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4話 メンタル攻撃は遠慮したい



 バイト先の先輩、杉本美咲が言っていた通り、圭介は1週間が経った頃には仕事も覚えて、身体も慣れてきた。


 ただ、月曜日から始まる期末試験のことを考えると、直前の週末に勉強もしないでバイトをしていることに焦りを感じずにはいられない。


 バイトをする分、授業はしっかり聞く。

 バイトのない夜は勉強机に向かう。

 それでも、絶対的な時間は足りない。


 そんなことはわかっていて決めたこと。

 今は成績より、学校に通い続けるほうが先。

 今さらジタバタする方が時間の無駄だ。


 圭介は呪文のように自分に言い聞かせて、その週末の朝もバイトに出かけていった。




「おはようございます」


 圭介は更衣室で制服に着替えてからフロアに入って美咲にあいさつした。

 その隣には見慣れないフロア係が立っている。


「あ、瀬名くん。彼女に会うのは初めてよね? 遠野(とおの)涼香(すずか)ちゃん、瀬名くんと同じ高校1年生」


 その名を聞いた瞬間、圭介は自分の耳を疑うのと同時に目まで疑ってしまった。

 そこに立っていたのは、まぎれもなく中学の卒業式に告白してフラれた相手だった。


(ありえねえ! なんでコイツと一緒に働かなくちゃならねえんだよ!?)


 圭介がどう反応していいのか思案している間に、涼香はぱあっと花が咲いたような笑顔を向けてきた。


「おおー、瀬名くん、久しぶりー。ここでバイトすることにしたの?」


 まるで圭介の告白など存在しなかったかのように、涼香は中学のクラスメートとして話していた時とまるで変わらない。


 ここは仕事場で、圭介としてはせっかく見つけた仕事を過去の出来事のせいでフイにはしたくない。

 相手が何もなかったようにふるまうのなら、圭介もそれにならう方が都合よかった。


「おう、偶然だな。いつから働いてんの?」

「あたしは高校入ってすぐだから、もう3ヶ月になるよー」


「あら、二人とも知り合い?」と、美咲が圭介と涼香を見比べる。


「そうなんですよー。中学の時の同級生。高校は違うんですけど。

 瀬名くんは都立に行ったんだっけ?」


「ああ、うん、受かったんだけど、結局、青蘭に行ってんだ」


「青蘭って、あの青蘭? うっそー。瀬名くんの家、いきなりお金持ちになっちゃったのー!?」


 涼香のハデ過ぎるリアクションに、圭介の方がタジタジとしてしまう。


「そういうわけじゃねえけど……親戚が学費出してくれるっていうから、行くことにしたんだ」


「でも、すごーい! 青蘭の学費をポンって出してくれる親戚がいること自体、すごいよ!」


「別にすごくねえよ」


 にわかに興奮して目をきらめかせる涼香は、圭介が中学時代に恋した少女とは別人に見えた。


 うっすらと化粧を施した顔にピアスをつけた耳。

 語尾を伸ばす変に甘ったれた話し方も、中学の時の彼女にはなかったものだ。


 女は高校生にもなると、あっという間に変身してしまうものらしい。


 中学の時、スポーツに汗を流していた健康的ではつらつとした涼香の姿は見る影もない。

 圭介の恋をした『遠野涼香』はもうどこにもいないのだ。


 圭介はそのことを残念に思うどころか、逆にホッとしていた。

 自分の知っていた『遠野涼香』の消滅とともに、フラれてつらかったはずの過去もまた、幻の中の出来事のように霧散(むさん)してくれたからだ。


 おかげで、今は何の気兼ねもなく涼香と接することができる。


「ほらほら、お客様が入ってきたわよ。案内に行って」


 美咲がポンポンと手を叩いて、仕事の始まりを告げた。


 バイト中はもちろん私語は厳禁。

 よって、涼香との会話もそれきり途切れた。


 しかし、休憩時間になると、涼香は昼でバイトが終わりだというのに、圭介の(まかな)いに付き合うと控室に残っていた。


「ねえねえ、ものは相談なんだけど」と、涼香の方から声をかけてくる。


「相談?」


「今度、合コンしない? あたし、何人か友達集めるから、瀬名くんも学校の子に声をかけてみてよ」


「いきなり合コンって……。遠野、好きな奴、いるんじゃなかったっけ? そいつと付き合ってんじゃないのか?」


 最近のお気に入りメニュー、チーズハンバーグをご飯と一緒に食べながら、圭介は目の前に座る涼香を改めて見た。


「なんかねー、告白しそびれちゃって。高校始まったらそれほど好きじゃなかったなーって思って、それっきり。そういうわけで、現在カレシ募集中」


「それをあっさりフった男の前で言うか?」

「もしかして、撤回(てっかい)してほしい?」


 涼香は口元に笑みを浮かべ、誘うような上目づかいで見つめ返してくる。


「別に。おれ、一応カノジョいるし」


 つい『一応』をつけてしまうのは、薫子がカノジョだという事実が相変わらず本能で理解できていないせいだ。


(ニセモノだしなー……)


「うっそ、マジー? フラれた女相手に、ミエ張ってるだけじゃないの?」

「そんなことでミエ張ってどうすんだよ」


 涼香は興味をそそられたのか、ぐいっと身を乗り出してきた。


「ほんとなの? いつから付き合ってるの?」

「ひと月前くらい」

「どうやって知り合ったの?」

「クラスメートの妹。中等部に通ってんだ」

「瀬名くんの方が告白したの?」

「向こうから付き合ってって言われて、オーケーした」


 この程度のことは誰に聞かれても同じことを答えるので、圭介が頭を使う必要はない。


「青蘭の子ってことは、お嬢様?」

「まあ、家は金持ちだな」

「どんな子?」


「どんな子って言われてもなあ……。

 見た目はネコ目の美少女。頭が切れて、すましてると怖いけど、コロコロよく笑うから基本的にかわいい」


「想像つかなーい。写真とか持ってないの?」

「そういや、持ってないな」


「付き合い始めなのに、けっこうバイトのシフト入ってるよね。

 カノジョさんは何も言わないの? デートする時間がなくなっちゃうって」


(思わぬ落とし穴が……)


 そもそも薫子とデートをしようと思ったことが1度もないので、バイトをすると決めた時にはまったく考慮に入れていなかった。


「まあ、いいんだよ。登下校はいつも一緒だし、昼飯一緒に食うこともあるし」


(この程度で納得してくれるか……?)


 圭介は少々不安になりながら、涼香の顔色をうかがった。

 が、特に疑っている様子はないので問題はなさそうだ。


「バイトしたお金って、何に使うの? 学費は援助してもらってるから、遊び代?」


「そんなとこ。夏休みも近いし、稼いでおいて損はないだろ」


(まったく、どうして女って奴はこう、根掘り葉掘り聞きたがるんだ?)


 薫子が本当のカノジョだったら、自慢したくてペラペラと話すのだろうか。

 圭介は薫子が前にそんなようなことを言っていたのを思い出した。


(たぶん、そうなんだろうなあ……)


 ウソのカノジョの話ではいつボロが出るかわからなくて、正直細かいことを聞かれたくないと思ってしまう。

 しかし、桜子がカノジョになったあかつきには、とろけ顔で自慢する自分の姿が想像できた。


 中学時代の友達に桜子と一緒に撮った写真を見びらかして、『すっげえ美人だろ』なんて言って、デートでどこに行っただのと話しまくる。

 最高のカノジョなんだと、世界中の人に叫んで歩いてもおかしくない。


「結論を言うと――」と、涼香の突然の深刻な口調に、圭介は妄想から引き離された。


「瀬名くん、どう考えてもダマされてるでしょ」

「は?」


「いい? 付き合い始めって、1番楽しい時なのよ。それなのにバイトに明け暮れても、文句一つなし。つまり、お金持ちのくせにカレシにバイトさせて、夏の遊び代を稼がせてるのよ」


「いや、そういうわけじゃ――」


「だいたい女の子が写真を撮らせないのは、他人に見せられてヘタに『カノジョ』なんて言われたら困るから。

 瀬名くんのことを本当に好きなわけじゃないのよ。

 彼女の方から告白したのも、何か魂胆(こんたん)があってのことだと思うの。

 利用価値があるとか、惚れさせて下僕にしたいとか。

 あたしには思いつかないけど、お嬢様にはお嬢様の考えがあるのよ、きっと」


 どこをどうカン違いしたらこんな話になるのかと圭介は思うのだが、『カノジョ』でないのは事実なので、あながちハズレとまでは言えない。


 涼香の畳みかける勢いに圭介は辟易(へきえき)しながらも、妙な説得力に圭介は感心してしまった。


「貢がせるなら、もっと他に適任者が学校にウヨウヨしてるけどなあ」


 圭介のそんなボヤキは、涼香に一蹴(いっしゅう)された。


「誰が瀬名くんだけって言ったの?

 そういう女はね、いろんな男に声かけていて、あなただけよって全員に言って、上手に男心を操るの。

 悪いことは言わないから、早くそんな女とは手を切った方がいいわ」


「あいつはそんな奴じゃねえよ」


「ああ、もう、ダマされている男が決まって吐くセリフじゃない。

 そもそもそんな美少女で、しかもお金持ちのお嬢様がどうして瀬名くんを選ぶと思うの?

 そりゃ、瀬名くん、外見は悪くない方だし、性格もいい方だと思うけど、瀬名くんじゃなくちゃダメってところって何? 現実見ようよ」


 涼香の言葉が圭介の胸にぐさりと刺さる。


『なんで、おれじゃなくちゃダメなのか』


 圭介もそれがわかっていないから、桜子と一緒にいられる未来に向かって頑張って進もうとしても、どこか雲をつかむような話にしかならないのだ。


「……母ちゃんと同じこと言うなよ」

「気づいてないのは瀬名くん自身だけで、お母さんじゃなくても、誰でも同じことを思うよ」


「とにかく、付き合ってるのは事実だし、写真くらい頼めば送ってくれるさ」


 今は桜子のことを考えて落ち込んでいる時ではない。

 薫子と付き合っていないことがバレる方が余計に問題が大きくなる。


 涼香がどこかで漏らして青蘭の生徒の耳に入ったら、今までの苦労がすべて水の泡だ。


 せめて最初の給料が入って退学を回避できるメドが立つまでは、薫子をカノジョということにしておかないと危険すぎる。


『緊急事態につき、おまえの写真を送ってくれ』


 圭介はスマホで薫子にメッセージを送ったのだが、即答で『やだ』と返された――。

次話、相変わらず薫子に振り回される圭介が……。

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