1話 いざ、夏の海へ
第2章の最終パートがスタートです!
『保養所』とは企業の研修目的などで利用される施設。
会社の福利厚生により、一般人より格安で泊まれる利点がある。
圭介はその保養所の前に到着し、「イメージが違うんですけど?」と、その建物を見上げて呆然としていた。
世界の主要都市に高級ホテルを所有する藍田グループは、リゾート地にもいくつかの宿泊施設を持っている。
その一つが伊豆。
全室オーシャンビューの客室にプライベートビーチ、屋外プール、源泉かけ流し温泉の大浴場を有する高級リゾートホテル――『ベル・アズール』。
それは保養所という庶民的な言葉から遠く離れた豪華絢爛極まりない施設だった。
(おれ、自腹じゃ一生来られねえ。ボランティア、バンザイ……)
「圭介くーん、なにボーっとしてるの? 早くお部屋に荷物を置きに行こうよ!」
ボサっとしていた圭介の腕に絡みついてくる女は、つい数時間前、東京を出る時に紹介された桜子の親友、倉科茜。
ショートカットの髪を金髪に染めて、耳には数えきれないほどのピアス。
くりくりした少々上目遣いの目もぽったりとした唇も、グラビアイドル顔負けに色気たっぷりだ。
肌の色こそ白いが、ひと言で表すなら、ギャル。
これが真面目な桜子の親友とは、今でも信じられない。
伊豆までの道中、事ある度に圭介にくっついてきて、高校1年生にしてはありえない豊満な胸を押し付けてくる。
こういうタイプは今まで出会ったことがなかったので、圭介は正直対応に困っていた。
正確にはこの世のものとは思えないやわらかな胸の感触に、どうやって下半身が反応しないようにするか、である。
「ちょっとー、茜ちゃん、あたしのダーリンにちょっかい出さないでよねー」
こうして薫子が間に入ってくれるおかげで、ギリギリのラインで助かっているのだが、あまりに情けない状況だ。
健全な16歳の身体を圭介は初めて呪わしいと思った。
(おれ、ここに何しに来たんだっけ? 桜子に告白しに来たんじゃなかったのか?)
***
その日の早朝――。
圭介が集合時間5分前に新宿バスターミナルに到着すると、すでに来ていた桜子に「おはよう」と声をかけられた。
朝もまだ早いというのに、桜子ははつらつとした笑顔を向けてくる。
Tシャツにデニムのショートパンツという質素な格好にもかかわらず、普段より露出の多いきれいな足が特にまぶしかった。
その直後、圭介は桜子の隣に寄り添うように立っていた男に気づき、くらりとめまいを覚えた。
すらりと背の高いその男は、メガネ越しでもわかるすっきりとした切れ長の目を持っている。
その眼力の鋭さからも明白な知性が感じられた。
ブルーのシャツに生成りのハーフパンツというリゾートな格好をしていても、そんな印象を与えるのだから、スーツでネクタイをしていたら、いかにも有能なビジネスマンの出来上がりだ。
実際、圭介はこの男を見たことがあった。
渋谷で映画の試写会があった日、桜子とともに車から降りてきた男に間違いない。
藍田グループの関係者、しかも桜子の近くにいる若い男。
(こいつも婿候補かよ……)
『呪い』がほぼ解けた今、桜子は恋に向かって走っている。
その相手は、実はすでに決まっていて、それが目の前の男ではないのか。
「圭介、紹介するね。あたしの幼なじみの佐伯修斗さん。修ちゃん、彼が圭介だよ」
「桜子さんからいろいろ話は聞いているよ」
佐伯から大人の余裕たっぷりの笑顔で言われ、圭介は愛想もへったくれもなく、「どうも」という言葉しか出なかった。
「修ちゃんはこの春大学を卒業して、お父さんの秘書をしてるの。こう見えて、東大卒。頭いいんだよ。
秘書じゃなくて、もっといいポストについてもらおうと思ってたのに、どうしてもお父さんのそばで働きたいって。もったいないでしょ?」
(『こう見えて』じゃなくて、『見るからに』だろ……)
藍田音弥の1番近くにいて、1番仕事を理解している人間。
他の職よりその地位にいるのは、何より後継者を目指しているからではないのか。
桜子とは昔からの知り合いで、優秀、それでいて野心家。
(おれの出る幕ってあるのか!?)
桜子と過ごせると楽しみにしていた3日間、突然の強敵の出現に早くも暗雲が立ち込め始めていた。
次話は伊豆までの道中。
バスの隣に座るのは……?
*佐伯さんは第2章-2 9話でちらっと登場した人です。
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