17話 小難しいラブコール
開星高校を出て駅に向かう途中、圭介は薫子に電話をかけた。
薫子は知り合いが多いと言っていたし、『呪い』の件に関しても、圭介や桜子に開示していない情報を持っているはずだ。
桜子は四ツ井グループに関わる人物に心当たりがないようだったが、薫子なら何か知っている可能性がある。
もっとも、圭介が聞いたところで素直に何でも話してくれるかというと、一筋縄ではいかない相手ではあるが――。
もちろん、企業に関することなら、藍田音弥に聞くという手もある。
しかし、多忙を極める人をわずらわせるだけの価値がある質問なのかどうか。
それは、あらゆる手段を尽くしても無理だった場合の最後の手段として取っておきたい。
「もしもーし」と、薫子はじきに応答した。
「薫子、今、大丈夫か?」
「愛しのダーリンからのラブコールなら、いつでもオッケーだよー」
薫子のあまりに軽い口調に、圭介は思わず脱力してしまった。
「何が『愛しのダーリン』だ……。こっちは真面目な用件でかけてるんだけど?」
「そんなのわかってるよー。そもそも瀬名さんは用事がなければ、電話もかけてくれない冷たーいカレシだもんね。
で、なに?」
ようやく薫子の冗談半分の口調が終わって、本題に入れる。
「単刀直入に聞くと、四ツ井グループの関係者で、桜子と結婚したいって言ってる奴っているのか?」
「どうして?」
「もしもそういう奴がいたら、そいつが『呪い』の犯人だからだ。桜子は心当たりがないみたいだったけど、おまえなら何か知ってるんじゃないか?」
圭介の質問に対する薫子の回答は、まるで用意されていたかのように早かった。
「四ツ井グループの総帥は60過ぎ、後継者の息子も30半ばで既婚。その子供は長男が小学校3年生で下に妹が一人。桜ちゃんと今すぐ結婚できるような人はいないはずだよ」
「じゃあ、後継者以外は? その息子の兄弟とか」
「もう結婚したお姉さんがいるだけだね」
「そっか……」
「そもそも四ツ井グループとうちは敵対してるから、藍田家を継ぐって言われてる桜ちゃんと結婚したいなんて、ロミオとジュリエット並みの悲劇だよ。もっとも二人が恋に落ちていればっていう前提だけど。
桜ちゃんに心当たりがない以上、そういう人もいないってことになるね」
そういえば確か、桜子も似たようなことを言っていた。
四ツ井グループの関係者なら、『呪い』なんて回りくどいことをせずに、もっと直接的にアプローチしてくるはずだと。
(てっきり四ツ井グループの誰かで決まりだと思ったんだけどなあ……)
圭介はせっかく見つけた解決の糸口を失ってしまい、落胆を隠せなかった。
「そもそも、どこから四ツ井グループが出てきたの?」と、薫子が聞いてくる。
「桜子には後で詳しく話すつもりなんだけど、今日、九嶋祐希に会ってきたんだ」
薫子もこれは予期していなかったのか、「ほんと?」と驚きの声を上げていた。
「それで、桜子に告白した後に何があったのか、全部話してもらった」
長い話になるとは思ったが、薫子が相槌を打ちながら圭介の話に耳を傾けているので、九嶋から聞き得た話をすべて話した。
「なるほど。それで瀬名さんは四ツ井グループの誰かが、桜ちゃんに近づく男を排除しようとしたんじゃないかって思ったんだ」
「けど、おれの思い付きは、結局、だだの思い付きでしかなかったみたいだな」と、圭介は深いため息をついた。
「でも、少なくとも一つはいいことがわかったじゃない」
「なにが?」
「『呪い』は非科学的なものじゃなくて、人為的に起こされたものだってこと」
「それは最初からわかってたことじゃないか?」
「そうだけど、確証はなかったでしょ?」
「そりゃまあ、確かに」
「というわけで、犯人さえ見つかれば、『呪い』は簡単に解けるわけだ。
それに、この件すべてに四ツ井グループの名前が出てくるってことは、四ツ井グループが何らかの形で関与しているのは間違いないでしょ」
「けど、何のために? 桜子に近づく男を不幸に陥れて、『呪い』なんてウワサを流して、何か得することでもあるのか?」
「瀬名さん、企業というものは常に利潤を追求するものなんだよ。逆を返せば、利益がなければ動かない。
その利益というのは、直接的利益と間接的利益に分けられる」
「……おれ、経済とか経営ってさっぱりなんだけど」
「まあ、説明してあげるから聞いていてよ。
直接的利益っていうのは、たとえば商品を売るとかして、お金そのものが入ってくること。
間接的利益っていうのは、たとえばCMとかスポンサーとか、いったんお金は出ていくんだけど、結果的に利益に結び付くもの。
このどちらかの利益があれば、企業は動くというわけ」
「じゃあ、この場合、四ツ井グループは新しいドラッグストアの建設やら、いらない社員のクビを切るとか、駅前開発に邪魔になってた工場を立ち退きさせるとかで、利益を得たってことか?」
「その場合、利益を確実に得られたのは施工受注で最初の1件だけ。
2件目は正直、リストラ候補に挙がっていた社員だったのかわからないから、グレーゾーン。
3件目に関しては、立ち退きには成功したけど、心中事件を起こされて、企業としてはマイナスイメージを受けただけ」
「結局、『呪い』に関与したところで、ほとんど得にならなかったってことじゃないか。
四ツ井グループは、やっぱりシロってことか?」
「もう、なに言ってるの? 四ツ井グループが関与してたのは間違いないって前提で話しているんだよ。シロなわけないでしょ」
「じゃあ、他に利益があるってことか?」
「可能性としては二つ。
一つ目は藍田家次期当主といわれる桜ちゃんに『呪い』をかけることで評判を落として、婿選びを難航、ひいては藍田グループの弱体化を図るという間接的利益」
「次期社長がショボければ、四ツ井グループがトップに返り咲けると?」
「とはいっても、この可能性はほとんどゼロに近いけどね。
桜ちゃんが継ぐなんて、まだ何十年も先だし、告白してきた3人は、こういっちゃなんだけど、桜ちゃんのお婿さんになっても脅威になるような人たちじゃないし。
おまけに羽柴さんみたいな企業としてくっつかれたら厄介な相手には、まったくもって意味をなさないと」
(ちなみに、おれも3人と同様、くっつかれても脅威にならないんだろうな……)
「それで、二つ目の可能性は?」と、圭介は気を取り直して先をうながした。
「第三者が資金提供して得る直接的利益」
「それは四ツ井グループが誰かから金を受け取って、『呪い』に加担したってことか?」
「ご名答」
薫子はそのひと言で黙ってしまった――。
利益だのなんだの、難しい話はここで終わりです。
次話、この場面は続きますが、圭介の知らなかったいろいろモロモロの話が薫子の口から……。




