しちゃってるよ」
「納得って、実際に『呪い』にどう対応する気でいるんだ?」
「出たとこ勝負?」
「おい……」
「まあ、うちの力をもってすれば、最終的にはどうにかなるってのもあるんじゃない?」
「そういう権力を使う奴とは思えないんだけど」
「ダーリン、恋する女を甘く見ちゃいけないよー。桜ちゃんは今まで恋を封印していた分、1度恋したら歯止めが効かないかも」
「そうして、あいつはどこに向かって行っちまうんだろうな……」
圭介は憂鬱なため息を隠せなかった。
「おやー、思ってたより消極的だね。『呪い』の件が解決した今、いよいよチャンス到来。この3日の間に告白するのかと思ってたけど」
「まあ……そのつもりではいたんだけど。告白した方がいいのかな……?」
「どうでしょう。少なくとも『呪い』を解いたのはダーリンで、桜ちゃんもそれについては感謝してるんだから、今のうちに名乗りを上げたほうがいいんじゃない? でないと、人魚姫の二の舞だよ?」
「怖いこと言うなよ」
「ま、失敗してもあたしがカノジョでいてあげるから、心配することないよー」
薫子はそう言ってニッと笑ってみせる。
「そりゃ、おまえは得するよなー」
薫子は青蘭学園だけでなく、このボランティアの学生の中でも人気があるらしい。
笑顔で「カレシができたの」と、圭介を片っ端から紹介して歩くところを見ると、相変わらず本物を作る気はないということだ。
桜子に関しては、ここでも『呪い』の話は有名なのか、男たちは今のところ彼女には近づかない。
しかし、その『呪い』が解けたことは、いずれみんなの知るところとなる。
その時、怒涛のようにライバルが押し寄せてくるのが圭介の目に浮かんだ。
(先手を打つためにも、告白は早くした方がいいってことだよな)
この3日間、桜子と二人きりになれるチャンスがあったら、今度こそ勇気を出して告白する。
もう何度目かも覚えていない決意を胸に、圭介は伊豆に到着したのだった。
次話、ビーチでお楽しみとなるかどうか。




