12話 どこもかしこもウソだらけ
本日(2022/07/19)、二話目になります。
前話からの続きの場面です。
「紹介って、なんでおまえに――」
いきなり現れた涼香は、圭介を無視して桜子に愛想よく話しかける。
「瀬名くんのクラスメートとその妹さんですよねー。前に写真見せてもらいました。
初めましてー、遠野涼香です。瀬名くんとは中学の時、同級生だったんですー」
その名前を聞いた瞬間、薫子の目がキラリと光ったような気がした。
圭介が涼香にフラれたことを知っているせいだ。
話しかけられた桜子はというと、自分の名前を笑顔で告げていたが、普段の笑顔を見慣れている圭介からすると、よそ行きのものだった。
初対面の相手でも屈託なく話す桜子にしては珍しい。
(なんか、微妙な空気が……バイト先で一緒だってこと、言わなかったのはマズかった? 別にやましいことは、何にもないんだけど)
そわそわと落ち着かない圭介の前で、桜子と涼香の会話は続いている。
「遠野さん、昨日、圭介と一緒だった人ですよね?」
「あ、やっぱり、渋谷公会堂に入っていった人ですよねー。
瀬名くんに聞いたら、人違いだって言うんだもん」
「へえ、そうなんだ。手を振ったけど、答えてくれなかったから、気づかなかっただけかと思ってたのに。
遠野さんと二人でいるところ、見られたくなかった?」
桜子にしては妙に絡んだ言い方をしてくる。
「別にそういうわけじゃ――」と、圭介が弁解する前に薫子にさえぎられた。
「瀬名さん、ひどいよー。桜ちゃんから、瀬名さんが女の子とデートしてたって聞いて、あたし、ひと晩中眠れなかったんだよー。
電話で聞くのも怖くて、それくらいなら直接会って話した方がいいって言われて。一人じゃ不安だったから、桜ちゃんについてきてもらったの」
(おいおい、このウソつき薫子……)
目をウルウルさせてまで語る薫子に、迫真の演技だと拍手してやりたいくらいだ。
「変な誤解すんなよ。昨日は同窓会で、他の連中も一緒だったんだから。
桜子が見た時に、たまたま隣にコイツがいただけで、デートとかじゃねえよ」
「だったら、普通に声かけてくれればいいのに。せっかく偶然にも会えたのに、友達がいがないよ」
桜子はぷうっとむくれた顔をする。
「おい、あの状況で声かけられるわけねえだろ。不審者に間違えられて、警備員に捕まるだろうが」
「じゃあ、なんであたしに人違いだなんて言ったの?」と、涼香が飄々とした顔で会話に入ってくる。
(……それは痛いツッコミだ)
しかし、断じて涼香に気があって、ウソをついたわけではない。
それだけは、わかってもらわなければならない。
「それはおまえが成瀬ジュンの熱狂的ファン、みたいなことを言うからだろ。
桜子がおれの知り合いってわかったら、変な頼み事とかしてくるんじゃないかと思って」
「ひっどーい。あたし、そこまでミーハーじゃないもーん」と、涼香の方もすねたように口をとがらせた。
(なんか、もはや何がウソで何が本当かもわからなくなってきたぞ……)
「とにかく、仕事に戻らないとマズいだろ。おれも注文取ったらすぐに行くから、先に片付け進めててくれ」
「はーい。わかりましたー」と、涼香はぷいっと去っていった。
「話は休憩時間ってことで。注文、何にする?」
圭介は気を取り直して、仕事モードに戻った。
「瀬名さんのお勧めデザートは?」
薫子がさっきのウルウル顔がウソのようにケロッとした顔で、メニューを興味津々に眺めている。
「おれ、デザートは食ったことねえからなあ。今の時期、人気があるのはかき氷系か」
「お、このフルーツフラッペ、おいしそう。あたし、これにする。桜ちゃんは?」
「あたしは宇治抹茶氷にする」
「渋いな」
「うるさいよー。いいじゃない、抹茶味が好きなんだもん。白玉多めだとうれしいな」
「了解。じゃあ、少々お待ちください」
圭介が伝票に注文を入力しながら奥のフロアに向かっていると、がしっと肩を掴まれた。
振り返ると、工藤の濃い顔が間近に迫っていた。
「で、どうだった? おれの話、してくれた?」
(ヤバい、すっかり忘れてた……)
「あ、仕事中だったから、あんまり話してもいられなくて……休憩時間に話する予定だから、その時にでも……」
「絶対だからな!」
鼻息も荒く、工藤はガッツポーズをつけながら入口のフロアに戻っていく。
奥のフロアはこの時間、客を入れていないので、涼香が一人テーブルの片づけをしていた。
「悪い、遅くなった」
圭介は掃除用具を持ってきて、フロアの床清掃を始めた。
「瀬名くん、あの子と本当に付き合ってるの?」
涼香はウソだと信じ込んでいたので、この質問は当然だ。
「言った通り、かわいいだろ?」
「そうだねー。写真で見るよりずっときれいだし。
けど、カノジョさん、瀬名くんのことを『瀬名さん』って呼んでるんだね。お姉さんの方は呼び捨てなのに。なんか、他人行儀な感じー」
(う……女っていうのは、そういう細かいところまで突っ込んでくるのか?)
「それは仕方ないだろ。桜子と友達になったのが先で、薫子とは最近付き合い始めたところなんだから」
「桜子さんと付き合いたいとは思わなかったの? あんなに仲よさそうなのに」
「仲いいっていっても、友達としてだろ。恋愛対象になるかどうかは、別問題ってこと」
「ふーん」と、涼香は納得がいったようには見えなかった。
(説得力ないよな……。実際、おれは桜子の方が好きで、付き合いたいって思ってんだから)
これ以上、いろいろな人に薫子と付き合っているというウワサを広めると、どんどん収拾がつかなくなりそうだ。
(やっぱ、ウソはよくないってことだよな)
圭介はそんなことをしみじみ思いながら掃除を終え、その時点で4時だったので「お先です」と、ロッカールームへ行った。
1日働く時は控室で座っているだけなので、いちいち着替えたりはしないが、今日は桜子たちが待っているので、一応私服に着替える。
それから、フロアに戻って、まっすぐ桜子たちの待っている席に向かった――が、そこにいたのは桜子一人だった。
「お待たせ。薫子は?」
「なんか観たいテレビがあるから、先に帰るって。荷物持って、今さっき出て行っちゃった。
圭介にごちそうさまって言ってたよ」
「そっか。荷物もないことだし、場所変えるか?」
「あたしはどっちでもいいけど」
「じゃ、出ようぜ。外の空気吸って、気分転換したい」
というより、涼香や工藤がまだ働いているので、聞き耳を立てられそうで落ち着かないのだ。
次話、久しぶりに桜子と二人の時間。圭介の気分も盛り上がります。
よろしければ、続けてどうぞ!