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7話 音沙汰がない

 給料日に告白する、と決めて始まった圭介の高校生最初の夏休み――。


 1日の始まりにカレンダーに『×』印をつけるのが、圭介の日課だ。

 その印が日に日に増えていくのを見ながら、圭介はモチベーションが上がるどころか、逆に胸の内で不安がふくらんでくるのを感じていた。


『もしも「呪い」が本物だったとしたら――』


 2DKの古いアパートは父親不在とはいえ、狭いながらも物心ついた時から母親と住んできた居心地のいい家だ。


 母親一人の収入しかないため、決して裕福ではないし、欲しいオモチャも簡単には買ってもらえなかった。

 それでも、誕生日とクリスマスは必ず圭介の欲しかったものをプレゼントしてくれて、ケーキを二人で食べた。


 母親も圭介自身も特に大きな病気やケガをすることもなく、今日までやってこれた。


 そんな些細(ささい)なことが『幸せ』だったのだと、今さらながらに気づいたのだ。


 そんな幸せが桜子に告白したとたんに、『呪い』がかかって失われるとしたら――。


 桜子と付き合いたいと言っている羽柴蓮と貴頼の身には、船上パーティー以来、変わった様子はなかった。

 テレビやネットのニュースを見ても、羽柴商事にも杜村(もりむら)議員にも不幸があった様子はない。

 もちろんすべてが報道されるわけではないから、圭介の知らないところで何か起こっているかもしれないが。


 それでも会社がつぶれるとか議員辞職をするとか、そんな大きな事件となれば、世の中に知らせずにすむ方法はない。

 つまり、『何か』が起こっていたとしても、それは二人にとって大したことではないということ。


 結局、『呪い』など存在しないのだ。


 桜子に告白したことで不幸に見舞われたという3人の件は、3年前に偶発的に起こったことで、桜子とは何の関係もない。

 ましてや『呪い』などというものではない。


 圭介の頭ではそう否定できても、『もしかしたら』と心の奥深いところに不安が根付き、ムクムクと成長してしまうのだ。




 昼過ぎに起きてきた母親は、居間で新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。


 気づけば圭介は、いつの間にか母親の身長を追い越し、背を向けている母親がずいぶん小さく見えた。


 そんな圭介の視線に気づいたのか、母親が振り返った。


「今日はバイトじゃないの?」


「さっき、帰ってきたんだよ。今日、同窓会だって昨日言っただろ」


「あ、そういえば。やあねえ、お酒飲んで寝ると、みーんな忘れちゃって」


 あはは、と母親が軽快に笑う。


「笑い事かよ……」


「あんただって休みに入って日付とか曜日忘れちゃうから、カレンダーに×印付けてるんじゃないの?」


 ほらそれ、と母親は壁にかけられたカレンダーを指さす。


「んなこと忘れるか! これは最初の給料日までカウントダウンしてんの」


「最初の給料日って、この間25日で初給料もらってなかった?」


「月の途中から働き始めたから、1か月分に満たねえんだよ。だから、8月25日が実質初給料日」


「何か楽しみなことでもあるの? 学費払って終わりでしょ?」


「別に楽しみとかじゃねえ。その日に告白するんだよ。

 バイトも1か月以上続けば、この先も続けられるメドが立つし、学校やめなくてすむなら早いに越したことはないだろ」


玉砕(ぎょくさい)するのも早いに越したことはないわねー。夏休み中だし、ダメだったら2学期から違う高校に編入できるわよ」


「母ちゃんっ。息子の片思いをちょっとくらい応援したっていいだろうが。こんなに頑張ってんだから」


「相手によるでしょ。玉砕どころか、粉砕(ふんさい)するのが目に見えてるんだから。

 あんまり期待し過ぎて、後でガックリ落ち込むことのないように応援しないというのが、母の愛ってものよ」


「あのなあ……」


「じゃあ、休みに入って1週間、藍田桜子さんから連絡くらいあったっていうの?」


「……ないけど」


「学校で仲良くても、外に出たらそれまでの関係って証拠でしょ。あんたが必死にバイトして、ようやく告白する頃には忘れられてるわよ」


 圭介は返す言葉が見つからなかった。


 何かイベントがあったら誘うと言っていた桜子からは、今のところ1度も連絡がない。

 『金のかからないこと』と限定したせいで、実は『金のかかるイベント』ばかりで誘いづらいのか。


(いや、でも、桜子のことだから、金のかかるイベントなんて行くとは思えないし……)


 かといって、圭介から連絡するといっても、何をどう切り出していいのかわからない。


 電話をするにしても『声が聞きたかったから』という理由は、告白をまだしていない現在は使いづらい。

 メッセージで『元気?』とか『今何してるの?』と、男友達のように軽く送っていいものかも迷う。

 結果、『何か用事だった?』などと聞かれて、『特にないけど』と答えたらどう思われるのか。


 やはり連絡するにはそれなりの理由がほしいところだ。


 桜子が『1か月も会えなくて寂しい』と言っていたのは、結局社交辞令(しゃこうじれい)だったのだろうか――。


 告白の日まで指折り数えながら、圭介のモチベーションが下がっていくのは、何も『呪い』のせいばかりではない。

 休みに入って1週間、桜子から1度も連絡がないことも不安に拍車(はくしゃ)をかけている。


「母ちゃん、そんなこと言って、おれにあきらめさせようったって、そうはいかないからな! やると決めたからには、絶対やる!」


 圭介は母親に宣言することで、くじけそうになっていた自分に叱咤激励(しったげきれい)しておいた。


***


 同窓会の会場となったのは、渋谷のカフェレストラン。

 圭介は涼香と11時に最寄りの駅前で待ち合わせをして、一緒に行くことになっていた。


 時間通りに圭介は駅に到着したが、涼香はすでに来て待っていた。


 バイトの時は私服といってもTシャツにジーンズと、いつも簡単な格好をしている涼香が、今日は白のブラウスにチェックのミニスカート、かかとの高いサンダルと、おしゃれな服装をしていた。


「悪い、待たせたか?」

「全然。時間通りだしー。瀬名くん、早朝バイトだったんでしょ? 忙しかったー?」

「いや、けっこうヒマだったかも」


 他愛のない話をしながら二人で電車に乗り込み、空席を見つけて並んで座る。

 ラッシュアワーの終わったこの時間、立っている人もまばらだった。


「瀬名くん、最近カノジョさんとはどうなのー?」

「どうって、特に変わったことはないけど」


「ふーん。連絡取り合ったり、デートしたりしてるの?」

「まあ、それなりに」


 バイト中は都合の悪いことを聞かれても圭介は仕事に逃げてきたのだが、今日はそうはいかない。


 一緒に行こうと誘われ、断る理由も見つからずにオーケーしてしまったのは迂闊(うかつ)だった。

 これでは渋谷に着くまでの30分、涼香とサシで会話をしなければならない。


 ともあれ、こういう時は相手の話題に変えるのが1番の得策だ。


「遠野は休みに入って合コンとかしてるのか?」


「合コンなんて大げさなものじゃないけど、友達の友達とかと何人かでご飯食べに行ったりー、夏だから海に行ったりー」


「夏休み、満喫(まんきつ)してんじゃん。いい出会いはあった?」


「えー、あんまりないよー。結局さあ、いいなって思う男の子に限ってカノジョがいるんだよね。だから、そういう人がフリーになるのを待つしかないの。たとえば、瀬名くんとか」


 そう言って、涼香はニッと笑いかけてくる。


「おれかよ。なんか遠野の場合、おれがカノジョと別れてフリーになった時には、また『好きな人いるんだ』って断られそうだからなー」


 真面目な話にしたら収拾がつかなそうなので、圭介は冗談交じりに笑って言った。

 それに、告白を目前にして、逃げ場を用意したくない気持ちもある。


 ただでさえ、弱気になっているところに追い打ちをかけられたら、どんどん告白する勇気がなくなってしまう。


(同窓会が始まったら、こいつとは離れていよう……)


 こっちは大事な『逃げ』なのだ、と圭介は自分で納得しておいた。

次話、この場面が続きます。

同窓会で意外な人物の情報が入ってきます!


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