16話 焦りは禁物です
本日(2022/07/01)、二話目です。
この話は桜子視点になります。
「はい、かわいいシンデレラ」
船を下りたところで待っていた桜子の父親は、ひざまずいて靴を履かせながら揶揄するように言った。
「ありがと」
「しかし、わが娘ながらよくやるね。二人の王子に靴を1足ずつ落としていくとは。
どっちもキープするつもりか?」
立ち上がった父親にくったくない笑顔で言われ、桜子は頬をふくらませた。
「結局、両方拾ったのはお父さんでしょ。お父さんじゃ王子様になれないよーだ」
「まあ、王子にはなれないけど、ナイトくらいにはなってない?」
「ナイト?」
「あのままじゃ、ケンカも収まらなかっただろ? 騒ぎになる前におれが収拾つけておいたんだけど、余計なことしたか?」
「……それは感謝してます。まさか、ヨリまで来てると思ってなかったから。それに、圭介まで。
お父さんが来させたの?」
「圭介くんがそう言ってた?」
「言わなくても想像つくよ。あたしのこと、心配してくれたの?」
「そりゃなあ。これだけのパーティで婚約者同然としておまえを連れて行けば、あとあと尾を引くからな。状況はこの目で見ておかないと」
「子供の恋愛には口を出さないって言ってたのに」
「もちろん恋愛には口を出さないよ。けど、これは恋愛じゃない。ビジネスだ」
父親はそう言い切って歩き始めた。
その横顔は、桜子の見間違いかと思うほど冷たいものだった。
桜子が慌てて追いかけて父親の顔を覗き込むと、いつもと変わらない優しい笑顔を向けてきた。
「ところで、もう一人の王子とは手に手を取って逃げて行って、ハッピーエンドになったのかい?」
うぐ、と桜子は言葉に詰まった。
自分のしたことを思い出して、顔が赤くなるのを止められなかった。
圭介に貸してもらった上着のぬくもりに、ついウトウトしてしまったのは桜子の不覚だった。
はっと目を覚ました時には、圭介も隣ですっかり寝息を立てていた。
(これって、どう見ても女の子と密室に二人きり、なんて思ってないよね……。そりゃ、あたしも寝ちゃったけど)
圭介の緊張のかけらもない爆睡状態がなんだか憎らしくて、悔しくて、それでいて無防備な寝顔を間近で見られて幸せ、という変な気分だった。
声をかけても圭介が簡単に起きる様子はない。
桜子は思わず口づけていた。
呪文のように「このキスは無効だからね」と唱えながら。
呪いが解けていない今、このキスのせいで圭介を不幸にするわけにはいかない。
それがわかっていながら、どうしてこんな矛盾した行動をとってしまうのか――。
(あたし、焦ってるの? 呪いが解けるまで、どうして待てないの?)
「その顔は、何かあったってことか」と、父親が面白そうに桜子の顔をのぞき込んでくる。
「べ、別に何もなかったもん。何もなかったから……」
桜子の頬が紅潮するのと同時に涙が込み上げてくる。
「どうした?」と、父親の優しい声に涙が一筋こぼれ落ちてしまった。
圭介の手が頬に触れ、真剣な目で見つめられた時、「好きだ」と言ってくれるのではないかと期待してしまった。
あの瞬間、『呪い』も何もかも忘れて、圭介とこのまま恋人同士になりたいと思った。
たとえ『呪い』が降りかかってきたとしても、圭介を守ればそれで済むと思った。
「なんか、あたしばっかり好きで、ドキドキして……。なのに、圭介の方は全然そういうそぶりを見せてくれなくて……。『呪い』が解けても、圭介には友達以上に思ってもらえないのかも」
「先のことなんか、わからないだろ?」
「それはそうなんだけどー。ごめんね、お父さん。協力してくれたのに、せっかくのチャンスを棒に振っちゃったよ」
「おれは何もしてないよ。子供の恋愛には口を出さないって言っただろ」
「そうだね。でも、話を聞いてくれてありがと。ちょっと気が晴れた。せめて『呪い』が解けるまでは、焦らないで圭介のそばにいるよ」
「頑張れ」
「うん」
桜子は涙をぬぐって父親の腕につかまって歩いた。
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第2章-1【人魚姫編】はここでひと区切りです。
次話からはパート2【赤い宝石編】がスタート。
メインは呪いの解明になります。