5話 おれじゃなくちゃいけない理由って何?
スマホの画面に浮かぶ吹き出しの中の『ヤダ』が、圭介の目の前でグルグル回っているような気がする。
(薫子ー! この緊急事態になんで拒否しやがるんだ!)
「送ってくれるって?」と、涼香に聞かれて、圭介の額に冷や汗が浮かんだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれってさ」
圭介は笑顔を引きつらせながら、この場をしのぐ方法に頭をめぐらせた。
かくなる上は『直接電話をかけて、ラブラブトーク』。
薫子とそんなことができるくらいなら、そもそも涼香に疑われたりしない。
よって、却下。
『今度、時間がある時に会わせる』という手はどうか。
これなら試験が終わった後、バイトで忙しいというのを口実に話をうやむやにできる。
(――とはいかないだろうな)
この控室にはシフトが張り出されていて、圭介の休みがひと目でわかるのだ。
その休みのすべて、薫子の都合が悪いと言い続けるわけにはいかない。
しかも、週に何度か涼香と一緒に働かなくてはならないということは、その度にチクチクと聞いてくることだろう。
他の手は……と、切羽詰まった状況では頭も空回りする。
ピロロン。
この緊迫感の中、ずいぶん間の抜けた音が響いた――が、それは圭介のスマホのメッセージ着信音だった。
画面を見下ろすと、薫子からだった。
『なーんてね。オマケもつけておいたよー』というメッセージとともに、写真も1枚添付されていた。
それは桜子と薫子のツーショット。
二人ともまぶしい笑顔で頬を寄せ合う微笑ましい写真だ。
自撮りでないところを見ると、誰かに撮ってもらったらしい。
庭を背にして縁側で撮った1枚。
それはなんとなく父親の音弥だろうと圭介は思った。
二人の娘を愛しげに見つめる視線がこの1枚に表れている。
(……まったく、オマケって桜子の写真かよ)
圭介は悪態をつきながらも、思いがけず手に入った桜子の写真はうれしい『オマケ』には変わりなかった。
「ほら、写真届いた」
これでもどうだとばかりに、圭介は涼香の目の前にスマホの画面を掲げてみせた。
涼香はしばらく無言でそれを見つめ、やがて眉根を寄せて圭介に視線を移した。
「どっかの芸能人かモデルの写真じゃないの?」
「おい……。ここで他人の写真を見せてどうすんだよ」
「で、どっちがカノジョだっていうの?」
「黒髪の方」
「一緒に写ってるのは?」
「姉ちゃんだよ。クラスメートの妹だって言っただろ」
「クラスメートって女の子だったの? で、この子?」
「そうだけど」
「ふーん」と、涼香は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「現実離れした美人姉妹よね。どっちも男なんて掃いて捨てるほど寄ってきそうなものだけど」
「そりゃもう……」
「それがなんで瀬名くんと付き合うのか、やっぱり理解できないわ」
ごもっともで、と圭介は思わずうなずきそうになってしまった。
(納得してる場合じゃねえ!)
「人の好みなんてそれぞれ違うんだから、誰が誰と付き合ったって不思議はないだろうが。
遠野からしたら、おれは恋愛対象外だから理解できねえだけだよ」
「別に対象外だなんて言ってないよ。あの時はただ単に他に好きな人がいたから断っただけだもん。
こんな風に偶然再会したら、ちょっと運命感じちゃってもおかしくないでしょ?」
こんな風に言われてもどう返していいのか、圭介にはよくわからなかった。
『ごめん』なのか『ありがとう』なのか。それとも冗談で流してしまうのがいいのか。
「結局、タイミングの問題なのか」
あれだけ落ち込んだくらいなのだから、桜子に出会う前だったら喜んで涼香と付き合うことにしていただろうと思う。
しかし、「違うよ」と、涼香に即座に否定される。
「最後は相性の問題。瀬名くんももう少し今のカノジョさんと付き合ってみればいいよ。彼女のことがよくわかってきて、こんなはずじゃなかったって思う時がきっと来るから。
その時まであたしは待っててあげる」
「いや、待たれても……」
この話はここまでなのか、涼香は話題を変えるように「あ、そうそう」と明るく言った。
「合コンはともかく、夏休み入ったら同窓会しようって話が出てるの。聞いてる?」
「いや、まだ。誰が幹事やんの?」
「湯川くんと玲ちゃん」
「へえ、元委員長コンビが幹事? 真面目なとこに連れて行かれたら、みんな引くぞ」
涼香はぷははっと笑う。
その笑顔は圭介が中学の時によく見たもので、今となってはなんだか懐かしい気がした。
「もう高校生なんだし、それなりのところでやってくれるよ」
「でもまあ、同窓会、楽しみだな。久しぶりにあの頃の気分に戻ってみたいかも」
「バカなこと、よくやってたし、言ってたよねー」
「うるせえ」と、圭介も涼香につられて笑っていた。
あの頃が確かに懐かしかった。
クラスの中が和気藹々としていて、冗談を言い合って、ふざけ合って、バカ笑いをしていた毎日――。
高校に入っても新しい友達とそんな風に日々を過ごすのだろうと思っていた。
なのに、今は桜子がいなければ完全に孤立状態。
居場所のない教室と学校。
それは桜子も同じなのかもしれない。
そう考えると、桜子とは異常なまでに排他的な関係になっている。
桜子が少し周りに目が行くようになって、圭介がその中の一人になったとしたら、圭介自身の存在意義も同時に消えてしまう。
『なんで、おれじゃなくちゃダメなのか』
その理由は単に、他に誰もいなかったから。
(おれは結局、みんなが言うように、見たくない現実を避けて、自分に都合のいい夢を見ているだけなのか……?)
圭介はそう思っても、今はその夢を見続けたくて仕方がなかった。
次話は夏休み直前、圭介と桜子の話になります。
閑話的に少し短めです。




