10話 表の顔と裏の顔
注:活動報告にも書きましたが、第1章に出てきたイジメの首謀者『榛名』の名前を『古賀』に変えてあります。圭介の『瀬名』とかぶるので。
ご了承ください<m(__)m>
同窓会の2次会――カラオケ屋で2時間、圭介は声がかれるまで大声で歌って、バカ騒ぎに集中していた。
おかげで、クヨクヨと思い悩んでいたことがウソのようにすっきりして、爽快な気分になっている。
問題は何一つ解決したわけではないが、気分さえ向上すれば、物事も前向きに考えられるようになるらしい。
(気分転換はほんと、大事だよなー)
圭介がそんなことをしみじみ思いながらトイレから出てくると、隣の女子トイレから知った声が聞こえてきた。
「――だったら、告白された時に付き合っちゃえばよかったのにさあ」
同窓会に出席している玉置さやかの声だった。
「えー、それは無理ってもんでしょ。これから高校入っていい出会いがあるかもしれない時に、都立高校の生徒相手じゃもったいなくない?」と、答えているのは涼香の声。
圭介が立ち止まって思わず聞き耳を立ててしまったのは、どうも自分の話をしているような気がしたからだ。
(盗み聞きとか趣味じゃないんだけど……。とかいって、桜子の監視してるのに今さら?)
二人の話はまだ続くらしく、さやかの声が聞こえてくる。
「別に都立だって、いい大学に行く人はいるじゃん。瀬名ってバカやってたけど、けっこう頭良かったし。将来性皆無とは言えないと思うけど」
「まあ、そうだけどー」
「涼香とかなり気が合ってたし、あたし、二人は付き合うって思ってたよ」
「実はさあ、うちの親が嫌がってたんだよねー。ほら、瀬名くんのお母さんって、水商売でしょ? 参観日に派手な服着て来て、香水の匂いプンプンまき散らして、他のお母さんたちにかなりヒンシュクかったの覚えてる?」
「中1の時でしょ?」
「そうそう。で、うち、お堅い公務員だから、ああいう家の子には近づくなーみたいにクギ刺されたんだよね」
圭介が告白した時にフラれた経緯はこのあたりにあったらしい。
『他に好きな人がいる』という断り文句は、そんな裏事情からしたら、ずいぶんやさしいものだった。
圭介本人に問題がなくても、親の職業で避けられることは小さい時から嫌というほど味わってきた。
この日本の社会においての『水商売』という位置づけは、あからさまな差別はなくとも、偏見は根強く残っている。
圭介も小さい頃は、大好きな母親をどうして他の人が嫌うのか理解できなかった。
けれど、今では仕方ないことだと悟っている。
生まれる家は選べないし、実際に苦労してでも圭介を育てている母親を見ていれば、他の誰が文句を言っても、自分だけは味方でいようと思うのだ。
(結局、遠野とは最初から縁がなかったってことだよな)
そういうものだ、と圭介はすべてに溜飲が下がって、逆にホッとする。
そのまま圭介は立ち去ろうとしたのだが、さやかの声が再び耳に入ってきて、動けなくなってしまった。
「けどさあ、今だって、付き合うってなったら、反対されるんじゃない? 親の職業は変わってないんだし。
それに、青蘭に通っててもバイトしてるってことは、生活まで親戚に援助されてるわけじゃないんでしょ?」
(付き合うって?)
「よく考えてみてよ」と、涼香が答えている。
「親戚が大金出してまで青蘭に行かせるってことは、将来性を見込んでってことでしょ? いずれ、後を継ぐとか、会社の重役にするとかさあ」
「つまり、将来安泰と。で、涼香は青田買い?」
「だって、向こうも未練タラタラって感じなんだもん」
「そうなの?」
(はい?)
圭介は涼香の発言に首を傾げる。
「バイト先で再会したのも、絶対偶然じゃないって。あたしが働いてるって知ってて入ってきたのよ。あのファミレス、駅からすぐだし、窓が大きいから中が丸見えでしょ」
「えー、でも、もしそうだったら、ストーカーまがいじゃない?」
「瀬名くんに限ってそれはないよ。別に帰りにつけられたりとか、そういうのはなかったし。たまたま見かけて、再チャンス到来とか思ったんじゃない?」
「まあ、涼香がそう言うなら、そうなのかも?」
「しかも、瀬名くんてば、カノジョがいるってミエ張るの。あたしの気を引こうと必死って感じしない?」
「ほんとにカノジョがいるんじゃなくて?」
「いないって、今日、確信しちゃったもんねー」
「今日?」
「ねえ、聞いてよ。ほんと、笑えるから」
「え、なになに?」
「前にカノジョさんの写真見せてって言ったら、超美人の二人が写ってる写真を見せてくれたの。片方がクラスメートで、もう片方がその妹で、カノジョなんだって。
でも、そこに写ってたクラスメートって子、さっき渋谷公会堂で成瀬ジュンと一緒にいた女の子だったのよ。
あれって、明らかに芸能人とか、ギョーカイの人間でしょ?
瀬名くんに『クラスメートじゃないの?』って聞いたら、青い顔して人違いだって言うの。
それって、ウソついたことがバレたらヤバいって思ったのよ。芸能人の写真見せて、カノジョだって言ったこと」
「うわ、瀬名、痛い奴だなー。カノジョがいるって言えば、涼香に逃した魚は大きいって思わせられるって考えたのか。カッコ悪ー」
「まあまあ。あたしとしてはそこまで思われたら悪い気はしないしー。頃合いを見てもう1度告白してきたら、今度はオーケーしてもいいかなーって感じ」
「焦らすだけ焦らして、恋心をあおるなんて、涼香は悪い女だー」
きゃはは、と笑う二人の声に圭介はめまいを覚えた。
(どこをどう解釈したら、おれが遠野を今でも好きでいると思えるんだ?)
圭介はため息をつきながらその場を離れ、みんなの待つ部屋に足を向けた。
そして、部屋に到着する頃には、その疑問は解けていた。
それは桜子と自分がお似合いかどうか以前の問題だったのだ。
変な妄想話かミエを張るためのウソとしか取られないくらいに、涼香の中では常識ではありえない話として取られていた。
結果、圭介がそんなことをする理由は、涼香を好きだからということにたどり着く。
(それにしても、おれって、女見る目ないのか……?)
今の涼香を冷静に見てみれば、とても好きになるような相手ではない。
上手に本心を笑顔の下に隠し、したたかに男を値踏みする。
そんな彼女に気づかず、数か月前まで純粋に恋をしていた自分の愚かさが身に染みた。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
恋をすると冷静な目で相手を見ることができない。
(桜子もそうなのか……?)
桜子も表の顔と裏の顔を上手に使い分けている。
つまり、本心を隠すのがうまいのだ。
実際、表の顔で笑顔を振りまく彼女に恋する古賀のような奴もいる。
自分とは本音で付き合ってくれていると圭介は信じていたが、それが桜子の絶対の『本音』かどうかの確証はない。
(今日だって、おれの知らないところで成瀬ジュンなんかと一緒にいるし……)
圭介はカレシではなくただの友達なので、桜子がいちいち報告しなければいけない理由はない。
それでも、そんな有名人と会うのなら、電話でもメールででも『成瀬ジュンに会うんだー』的に自慢話してくれてもいいと思ってしまう。
(……それとも、この休みに入って成瀬ジュンだけじゃなくて、他の有名人ともしょっちゅう会ってて、いちいち報告する場合じゃなかったとか?)
だいたい『呪い』はどうなったのか。
いつのまにか解けて、恋が解禁されてしまったのか。
こんなことは疑い始めればキリがない。
それもこれも、この1週間桜子に会っていないせいだ。
1度でも会えば、こんなバカげたことを考えなくてすむようになる。
圭介はカラオケ―ルームに戻ると、真っ先に「連絡、早めによろしく」と玲に向かって真面目にお願いをしてしまった。
次話、圭介が連絡する前に、桜子の方から会いに来てしまいます。その用事とは?