3話 桜子、変じゃないか?
結局、圭介たちが社宅にいた3人の女性から得られた情報は、不確かな『ウワサ』でしかなかった。
唯一確かなことは、仲野風太の父親が勤めていたのが渋谷支店だったということだけ。
「支店がわかっただけでも、けっこうな収穫だったよな。
元同僚の人から話を聞けば、銀行を辞めた経緯もわかるだろうし、おまえの『呪い』に関係あるかどうかもはっきりするだろ」
圭介は嬉々として言ったのだが、桜子は「うーん」と眉根を寄せて難しそうな顔でうなった。
「銀行を訪ねて、以前に勤めていた人のことを聞いても、こんな風に簡単には教えてくれないよ。業務上の守秘義務があるだろうし。
それに、高校生相手じゃ、『お答えできません』で帰されそう」
「おまえ、警察に知り合いがいるんじゃなかったっけ? 頼んでみたら?」
「いるけど、事件でもないのに頼めるわけないでしょ」
「とかなんとか言って、1万円盗難事件の時に指紋調べてもらうとか言ってたじゃん」
「やだなあ、あんなの信じてたの?」と、桜子はくすくすと笑った。
「高校生のくだらない争いに国家権力を使うわけないじゃない。血税払っている人たちになぶり殺されちゃうよ」
「おい、はったりだったのかよ……。じゃあ、あの1万円はどこに行ったんだ? 問題が再発した時に調べるとか言って、回収しただろ?」
「もちろん、帰りに銀行に預けたよ」
桜子が当たり前のことのように言うので、圭介はがっくりと頭を落とした。
「……まあ、国家権力はともかく、親父さんに頼んで、支店長でも紹介してもらったら? 話が早いだろ」
「四つ葉銀行系列はうちとは関係ないから、そこまで簡単じゃないと思うけど……一応頼んでみるよ」
桜子の言葉が妙に引っかかって、圭介はしばらく考え込んだ。
(前にも同じようなセリフを聞いた気がするんだけど……)
『駅前再開発は、うちとは関係ないから』
思い返してみれば、池崎冬馬の件で、以前に住んでいた場所を訪れた時の桜子の言葉だ。
「なあ、おまえんちって銀行もあるし、建設業もやってるよな」
「うん、グループの傘下に入ってるよ」と、桜子はうなずく。
「1件目の薬局は個人経営だから、当然おまえんちとは関係ない。
2件目も3件目もおまえんちと関係ない。これって偶然か?」
「それは偶然でしょ? 3人の共通点は同じ中学に通ってたっていうことだけで、お父さんの仕事は全然違うんだから」
「そうじゃなくて、おまえんちくらいデカいグループだと、1件くらいグループの企業なり、子会社なり、多少の関わりのある奴がいてもよさそうだと思ったんだよ」
「たまたま関係なかっただけだと思うけど……あれ? そういえば、駅前再開発、四ツ井建設だったっけ」
桜子が思い出したように目を丸くして圭介を見上げた。
「それが?」
「四つ葉銀行はもともと青葉銀行っていって、四ツ井銀行と合併してできたの。
祐希くんの家の薬局はともかく、あとの二人が両方とも四ツ井グループに関係あるのは、偶然とは言えないかも……」
「一人は四ツ井建設の地上げで一家心中、もう一人は四ツ井グループの系列銀行から親がリストラ。
おまえの『呪い』が四ツ井グループに関係あるかもしれない、ということか。
もしかして、うちの学校に御曹司がいるとか?」
「四ツ井グループの総帥は『四井』って苗字だけど、そんな人はうちの生徒の中にはいなかったと思うよ。傘下の会社の社長の子女はいるかもしれないけど。
それがどうしたの?」
「いや、おまえを手に入れようとした四ツ井グループの誰かが、おまえに近づく男を排除したのかと思って」
「四ツ井グループって、数年前まではうちより大きいグループだったんだよ。その関係者があたしを手に入れようと思ったら、もっと直接的にアプローチしてくると思うけど」
「羽柴蓮みたいに?」
「そう。でも、今までそんな人はいなかったから」
「仲野風太の件は親父さんに頼んでみるとして、並行して九嶋祐希を探してみないか?」
「どうして?」
「店がつぶれたいきさつに四ツ井グループが関与していたかどうか、確認してみたらどうかと思って。少なくとも都内にいるのはわかっているんだし、1番探しやすいだろ?」
「他の二人よりは探しやすいかもしれないけど……。
それでも祐希くんに関する情報もあんまりないから、難しいには変わりないよ」
「もともとほとんど情報ゼロに等しいところから始めているんだから、どっちにしろ気長に行くしかないだろ」
「まあ、確かに一朝一夕に解決するじゃないもんね」
桜子はそう言って、にこりとかわいらしい笑顔を向けてきた。
「ともかく、いろいろ調べるのは試験明けってことで」
「うん。そろそろ試験範囲も決まってきたし、勉強に集中しなくちゃね」
桜子の家は駅を回れば遠回りになるというのに、彼女は送ると言って圭介についてくる。
「道はわかってるから、大丈夫なんだけど」
「いいじゃない。散歩がてら」
「今日は充分に散歩してねえ?」
「ちょっと、圭介。あたしと歩くのがもしかして嫌だったりする?」
桜子が深刻な顔をして聞いてくるので、圭介は少し驚いた。
「なんで、いまさら? 学校が終わってから、ずっと歩いてるだろ」
「用事を済ませてただけでしょ? それ以外では一緒にいたくないのかと思って」
桜子の言葉に圭介はドキリとした。
すっかり忘れていたが、桜子は貴頼の雇った誰かに学校外で監視されているかもしれないのだ。
(もしかして、桜子も実は気づいてるのか……?)
「何かあったのか?」
圭介が立ち止まって桜子を改めて見ると、彼女は軽くうつむいて、落ち着かなげに目をキョトキョトとさせていた。
「べ、別にないよ」
ウソの嫌いな桜子は、ウソをつくのが苦手らしい。
明らかにうろたえた態度に、『何かあった』ということは誰でもわかる。
とはいえ、隠すということは圭介には話したくないことなのだろう。
そういうことはあえて聞き出さない方がいい。
「ならいいけど」と、圭介は深く突っ込まずに再び歩き出した。
「あの、圭介。ずっと聞こうと思ってたんだけど……最近、何か変わったことはなかった?」
言われて、圭介はバイトの件を言いそびれたままだったことを思い出した。
桜子は薫子から実は聞いていたものの、自分から話を振れなかったのかもしれない。
当の本人がすっかり忘れていたなどとは思いもよらず、圭介が言い出すのを待っていたのか。
(電話の内容が筒抜けだなんて、普通は言いづらいよな)
「そういや、おれ、昨日からファミレスでバイト始めたんだ」
「バイトっ? どうして? 急にお金が必要になったのっ?」
知っていた割に、桜子は普通に驚いてくれる。しかも、真顔だ。
圭介の方が逆に驚いてしまった。
「そんなたいそうな理由はねえけど、夏休みも近いし、小遣い稼ぎ」
「そ、そう……」と、桜子はほっとしたような顔をする。
「でも、試験前なのに、バイトなんて今始めなくてもいいんじゃない?」
「そうなんだけどさあ。たまたま募集がかかってて、面接行ったらすぐに働いてほしいって言われて。
うちからも近いし、時給もそれなりだし、高校生可ってあんまりないから、せっかくの機会を逃したくなくて」
「夏休みも続けてバイトになるってこと?」
「おう。頑張って稼ぐつもり」
「じゃあ、あんまり遊べないね」
「どっちにしろ、バイトしなけりゃ金ないから、おんなじだよ。
今年の夏はバイトする分、遊べるってもんだ」
「頑張ってね……て、変わったことって、それだけ?」
「ほかに何かあるのか?」
「ううん。何もなければいいの。じゃあ、駅はすぐそこだから、あたしは帰るね」
駅舎がもう見えてきているところだというのに、桜子は「また明日ねー」と手を振りながら去っていってしまった。
(おい……。『一緒にいるのが嫌なのか』なんて突っ込んでおいて、ここで放置する理由がさっぱりわからねえ)
単にバイトの話を聞きたかっただけなのか。
理由はともかく、バイトすることは隠すようなことでも、隠せることでもない。
(別にこんなこと、ためらわずに普通に聞けばいいのにさあ)
変な奴だ、と圭介は一人駅の構内に入りながら思った。
桜子の言動に「???」な圭介ですが、読者様にはご理解いただけると光栄です。
次話、第1章16話でちらっと出てきたあのコが登場です。




