11話 藍田姉妹、ご来店
同窓会で夜まで遊びまくった翌日、圭介は朝からバイトに戻っていた。
身体は元気なのだが、カラオケでつぶしたノドがひと晩たっても治らず、ガラガラ声での接客。
そんな圭介を見て、同じく朝からバイトに入っていた涼香はケラケラ笑っていた。
涼香は圭介が立ち聞きしていたことを知らない。
だから、圭介も何も知らなかったことにして、いつも通りに接した。
(……おれも何気に表と裏を使い分けてる?)
そんな器用なマネができるとは、今まで思ってもみなかった。
が、涼香が何の疑いも持っていないところを見ると、うまくできているらしい。
(これも大人になったってことか?)
昼時のピークを越えて片付けをしていると、同じフロア係の工藤隆が嬉々とした顔で近寄ってきた。
「瀬名、今案内した103の客、めっちゃ美人。モロおれ好みっ」
「え、まじっすか?」
というより、圭介は「またっすか?」と答えたかった。
1学年上の工藤は美人の客が来るたびに色めき立っている。
何をしにバイトに来ているのか、と問いたいところだが、カノジョ募集中の看板を堂々と掲げているので、妙に憎めない。
「一人で来てるんですか?」
圭介は奥のフロアが担当なので、道路に面した入口付近にある窓際の席、103は見えない。
「女同士二人。もしかしたら、芸能人かも」
「芸能人なんて、ファミレスに来ますかねえ」
「ほら、おまえも見てみろよ。今度は絶対だって」
「ほんとですかー?」
工藤はあまりに必死にカノジョを探しているので、ある意味手あたり次第。
『美人の客が来た』と言われるたびに圭介は見に行かされるのだが、必ずしも美人ではないということをすでに知っている。
もちろん、好みもあるのかもしれないが。
圭介はほぼ何も期待しないで、工藤にくっついて入口のフロアを覗きに行く。
「ちょっと、二人とも仕事そっちのけで、何やってるのよ!」
涼香がいつものことながら目を吊り上げる。
「涼香ちゃーん、そんなに怒らないでよー。ちょこっと見たら、すぐに戻るからねー」
工藤が調子のいいことを言って逃げるのもいつものこと。
そういう涼香もイケメンの客が来ると、率先して接客。
ニコニコ笑顔を振りまいているので、お互い様といったところだ。
103の席が見えるところまで来て、客の姿が目に入った瞬間、圭介は反射的にカウンターの陰に隠れてしまった。
(心の準備がない!)
窓際の席に向かい合って座っていたのは、見間違えようもなく桜子と薫子だった。
「おい、瀬名、なに隠れてんだよ? な、言った通りだろ? めっちゃ美人」
「そりゃ美人だろう!」と返したかったが、圭介はバクバクする胸を抑えて、深呼吸を2回。
やっと口に出せたのは「そうっすね」だった。
(二人が来たのは偶然か? それとも、おれが働いてるって知ってて来たのか?)
理由はともかく、休みに入ってずっと会いたかった桜子がすぐそこにいるのだ。
気持ちが落ち着けば、隠れている理由はない。
「じゃ、おれ、注文取りに行ってくるわー」
工藤は伝票を掴んで、踊りだしかねない勢いで二人のところに飛んでいく――が、その数十秒後、暗い顔をして戻ってきた。
「どうしたんすか?」
「おまえ、知り合いなのかっ? 『瀬名圭介くん、いますか?』って、かわいく聞かれた! ご指名だとよっ」
圭介は工藤に恨みがましい目でにらまれ、伝票を押し付けられた。
「知り合いってか、クラスメートとその妹で……」
工藤の恐ろしい勢いに、圭介は思わずたじろいでしまう。
「カノジョ?」
「はあ、妹の方と……」
「てことは、クラスメートの方は? カレシいるのか?」
「いまんとこ、いないと思いますけど……」
「よっしゃ! 瀬名、おれを紹介してくれ!」
立ち直りも早い。
満面の笑顔で肩を叩いてくる工藤に、圭介はめまいを覚えた。
とはいえ、他の男なんか紹介したくない、というのが圭介の本音だ。
(もっとも、工藤さんを紹介したところで問題ないとは思うけど)
工藤は眉が太く、かなり濃いオッサン顔。しかも、体育会系のゴッツイ身体。
メンクイという桜子の好みとは思えない。
(……て、自分も墓穴掘ってるじゃねえか!)
「……じゃあ、一応、それとなく言っておきますけど」
「よろしくな! 成功のあかつきには、うまいもんおごってやる」
「了解です。じゃ、おれ、注文取ってきます」
圭介は工藤から離れて103の席に向かいながら、次第に心臓がドキドキするのを感じた。
少なくとも二人は、圭介がここで働いていることを知っていて来たのだ。
どのような理由であれ、会いに来てくれたのは舞い上がりそうなほどうれしいことだった。
ただ、あまりうれしそうにしていても、カノジョでもない薫子と友達の桜子に対しておかしすぎる。
驚きは出しても控えめに、笑顔であいさつくらいがちょうどいい。
圭介は1回深呼吸してから「いらっしゃい」と、声をかけた。
と同時に、桜子が笑顔で振り仰いだが、直後、心配そうに顔を曇らせる。
「圭介、その声、どうしたの? カゼ?」
「あー、いや……」と、圭介は苦笑するしかなかった。
「昨日、カラオケで歌い過ぎた」
「なーんだ」と、桜子はほっとしたように表情をゆるめる。
一方、薫子はぷははと笑っていたが。
そのおかげかどうか、学校で一緒だった時の空気が戻って、圭介も変なドキドキ感から解放されていた。
「それより、いきなりびっくりするだろ。用事かなんかでこの近くに来たのか?」
「そういうわけじゃないんだけど、圭介に話があって。買物帰りに寄ってみたの」
「今日は桜ちゃんと一緒にバーゲンセール行ってきたんだよー。見て見て、いっぱい買っちゃった」
二人の座席の横には、確かにいくつもの紙袋が置いてあった。
デパートの名前から渋谷に行ったとすぐにわかる。
ただ、このファミレスは同じ路線上とはいえ、藍田家をはさんで渋谷とは反対側にある。
大量の紙袋を抱えながら『帰りに寄る』にはずいぶんな遠回りだ。
「おれ、今日がバイトの日って、知ってたっけ? いなかったらムダ足だろうが。
来るなら事前に連絡すりゃいいのに」
「そこはほら、赤い糸で結ばれてるから、必ず会えるようになってるんだよー」
薫子が小指を立てて意味ありげな笑みを浮かべる。
本当に薫子と付き合っていれば、そういう理屈は通るのかもしれないが、ウソの付き合いに『運命の赤い糸』が存在するわけがない。
圭介の気持ちを知っている薫子が、暗に桜子との『赤い糸』を匂わせるので、桜子にバレないかと冷や汗をかいてしまう。
「あ、で、話って何? おれ、仕事中だから、ゆっくり話できないんだけど」と、圭介は話をそらすように聞いた。
「バイトは何時まで?」と、桜子が聞いてくる。
「4時で1回終わって、飯食わなくちゃいけないから、5時半戻り。その間なら時間あるよ」
「じゃあ、4時までここで待っててもいい?」
「時間、大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。ここ、涼しいし、冷たいものでも食べようって話になってたから、ちょうどよかった」
「そういうわけで、ここは瀬名さんのおごりねー」と、薫子がニコニコしながら言った。
「薫子、実はおれにタカリに来たんか?」
「ちょっと、薫子、恥ずかしいこと言わないでよっ。圭介、冗談だからね」と、桜子が慌てたように間に入った。
「いや、いいって。この間、ケーキごちそうになったし、それくらいおごってやる」
「うれしー。やっぱ、瀬名さん、やさしいなー」
「もう、薫子ってば……」
桜子は困ったようにため息をついて、ご機嫌な薫子を呆れたように見つめる。
と、その時、突然涼香の声が背後で聞こえ、圭介の身体はびくりと震えた。
「ねえ、瀬名くん、紹介してもらっていい?」
次話、この場面が続きます。
涼香も入って、微妙な雰囲気に?




