5話 恋はしない
この話から桜子視点になります。
高校の入学式を終えて帰ってきた藍田桜子に、バラの花束が届いていた。
数えてみれば16本。
13歳の誕生日から始まって、今年で4度目、年齢の数だけ毎年1本ずつ増え続けている。
送り主の名前もメッセージもない花束であるが、桜子はそれが誰からなのか予想がついていた――はずだったのだが、今日、それが送られてきたところで俄かに自信がなくなった。
「誰が送ってくれてるのかな……」
桜子は自分の部屋のチェストの上に置いた花瓶の花束を眺め、見栄えがいいように整えながらつぶやいた。
「何をいまさら。ヨリくんからだって言ってたじゃない」
ベッドに腰掛けて桜子の様子を見ていた二つ年下の妹、薫子が呆れたように言う。
「そう思ってたんだけど、違うかなって。同じ学校に通うようになったんだから、今日、久しぶりに会うと思ってたんだよね。でも、結局、顔合わせることなかったから」
「まあ、中等部と高等部では校舎が違うから、そう簡単には顔合わせないんじゃない?」
「でも、会おうと思えば会えるでしょ?」
「なら、桜ちゃんの方から会いに行けばよかったじゃない」
「別にあたしの方から会いに行く理由はないし」
「幼なじみなんだから、『久しぶりー』ってあいさつしたっていいでしょ?」
「それはすれ違えば、普通にあいさつするけど、『わざわざ』はできないよ。それに向こうも『わざわざ』会いに来なかったってことは、あたしとのことはすでにケリがついて、過去のことになってるのかなって」
「とどのつまりは、花束を贈ってきたのは別の誰か、ということになる、と」
「そう考えたほうがつじつまが合うでしょ? 3年前に振っちゃった時点で、実は全部終わってたんだよ、きっと」
3年前の小学校の卒業式の夜、一つ年下の幼なじみのヨリ――杜村貴頼が桜子の家を訪ねてきた。卒業のお祝いにバラの花束を届けに来てくれたのだ。
そして、お礼を言う桜子の目の前で、貴頼は今にも泣きそうなくしゃくしゃの真っ赤な顔で叫んだ。
「桜ちゃん、大きくなったら、僕のお嫁さんになってください!」と。
貴頼とは小学校は別だったが、親同士が知り合いで、低学年の頃からよく遊んでいた。
弟の彬とは同学年だが、貴頼は彬よりずっと小柄で、もともとの性格もあるのか、とにかく泣き虫で何をやらせても要領が悪く、モタモタとした子だった。
何をやるにもそつのない弟と妹に比べ、桜子にとっては世話のかかる貴頼の方がずっと弟のような気がしていたものだ。
だから、いきなりこのように告白されたところで、桜子としてはまったくもって『異性』として意識をすることはできない。
「気持ちは嬉しいけど、あたしは結婚するなら年上で背が高くて、頼りになる人がいいんだ。ごめんね」
変な期待を持たせないためにもはっきり断ってやると、貴頼はわっと泣き出し、そのまま逃げるように帰っていってしまった。
もう少しやさしい断り方もあったのではないかと桜子の胸はチクリと痛んだが、これ以上誠意ある断り方も見つからなかった。
貴頼はそれっきり桜子の家に遊びに来ることはなくなり、会うこともなかった。
ただ毎年桜子の誕生日に花束を贈ってくるのは、『気持ちは変わっていない』ということを伝えようとしていたのだと思っていた。
――が、どうやらそれは勝手な思い込みだったようだ。
「花束の送り主、ヨリくんじゃなくて残念?」
薫子に声をかけられて、桜子は我に返った。
「どうして?」
「ほら、ヨリくんだって、いつまでも子供のままじゃないんだし、大きくなってカッコよくなってたら後悔したりしない? 逃した魚は大きいって」
薫子の試すような口ぶりに桜子は乗せられないように微笑んだ。
「もしかして、薫子は今日会ったの?」
「会ったっていうか、見たよ。ヨリくん、中等部の生徒会長だから入学式で祝辞述べてた」
「へえ、生徒会長? あのヨリが? なんか、意外だねー。カッコよくなってた?」
「カッコよくなってたら、改めて付き合うことを考える?」
「それはないよ」
桜子が即答すると、薫子は不満げな顔で口を尖らせた。
「まだ恋するつもりないの?」
「『まだ』じゃなくて、『絶対に』だよ」
「でも、男の子、寄ってこなかった?」
「普通に敬遠された。いったい噂って、どこまで広がってるんだろうね」
やれやれ、と桜子はため息をつく。
「桜ちゃん、あきらめちゃダメだよ。そのうち、『呪い』なんてものともせずに、桜ちゃんに恋する男の子が現れるって」
「まあ、その時になったら考えるよ。今のところ、新しい高校生活に慣れるだけでいっぱいいっぱいになりそうだから……」
桜子は入学したばかりの青蘭学園の1日を振り返って、忘れかけた疲労感がどっと押し返してくるような気がした。
桜子の話はまだまだ続きます。