20話 いつかこれを運命の出会いにするために
バイトが終わった帰り道、圭介が桜子に電話をかけると、すぐに応答があった。
「まだ起きてたか?」
「うん、この時間なら大丈夫だよ。もしかして、祐希くんと連絡がついたの?」
「連絡がついたっていうか、今日、会ってきたんだ。悪い、事後承諾で」
桜子が黙り込んでしまった。
こういう電話の間は、相手が何を考えているのかわからない。
圭介は電話ではなく、会って話をした方がよかったと後悔した。
「……うん。どうだった? 元気にしてた?」
やがて、桜子が話し出した時には、明るい声に戻っていた。
「元気だったよ。いろいろ話もしてくれた。ただ、桜子には会えないって言われて、おれ一人で会いに行ったんだ」
「会えないって、どうして? 会いたくないってこと? やっぱりあたしのこと、恨んでた?」
「そうじゃねえ。おまえに告白した日、『藍田家の使い』ってのが来て、おまえをあきらめてくれって言われたんだと。その代りに新しい店舗と家を用意するって、大金を積まれたって。
九嶋はそれを受け入れて、おまえの前から姿を消したんだ」
「『藍田家の使い』って……うちの誰かがそんなことするわけないじゃない!」
「わかってるよ。誰かがそう騙って、九嶋をおまえから引き離そうとしたってことだろ」
正直、圭介は貴頼の話をしようか迷っていた。
薫子の言っていた通り、貴頼がやったという証拠はない。
にもかかわらず、桜子にそれを告げるというのは、彼女に先入観を抱かせ、ライバルを無理やり蹴落とすようで、卑怯な気がするのだ。
(おれが貴頼にたどり着いたように、桜子が自分自身で答えを見つけられた方がいいよな?)
「祐希くん、それでお金を受け取ったんだね……。
告白されたって舞い上がってたけど、ほんとはそれほど好きってわけじゃなかったのかな」
桜子がポツリとつぶやくように言った。
「桜子、あいつの想いに疑いを持つなよ」
「だけど――」
「おれには想像できるよ。誰かを好きになっただけなのに、近づくなって言われて、見たこともない大金を積まれて怖くなった気持ち。
相手の抱えているものが大きすぎて、自分に自信がなくなった気持ちも。
普通の生活をしている人間にとっては、逃げ出したくなってもちっともおかしいことじゃない」
「あたしはそんな人間じゃないし、親だってあたしが好きになる人なら、どんな人だって認めてくれるのに……」
「桜子、九嶋のことが好きだったのか? 告白されて、すぐに返事しなかったって聞いたけど」
「それまで仲のいい幼なじみだったのに、突然告白されて、少し考えたかったから、すぐに返事しなかっただけなんだけど……」
「考えて出た結論は?」
「その前に祐希くん、いなくなっちゃったからね……。もしもそうじゃなかったら、どうしてたかな。自分でもよくわかんない」
「他に好きな奴がいたとか?」
「そういうんじゃなくて。
あの頃、仲のいい子がいっぱいいて、実は誰かが特別好きっていうのがなかったんだ。だから、告白してもらったら、相手も自分のことが好きってことだから、それで付き合うのかなって思ってて。
今思うと、恋っていうのがよくわからなかったんだよね」
「女の割に成長遅いな」
「うるさいよー」
「ともかく、あっちとしては仲良かった分、告白すれば付き合えるって思っていたところ、すぐに返事がもらえなくて落ち込んだと。おまけに『藍田家の使い』なんかも来たから、おまえんちにも反対されたと思って、身を引いたんだよ」
「それって、結局、あたしのせいなの?」
「おまえのせいじゃねえよ。恨むなら『藍田家の使い』を騙った奴を恨め。
もしかしたら、九嶋だってあきらめずに、もっと頑張れたかもしれねえんだ。今となっては仮定の話でしかないけどさ」
圭介が初めて藍田音弥に会った日、もしも彼が桜子に近づくなと言っていたら、圭介も九嶋と同じ選択をしていたかもしれない。
家柄など関係ない、桜子が好きになる相手なら受け入れるということを圭介は幸運にも知ることができた。
それでも、桜子を取り巻く世界が自分のものとはあまりに違い過ぎていて、圭介自身、何度もくじけそうになった。
今日まで桜子をあきらめずに追い続けてこられたのは、そこにかすかな希望があったからだ。
それを知ることができなかった九嶋が、桜子をあきらめるという選択をした気持ちは、容易に想像できる。
「祐希くんとは結局のところ、縁がなかったってことなんだね。そういうのが『めぐり合わせ』っていうのかな」
「けど、それは人為的に引き離された『めぐり合わせ』だろ」
「ねえ、圭介。もしも、人の力でも引き離せない『めぐり合わせ』があったら、それが『運命』だよね? どんなに邪魔されても、二人は出会ってしまって、どうしても恋に落ちちゃうの」
「夢、見過ぎ。そんな『運命』がそこらへんにゴロゴロ転がってたら、世の中、幸せなカップルであふれてるよ」
「圭介は夢がなさすぎー! 恋に夢見たっていいじゃない!」
「はいはい、そうだよなー。中1で恋もわかんなかったおまえだもんな。遅ればせながら、ようやく恋に夢見るお年頃になったわけだ」
「もう、人のことバカにして!」
ムキになる桜子に圭介が思わず吹き出すと、電話の向こうで桜子も笑っているのがわかった。
「ま、冗談はともかく、『呪い』が非科学的なものじゃないってことはわかったんだから、おまえが恋をしても、不幸を回避する方法があるってことだろ。ちっとは肩の荷を下ろせよ」
「それって、あたしが恋しても相手を不幸にしない方法があるってことだよね?」
「そういうこと」
「うん……。それがわかっただけでも、すごくうれしい。ありがとう、圭介」
「これくらい礼には及ばねえよ」
じゃあ、と電話を切ろうとすると、桜子に呼び止められた。
「ねえ、圭介は運命とか信じないの?」
「うーん、おまえが言うような運命は信じてないかも。おれからすると、結果論なんだよな」
「結果論って?」
「運命だからって、出会って好きになって結ばれるっていうのは違うと思うんだよ。
結ばれるために自分がどれだけ頑張れるかが大事で、自分ができることをし尽して、結果、幸せになれたら、いつか過去を振り返った時に、それが運命だったってわかるんじゃないのかな、と」
「そっか」
桜子のこの一言がどういう意味だったのか、やはり電話ではわからなかった。
同意なのか否定なのか。
それを問うことなく、おやすみのあいさつで電話は切れた。
少し前まで、圭介も運命についてこんな風に考えたことはなかった。
告白をしてうまくいくと信じていたあの頃、『これは運命の出会いだ』と思っていた。
それがフラれて終わった時、同時に『運命』が幻想だったことを知った。
恋をした相手と結ばれたいと思うのは、どこか神頼みに似ている。
それを単に『運命』と名付けていただけだった。
正直、圭介も『運命』なんかの一言で桜子と結ばれるのなら、いくらでも信じたいと思う。
しかし、この恋は祈っているだけでは決して実ることはない。
ライバルを蹴落とし、自分だけが特別な一人になるために必死にならなければ、手に入らないとわかっている。
だから、桜子と結ばれた時、初めてこれが運命だったと思える日になる。
(まあ、結局のところ、それまでは『努力あるのみ』にしかならないんだけどさあ)
ともあれ、週が明ければ、3日間の伊豆旅行。
完全とはいえずとも桜子の呪いが解けた今、圭介のやるべきことはたった一つ。
「旅行中に告白するぞーっ」と、拳を掲げた。
第2章-2【赤い宝石編】はこの話で完結となります。
次回からは第2章パート3【トライアル編】がスタートです。
伊豆の海で圭介の告白は成功するのか。いよいよ第2章のタイトル回収パートに入ります。
引き続き楽しんでいただけると光栄です。
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