2話 2度目も放課後デートにならない
月曜日の朝、圭介は前日の疲れからすっかり回復して、いつもの時間に起床。
同じ時間の電車で登校できる。
(おれ、若いからなー)
電車の中で藍田三兄弟と会うのも、いつものこと。
しかし、圭介のバイトの話題が出ないところを見ると、薫子は桜子に電話の内容を話していないらしい。
よくよく考えてみれば、付き合ってもいない薫子が用事もなく圭介に電話する理由はない。
用事ならそれ相応の理由がなければならない。
下手にウソをつくくらいなら、電話の事実を隠していた方が話が早い。
薫子がそう判断したのもうなずける。
「ねえ、圭介。今日の放課後、時間ある?」と、桜子が聞いてきた。
「あるけど、なんで?」
「例の2件目の男の子が前に住んでいた場所がわかったの。調べるのに手間取って、昨日の夜、やっとわかったんだ。付き合ってくれる?」
「わかった。じゃあ、放課後な」
「ありがとう」と、桜子は鮮やかに微笑んだ。
その放課後、圭介は朝と同じく藍田三兄弟と一緒に下校。
彼らの家の最寄り駅で彬と薫子と別れてから、桜子が2人目の被害者について説明してくれた。
名前は仲野風太。
父親は信託銀行の社員だった。
そこでリストラにあって職を失い、風太は当座の生活のため、母親の実家がある北海道で生活することになったという。
いまどきスマホや携帯があれば、どこに引っ越そうが、連絡を取ろうと思えば簡単なはずだ。
それにもかかわらず、仲の良かった同級生に聞いても、実家の住所どころか、連絡を取れる人もいなかった。
もちろん、中学生の全員が全員、携帯を持っているわけではない。
かくいう圭介も、携帯を持ち始めたのは中学3年の時だった。
「なあ、親が職を失うと、担任の先生や友達にも内緒で引越しするものなのか?」
圭介はいまいち腑に落ちず、桜子に問いかけていた。
「うーん、普通だったら転校する前に教えたりすると思うけど。
小学校でも転校していった子がいたけど、しばらくは手紙をやり取りしたし」
「だろ? 一人目は店がつぶれて、半分夜逃げみたいに転校。三人目は親の不幸で精神的にもショックだっただろうから、誰かと話をする気力もなくて、連絡先も教えずに転校したって想像できる。
けど、3件が3件とも、周りにいた人間が転校先を誰も知らないって、おかしくないか?」
「知っている人に同情されたくなかったとか? 過去を捨てて新しい生活を始めたかったとか」
「おまえに告白してきた奴って、みんな同じようなタイプなのか? それなら、何か問題が起こった時の対処の仕方が同じでも納得がいくけど」
「さあ……」と、桜子は考え込んだように人差し指を唇に当てた。
「祐希くんと冬馬くんはよく知ってたけど、あくまで日常的なことだからなあ。不幸とかそういう特別な状況に陥った時にどうなるかまではわからないよ」
「普段はどういう奴だったんだ?」
「祐希くん、小学校の時は明るくて元気で、クラスでもリーダーシップ取る子だったよ。冬馬くんは前に言った通りの人気者。
どっちも学級委員や生徒会長をする責任感のある子だったな」
「九嶋祐希は小学校の時、同じクラスじゃなかったのか?」
「クラスは一緒になったことなかったけど、家が近所だったし、保育園の頃からよく遊んだよ。小学校の高学年になると、男の子だからあんまり一緒に遊ばなくなったけど。
中学で同じクラスになったのがきっかけで、また仲良くなったの」
「つまり、お年頃の中学生になって、改めて幼なじみの女子とカレカノになりたいと、あっちは思ったわけだ。そういう意味では池崎冬馬も同じ。
で、二人目はおまえと何か接点があるのか?」
「同じ剣道部の先輩。学年も違うし、あんまり個人的に話したことなかったんだけど、ある日の帰り道、突然付き合ってくれって言われた」
「そいつも責任感があるタイプ?」
「どうかな。どっちかっていえば、寡黙であんまり笑う方じゃなかったな。
でも、下級生の面倒見はよくて、あたしもよく稽古つけてもらってたよ」
「今でも剣道やってたら、どっかの大会とかに出てて、名前が検索にひっかかったりしない?」
「ううん、それらしい人は見つからなかったよ」
「結局、ネットから得られる情報も皆無か」
「そういうわけで、あたしたちは足で情報集め」
桜子がどこかうれしそうに言うのが、圭介のシャクに障る。
桜子は早く『呪い』を解くために、情報を得ることにモチベーションが上がるのだろうが、圭介は相変わらずまだ解けてほしくないと思っている。
せめて貴頼との決着をつけて、告白ができる段階になるまで、『呪い』はこのままであってほしい。
それにしても、桜子に告白してきた男の性格を総合すると、容姿がよくて、真面目で責任感があって、リーダーシップを発揮できる人間。
そういう奴はクラスでも特に目立つし、女からもモテやすい。
桜子に告白した事実を考えれば、自分に自信があるタイプなのだろう。
圭介が過去を振り返ってみても、そういう少年時代を過ごしたことは1度もない。
学級委員や生徒会の仕事は面倒くさくてやる気になれなかったし、部活でも部長になれるほど特筆した才能があったわけでもない。
そして、そもそもモテたことがない。
(おれ、告白したところで一発撃沈じゃねえか……?)
友達としてはよくても恋人にするには「えーっ」なことは往々にしてある。
それは圭介が初めて告白した時に悟った現実だ。
とにかく今は頑張り時。
自己改造もしていかないと、無意味にバイトでクタクタになって、3年間の高校生活を浪費するだけになる。
とはいえ、親の収入で優劣のつく青蘭学園ではどうやっても責任ある立場にはなれそうもない。
そもそも、カースト最底辺の圭介に従う人間がいるはずもないのだ。
(おれ、完全に八方ふさがってない?)
「あ、ここだ」という桜子の声に、圭介は堂々めぐりの思考から現実に戻された。
門のところに『四つ葉信託銀行 社員アパート』と書かれている。
「社宅か?」
「うん、そう。ちょうど人がいるよ。聞いてみよう」
桜子の指さす方を圭介が見やると、3階建てのアパートの前に遊具がいくつか並ぶ小さな庭が見えた。
その砂場で保育園児と思しき子供が3人遊んでいる。
そして、そのそばには母親であろう3人の女性が立ち話をしていた。
『呪い』の調査をするようになって圭介が気づいたことは、桜子が初対面の相手でも物おじしないということ。
感じのいい笑顔を浮かべ、やんわりとした物腰と丁寧な言葉づかいで、相手を警戒させることなく、必要な情報を得る。
(小さい頃から上流階級の中で生きてくると自然とそうなるんかな? それとも、桜子がやっぱり特別なのか?)
そんな素敵な桜子から「カレシです」と紹介される日を想像して、圭介は思わず「うへ」と顔を崩してしまった。
今は残念ながら、「あ、こっちは友達です」とついでのような紹介しかしてもらえなかったが――。
気になる情報に関しては、3人の女性のうちの一人が3年前からこの社宅に住んでいて、ある程度のことは知っていた。
しかし、彼女の夫と仲野風太の父親とは勤める支店が違うので、リストラの詳しい理由まではわからないという。
「この銀行、それほど業績は悪くなかったから、リストラなんて話は出たことなかったのよ。それが何の前触れもなく仲野さんがリストラになったって聞いて。
実は何かやったんじゃないかって、当時はかなりのウワサになったのよ」
「つまり、リストラというのは表向きで、懲戒解雇だったということですか?」と、桜子が聞く。
「そういうウワサがあったっていうだけで、本当のところはわからないわ」
「でも、それが本当だったら、仲野さんって、会社も公にできないマズいことをしたってことよね?」と、別の女性が声をひそめて言う。
「銀行のお金を横領したとか?」
「やだあ、松野さん、ドラマの見過ぎよー」と笑い声が上がるが、見かわす3人の女性の目が「もしかしたらねえ」と言っている。
(ああ、こうやっていろんなウワサが流れていくんだな……)
圭介は桜子の後ろで彼女たちの話を聞きながら、そんなことを思っていた。
次話、この続きの場面になります。
呪いの真相に一歩近づけるかも?