1話 学費を稼ごう
第2章パート2、開始です。
この話から圭介の視点に戻ります。
圭介は電卓に表示される数字を見て、バタリとちゃぶ台に頭を落とした。
退学を回避する方法――。
頭をどうひねったところで、解決法は一つしかない。
桜子を好きだという事実を公にしながら青蘭学園に通うには、自分で学費を何とかすること。
とはいえ、その『解決法』に頭を悩まされる。
青蘭学園の学費は月15万円。
このアパートの家賃の倍近い金額を毎月捻出しなければならない。
天の思し召しと言うべきか、昨夜のバイトの帰り道、圭介は最寄り駅近くのファミレスで『アルバイト募集』のポスターを発見した。
『時給1000円 高校生可』
週末に20時間働くとして、週2万円、月8万円。
差引7万円が足りない。
追加で平日の夜に5時間、1回働くことにしてみる。
勉強する時間は減るが、週25時間になる。
週2万5千円、月10万円。差引5万円。
(まだ足りねえ……)
限界の限界まで働けるとして、平日2回にすれば週30時間。
週3万円、月12万円。差引3万円。
(どうやっても足りねえだろうが!)
そもそも、そこまで必死に働いてでも学費を払う価値のある学校なのか。
圭介からすると首を傾げたくなる。
確かにセキュリティー万全、冷暖房完備、備品はどれも傷ひとつないものばかりで、金をかけている学校だということはわかる。
しかし一方で、ハイレベルな教師をそろえて、高度な教育を施しているかというと、「別に普通」としか言いようのないものなのだ。
桜子の話によると、ほとんどの生徒は家庭教師を付けているので、学校で勉強する必要がないとのこと。
青蘭に通う目的は、『高卒』の資格と上流階級の横のつながりを得ること。
つまり、社交場というやつだ。
そんな上流階級に縁のない圭介にとって、青蘭学園というのはほぼ無価値にしか思えない。
(いやいやいや、おれが行きたいのは青蘭じゃなくて、『桜子のいる高校』なんだって。そこ、カン違いしちゃいかんだろ!)
「なあ、母ちゃん、もしかして学費が月3万だったら払えるか?」
圭介はちゃぶ台に突っ伏したまま、キッチンで夕食の用意をしている母親に声をかけた。
「なんで学費が必要なのよ? イトコが払ってくれてるんでしょ?」
母親は返事をしてくれるが、背を向けたままだ。
「その……イトコともめて、学費はもう払わない、みたいな話になってさあ」
正確にはそうなる予定なのだが、ここではそういうことにしておく。
「青蘭やめて、別の高校に行くの?」
「別の高校に行くくらいなら、高校やめて大検取る」
「冗談でしょ? 青蘭の授業料なんて払えるわけないじゃない」
「だから、おれ、バイトする。頑張って母ちゃんの負担分は3万円。それくらいなら行ける?」
「バイトって、そんなことしてたら、勉強する時間がなくなるじゃない。大学、行けなくなったらどうするの? 本末転倒でしょ。
それこそ、バイトしなくてもいい程度の授業料の私立に編入して、普通に勉強する方が楽じゃない」
「大学なんて数年先のことは、その時になってからでいいんだよ。おれにとって、今が正念場なの。あの学校、どうしてもやめたくねえんだよ」
「どうして、青蘭がいいの? あんた、イヤイヤ通ってなかった?」
「今は事情が変わった」
母親は手を拭くと、ようやく圭介を振り返った。
その顔は明らかにヤバいものを見る表情だった。
「あんた、まさか藍田桜子さんと付き合いたいとか、変な妄想してるんじゃないでしょうね?」
「変な妄想って……。しょうがないだろ、好きなんだから付き合いたいって思ったって。
頑張って何が悪いんだよ?」
母親は圭介のいる居間までやって来て目の前に正座すると、真顔で見つめてきた。
「圭介、悪いことは言わない。目を覚まして、鏡の中の自分をよーく見てみなさい。
あんたは自慢の息子だけど、天地がひっくり返っても、藍田桜子さんとお付き合いできる男ではない」
「断言するなよ! こっちは必死でやってんだから、やる気を削るようなことは言ってくれるな」
「それでおかしな夢から目を覚ましてくれるなら、いくらでも削ってあげるわよ」
「おれはくじけねえ! 絶対ダメってわかるまでは全力を尽くす! あきらめたりしねえ!」
立ち上がって抗議する圭介を見上げて、母親はニコリと笑った。
「青春っていいわねえ。若いっていいわねえ」
「バカにしてんのか?」
「うん」
「母ちゃん……!」
「まあ、バイトでも何でも気が済むようにやってみれば? 一時的に熱くなってる頭も冷えて、現実が見えてくるでしょうよ」
「なら、月3万出すって約束してくれるか?」
「いいわよ、それくらいなら。なんとかしてあげる」
「約束破るなよ。じゃあ、おれ、バイトの面接行ってくる」
「もう連絡してあるの?」と、母親は驚いたように目を丸くする。
「当たり前だろ。せっかくの休みの時間がもったいねえ」
そう叫びながら、圭介は家を飛び出した。
人生初めてのバイトの面接は、圭介が思っていたよりスムーズに済んだ。
学費を何とかしなくてはならないという切羽詰まった圭介の熱意。
バイトが一人急に辞めて、人が足りなくて困っていたという相手の、これまた切羽詰まった状況。
この二つの要因がうまくマッチしてくれたのだ。
すぐにでも働いてほしいとのことで、面接をした後、圭介はそのまま働くことになった。
新人の指導するのは、大学生のアルバイトの女性。
「よろしくね」と、顔を合わせた彼女、杉本美咲は化粧気のない顔にメガネ、無造作に束ねた髪と、地味でおとなしそうな印象を受けた。
美咲はそんな印象とは裏腹に、テキパキと仕事の説明を進めていく。
圭介はフロア係なので、まずは客を席に案内。
注文を取って料理を運び、客が帰ったら片付け。
次の客を迎える準備をする。
細かい仕事はいろいろあるらしいが、当座はメニューを早く覚えて、サービスの仕方を覚える方が先らしい。
ひと通りの説明が終わると、圭介はすぐに客の前に出された。
とにかく、このバイトが安定すれば、授業料が払えるようになる。
そうしたら、貴頼との契約は破棄できる。
そして、その時、桜子に告白する。
相手の返事がどうであれ、自分が桜子を好きだということを知ってもらいたい。
今はそれがモチベーションになる。
圭介は身も心も疲れ果ててバイト1日目を終えた。
美咲は1週間もすれば慣れると言っていたので、そうあることを願いたい。
店を出ながらスマホを見ると、薫子からの着信履歴が残っていた。
昨日のことを桜子から聞いて、笑いものにでもしようと思ったのか。
どうせ明日の朝には会うんだから、と放置しようとしたところ、薫子の方から電話がかかってきてしまった。
「ちょっとー、愛しのカノジョからの電話を無視するって、どういうこと?」
開口一番、薫子の甘えたような一言は、圭介を脱力させるのに充分な威力を持っていた。
「誰が『愛しのカノジョ』だ? 用件なら手短に済ませてくれ。おれ、1日バイトで疲れてんだよ」
「バイト? 昨日もしてたじゃない。今日も実は桜ちゃんを監視してたの?」
「バカ言うな。普通のバイトだよ。ファミレスで始めた」
「へー。もしかして、稼いだお金であたしの誕生日プレゼントでも買ってくれるの?」
「アホか。だいたい、おまえの誕生日知らねえし」
「7月20日、もうすぐでしょ? ちなみに桜ちゃんは4月5日」
「毎度ありがとよ、情報をくれて」
「冗談はさておき、学費でも稼ぐつもり?」
「桜子の誕生日も冗談なのか?」
「それはホントだよー。もしかして、イトコにバレて、契約を打ち切られちゃったの?」
「それはまだ。けど、遠くないうちにそうなることを想定して、今から少しでも稼いでおこうと思って。桜子には言うなよ」
「わかってるよ。話したら、イトコのことまでバレちゃうもん」
「そういうこと。今はその時じゃないからな」
「なら、瀬名さんは桜ちゃんにどう言い訳するつもり?」
「言い訳? 単純に夏休みに旅行したいとかでよくない?」
「ウソつくなら、旅行先とか予算とか、ある程度決めておいた方がいいよ」
「……了解。ところで、おまえの用件は?」
「今の話でわかったから、もういいや。おやすみー」
(おい……)
一方的に切られたスマホの画面を見て、圭介はため息をついた。
桜子に話を聞いた薫子は、当然貴頼と圭介が鉢合わせしたことも知ったはずだ。
そこから圭介が桜子を連れて逃げたと聞いて、貴頼に圭介の気持ちがバレたのか確認したかったのかもしれない。
興味本位なのか、心配してのことなのか。
正直、薫子のことはよくわからない。
(もういい。今日はいろいろ考える気力なし。マジで早く寝たい)
次話はこの翌日の話。
圭介は桜子と2人目の呪いの被害者について調査に出かけていきます。




