18話 切り札を手に入れた、かも?
「ご名答」と言ったきり、薫子は先を続けない。
「……ええと? 『ご名答』言われても、結局、その『第三者』が誰かわからないんだけど?」
「え、わからないのー?」と、薫子はキャハハと電話口で軽快に笑う。
「笑い事じゃねえだろ! 薫子、知ってるんなら吐け!」
「もう、ちゃんと新聞読まないとダメだよー。
四ツ井グループっていったら、政治家の天下り先、筆頭企業じゃない」
「政治家って……おい、黒幕は貴頼ってことかよ」
「それ以外にいないでしょ。もっとも、シンセン製薬の名前が出た時点で確定だったけど」
「あいつんち、シンセン製薬ともコネがあるのか?」
「ヨリくんのお母さん、シンセン製薬の会長の長女だもん。ていうか、瀬名さん、知らなかったの?」
「知るわけねえだろ……て、ちょっと待て。
あいつの母ちゃんがシンセン製薬の娘ってことは、おれの母ちゃんは……?」
「当然、シンセン製薬の会長次女。ミュージシャンの瀬名浩介と駆け落ちしたって、当時はかなりのスキャンダルだったらしいよー」
「嘘だろーっ」と、圭介は往来にも関わらず大声で叫んでいた。
「母ちゃん、そんなこと、一言も言ってねえ……!」
「まあ、あの暮らしぶりを見ても、完全に実家と縁を切ってるみたいだもんね」
「てっきり、母ちゃんの姉ちゃんが玉の輿に乗ったと思ってたのに……」
「お母さんは乗ってた輿から飛び降りちゃったと」
圭介は頭の中が真っ白になって、しばらく絶句していた。
「……ちなみに、桜子もこのことを知ってるのか?」
「知るわけないよ。瀬名さんとヨリくんの関係を知らないんだもん」
「薫子、まさかと思うけど、おれとあいつがイトコだって知った時から、『呪い』の正体が貴頼だって気づいてたんじゃないのか?」
「んー、可能性の一つとしては考えてたけど、確信には至らなかったよ」
「けど、さっき、シンセン製薬の名前が出た時点で確信したんだよな?」
「うん」
「てことは、長々と四ツ井グループがどうの、利益がどうのなんて話、する意味がなかったんじゃないのか?」
薫子は「そうだね」と、あっさりと同意する。
「ちくしょー! この炎天下で、何でこんな長話になってんだよ! おれ、熱中症で倒れるぞ!」
「えー、でもお、せっかくのダーリンのラブコール、すぐに切っちゃうのがもったいなかったんだもーん」
「こーの、ウソつき薫子! おれを右往左往させて楽しんでただけだろうが!」
「ま、それは置いといて」と、薫子にあっさりとかわされる。
「この件に関して、確信はあっても証拠がないから、瀬名さん、間違っても早まってヨリくんに問い詰めちゃダメだよ。逆に痛い目にあわされるかもしれないから、気を付けてね」
確かに薫子の言う通りだった。
四ツ井グループと杜村家につながりがあるとしても、金の動きが明確になっていないこの状況では、『僕がやったという証拠を見せてみろ』と言われたら終わり。
貴頼の弱みをつかんで、それをネタに契約解除後も学費くらいは継続して支払ってもらう、などという甘い話は現状ないということだ。
「証拠って、つかめないもんかな……」
圭介はそれでもあきらめきれずに、思わずつぶやいていた。
「それは限りなく不可能に近いよ。そもそも四ツ井グループが間に入っている時点で、敵対するこっちから裏情報が手に入れられるわけないもん」
「だよな」
「けど、証拠はなくても切り札には変わりないから、上手に使うに越したことはないよ」
「切り札って?」
「このことを桜ちゃんが知ったら、ヨリくんを許すわけないでしょ。この先、ヨリくんがどんなアプローチをしてこようが、桜ちゃんの心は揺れたりしないよ。
瀬名さん、ライバルが一人減ってよかったね」
「それはある意味、朗報かもしんないけど……ライバルがいくら減ったところで、桜子がおれを選ぶかどうかは別問題だからなあ」
「それは瀬名さんの頑張り次第ってことだから、あたしには関係ありませーん」
当然のことをさも当然のように言われ、圭介は返す言葉も見つからなかった。
「ともあれ、薫子、いろいろ情報をありがとな。助かった」
「いえいえ、愛しのダーリンの頼みですから。また今度何かおごってくれれば、お礼なんていらないよー」
(何かおごるのは『お礼』とは言わんのか?)
薫子の理論はどうも凡人には理解しにくくできているらしい。
圭介は思わずぷっと笑いながら、「了解」と長電話を切った。
次話、圭介の母方の実家についてわかったところで、それは切り札となるか、圭介はもちろん確認してみます!




