8話 これは口実になるよな?
圭介が涼香と一緒に会場のレストランに到着した時には、ほとんどの参加者がすでにそろっていた。
今日の同窓会に集まるのは、クラス35人いた内の20人。
夏休みに入っているにもかかわらず、よくこれだけの人数が集まったものだ。
4か月ぶりの元クラスメートとの再会は、もう何年も会っていなかったかのような感動がわき起こった。
中学生から高校生になって、急に大人びたような気がするせいか。
それでも話を始めれば、中学時代と何ら変わらないノリ。
圭介からすると、1学期を過ごした青蘭学園での日々の方が、まるで夢の中の出来事のようだ。
ここにいる自分こそ、本来あるべき姿なのではないか。
自分の存在がそれくらい元クラスメートたちの中になじんでいると思った。
「瀬名、変わったよなー」と、クラスでも仲の良かった八木に言われて、圭介は面食らった。
「え、マジで?」
「なんか、無口になった?」
「ていうか、前がしゃべりすぎだろ。大人になった?」
他の二人にも立て続けに言われ、圭介はさらに驚いた。
「そうか? おれ、全然変わった気がしねえんだけど」
圭介はそう言いながらも思い返してみれば、中学の頃は確かに時間さえあればしゃべっていたような気がする。
もちろん話し相手がいたということもあるが、とにかく考えたことをそのまま口に出すようなところがあった。
(よく「うるさい」って先生たちに怒られてたっけ)
しかし、高校に入ってからはクラスメートとの気軽な会話もなく、いつも人の話に聞き耳を立てる毎日。
さらに『監視』などしていたから、ある意味、言葉を口に出すことを禁じられていたようなものだ。
そのせいか、昔に比べると頭の中で考えることが増えた気がする。
それを無口になったとか、大人になったとか表現するのかどうかは疑問ではあるが。
「それよか、青蘭の話、聞かせろよ。おれらを置いて、金持ち校に一人行きやがって」
「そうだぞー。せっかく同じ高校入って、またバカやれると思ったのにさあ」
「ちゃっかり一人で抜け駆けしやがって」
そうだそうだと、うなずく3人に圭介は首を傾げた。
「抜け駆けって?」
「何をトボけてやがる。青蘭には金持ちのお嬢様がゴロゴロ。逆玉乗って、将来は社長一直線」
「借金してでも青蘭に通わせる手があったって、うちの母ちゃん、おまえの話したらしみじみ言ってたぜ」
圭介はがっくりと頭を落とした。
「アホ。そんなにうまい話があるか。借金してまで学校に通ってる男を、お嬢様たちが相手するわけないだろ」
「いやいや、お嬢様っていったら、箱入り、男の免疫なし。そこをうまーく口説き落として、既成事実を作っちまえば、こっちのもんよ」
八木がふふん、と得意そうに言う。
「童貞男がどうやってうまーく口説き落とせて既成事実を作れるのか、ぜひともその方法を伺いたいねえ」
「う、うるせーっ。年頃の男と女が一つフトンに入れば、なんとかなるってもんだろーが」
そうなのか? と、圭介も含め、明らかに経験のない男たちの間に、変な視線が交わされた。
「ともかく――」と、圭介は間に入った。
「おまえらの想像するようなうまい話はありえないって言っておく」
「そりゃ、瀬名がモテないだけの話だろ?」と、八木に即座に返される。
「おれがモテないっていうなら、おまえらだって同じようなもんだろーが。
じゃなくって、青蘭はおれら庶民からすれば、想像を絶する筋金入りの金持ち校なんだよ。
何代も続く由緒正しい名家で金持ちがトップ。
次いで金はなくても名家、突然金持ちになっただけの成金はその下。
家柄も金もない庶民は最底辺。
ていうか、そもそもおれみたいな庶民は過去に存在しなかったから、貧乏がうつるから近寄るなとか言われて、入学早々完全ハブ。
おれを退学に追いやるために、イジメまで発生したんだぞ」
「マジで?」
「大マジ」と、圭介は真顔でうなずいた。
「ありえねえ。瀬名がイジメにあってるとこなんか、ぜんっぜん想像できねえっ」
ぶはは、と笑いがはじける。
「だろ? おれだって、天変地異が起こったとしか思えなかったよ。あの学校に行ったこと、何度後悔したか。ほんと、人間、欲出していいことなんかないって、身をもって知った」
圭介が今、嫌がらせの数々を面白おかしく話して聞かせられるのは、すべてが終わったことだからだ。自分の中ではすべて過去のこととして消化できている。
もしもこのまま青蘭をやめて普通の高校に転校すれば、こんな風に友達と楽しく過ごせる居心地のいい場所が待っているのだろう。
ただそこに桜子はいない。
桜子に出会ってしまった今、彼女のいない人生など想像するだけで怖いと圭介は思ってしまう。
だからといって、出会わなければよかったなどとは1度も思ったりしない。
桜子に出会ってからのこの数か月は、圭介の16年生きてきた中で、どの瞬間よりもキラキラと輝いている。
桜子のことを思い出した瞬間、懐かしい友達と過ごすこの場さえも、どこか気の抜けたものに思えるくらいだ。
桜子からの連絡をただ待っていても落ち込んでいくだけなら、自分から連絡すればいい。
その口実がないなら、作るしかない。
圭介はそこに考えが至って、今日の幹事の一人である湯川秀則に声をかけた。
「なあ、湯川って、開星高校だよな? 進学校同士の付き合いとかあるのか?」
湯川は地元の中学でもまれに合格者が出る有名進学校、私立開星高校に見事合格して通っている。
「付き合いっていうか、生徒会同士の交流会みたいなのはあるって聞いたけど。なんで?」
「ちょっと人を探しててさあ。おれらと同学年で、九嶋祐希って奴なんだけど。名前聞いたことない?」
「九嶋祐希、ねえ……」と、湯川は首を傾げる。
(そう簡単に見つかってたら、苦労しねえよな……)
『呪い』について何か手がかりがつかめれば、桜子に堂々と連絡ができるし、『会って話をしよう』的な流れに話を持っていけるかと思ったのだ。
――が、そうは問屋が卸さない。
「えー、瀬名くん、九嶋くんの知り合い?」
湯川の隣で別の女子と話をしていたはずの藤原玲が驚いたように振り返る。
それは圭介の方も同じだった。
「藤原、知ってんのか?」
「うん。同じクラスだもん」
「えー? そんな奴いたっけ?」と、湯川は心当たりがないらしい。
「秀くんはクラス違うからねー。かなりのイケメンだから、女子は色めき立ってたよ」
玲の言葉に、「あ、そう?」と湯川の眉が不機嫌そうに歪む。
「あー、もしかして、ヤキモチ焼いてくれてる? へへー。うれしいな」
二人のやり取りを見て、圭介は遅ればせながら、元委員長コンビが付き合っていることに気づいた。
「いつから付き合ってるんだ?」
「高校の合格発表の日だよ。同じ高校に受かったら、告白するって決めてたの」と、玲はうれしそうに報告をする。
「湯川も藤原のことが好きだったのか?」
「正直、受験で何も考えてなかったけど、高校受かって気づいたら隣にいたって感じ」
「ちょっと何それーっ」と、玲が目を吊り上げる。
「そこで、キレんなよ。こんなの照れ隠しだろーが。藤原、コンタクトにしてかわいくなったし、よかったなー」
圭介が冗談半分にボンボンと湯川の肩を叩くと、彼はほんのり顔を赤くして、「玲はもともとかわいかったよ」とつぶやいた。
「ちくしょー。のろけてやがるぜ!」
カノジョのいない男どもにやっかみ半分にヒューヒューと口笛を吹かれ、湯川は居心地悪そうに顔をさらに赤くし、玲の方は立ち上がって「もっと言ってー!」と、ご機嫌でみんなをあおる。
(男と女の違いって、すげえな……)
圭介はしみじみ思いながら、本題からすっかり話がそれていることに気づいた。
騒ぎがひと通り収まったところで、圭介は改めて玲に声をかけた。
「で、九嶋の件なんだけど、連絡先とかわかるか?」
「あたしは持ってないけど、クラスの子に聞けばわかると思うよ」
「マジで?」
「でも、瀬名くんはどうして九嶋くんを探してるの? どういう関係?」
「探してるのはおれじゃなくて、クラスメートなんだ。九嶋って奴と幼なじみなんだけど、3年前から連絡が取れなくなっててさ」
「九嶋くんの方から連絡しないってことは、そのクラスメートに会いたくないんじゃない?」
「その可能性もあるけど。とにかく1度会って話がしたいだけなんだ」
「じゃあ、一応、九嶋くんに聞いてみるよ。そのクラスメートの名前、教えてくれる? その人と会ってもいいってことになったら、瀬名くんに連絡するよ」
「頼む。名前は藍田桜子」
「え、女の子なの?」と、玲は警戒したような驚きの声を上げる。
「もしかして、その人、九嶋くんをストーカーしてたんじゃないの?」
「それは違うって、おれが保証するから、なんとか連絡とってくれ」
「……わかったわよ」
玲はいまいち気乗りしない様子だったが、最後にはうなずいた。
たとえ玲を介して九嶋と連絡が取れなかったとしても、少なくとも通う学校はわかった。
向こうがどういう行動に出ようが、会う方法は必ずある。
(よっしゃー! これで桜子に連絡ができるぞ!)
1週間ぶりに桜子の声が聞けるかと思うと、圭介の心は弾むように軽くなっていた。
圭介のモチベが上がったところですが、次話も同窓会は続きます。
『赤い宝石編』のタイトル回収でです!




