15話 イトコを出し抜こう
本日(2022/07/01)は二話投稿します。
前話からの続きです。
誰もいない砂浜、ヤシの木陰で、圭介の目の前には桜子しかいない。
さざ波の音だけが耳にやさしく届く。
夕日のせいか、桜子の頬が同じように赤く染まって見えた。
「桜子、おれは誰にも負けないくらいおまえが好きだ」
圭介はどこかで自分が言ったはずのセリフを繰り返す。
桜子はうれしそうに微笑んで、圭介の唇にやさしくキスした。
もちろん圭介は『あたしも好きだよ』という言葉が返されるのを期待する――が、桜子がニコッと笑って言ったのは、「このキスは無効だからね」だった。
***
身体を震わせる汽笛の爆音に、圭介は飛び起きた。
「『無効』って何だよ!」
「……圭介、起きてたの?」
桜子の声に圭介が我に返ると、そこは船の中の狭い控室だった。
「……あ、なんだ、夢か。いつの間にか寝ちまった」
桜子の気持ちよさそうな寝顔を見ていたら、うっかり自分も寝入ってしまったらしい。
(ていうか、この状況でグーグー寝るおれって、思春期の健康体なのか!?)
桜子にどう思われたのだろうかと想像すると、恥ずかしくて顔も合わせられない。
「港に着いたみたいだよ」
桜子がこれ以上突っ込んでこないことに、圭介はほっと息を吐いた。
「もうそんな時間なのか?」
「うん。圭介、スマホ借りてもいい? お父さんに電話するから」
「なんで?」
「せっかく来てるなら、一緒に帰ろうと思って。圭介も一緒に送ってもらう?」
「いや、そんな気遣いは必要ない!」
圭介が勢いよく断ると、桜子は面食らったような顔をしていた。
「あ、いや、おれ、一応バイトで来てるから、支配人にあいさつしたり、まだやることがいろいろあるんだよ」
ウソとまではいかない言い訳に、「あ、そうだったんだ」と桜子は納得してくれたようだ。
(今、『お父さん』とは顔を合わせられねえんだよ!)
音弥の前であれだけ大見栄を切ったというのに、桜子を連れて逃げただけ。
何の進展もなし。
どのツラ下げて会えるというのか。
とはいえ、桜子が父親に会えば、逃げた後に何があったのか、当然のことながら一つ残らず暴露されてしまう。
(おれ、めちゃくちゃカッコ悪い……)
圭介はくらりとする頭を抱えながら、ポケットからスマホを出した。
港に近づいて電波が入るようになったのか、貴頼から恐ろしい数のメッセージと着信履歴が入っている。
中身を見なくても、それだけで貴頼の怒り具合がわかるようだ。
(う……。これは覚悟しておかないとマズいよな)
圭介は桜子に見られないように画面を消し、電話のキーパッドを表示させてから桜子に渡した。
「あ、お父さん? 今どこ? ……あ、ほんと? あと、あたしのバッグがクロークに預けてあるから、取ってきてもらえる? ……うん、そうして」
短い会話の後、桜子は「ありがとう」と、スマホを返してきた。
「一緒に帰れるって?」
「うん。お父さん、あたしの靴、拾ってくれたみたい。下船したところで待っててくれるって」
「よかったな」
「みんなが下りた頃、連絡してくれるって言うから、もうちょっと待っていてもいい?」
「かまわんよ。おれ、その間に着替えるから、ちょっと後ろ向いてて」
「うん」と、桜子がうなずいて壁の方に顔を向けるのを確認してから、圭介はベッド脇の小さなロッカーから私服を取り出した。
パーティが始まる前に、着替えを更衣室からここに運んでおいたのは正解だった。
圭介は借り物の制服を脱いで、自分の着てきたシャツとジーンズに着替えながら、ふと今日のバイト料はどうなるのだろうと思った。
桜子をさらって、さらに貴頼からの連絡を無視している現状、期待はできない。
(おれ、タダ働き……?)
せっかく1万を5万につり上げても、何の意味もなかった。
その前に、そんなことをしたから、バチが当たったのかもしれない。
「ねえ、圭介。電話がかかってきてるみたいだけど」と、背後から桜子の声が聞こえる。
「親父さんじゃないのか?」
「ううん。『イトコ』って表示されてる」
(ヤベっ)
圭介は桜子の手から思わずスマホをひったくり、そのまま『拒否』のボタンを押す。
「……あ、あれ? 切れちまった。家に帰ってからゆっくり連絡するよ」
圭介はとりあえず誤魔化してみたが、桜子に怪しまれているような気がする。
(もしや、バレた……?)
桜子に確認した方がいいのか迷っているうちに、改めて着信があった。
今度は電話番号が表示されている。
「これ、親父さんの電話?」
「うん、そう」
桜子は電話に出ると、「うん、うん」と何回かうなずいてから電話をすぐに切った。
「みんな、もう下船したって」
桜子とは乗客用の入口まで一緒に行き、そこで「月曜日にね」と別れることになった。
(次に『お父さん』に会うまでには、何らかの進展がほしいな……)
圭介はそんなことを思いながら、タラップを降りていく桜子をこっそり陰から見送った。
圭介が支配人へのあいさつを終えて船の外に出ると、港はライトアップされ、夕方の光景とはずいぶん様変わりをしていた。
真っ黒に染まる海は、のぞき込むと飲まれそうでなんだか怖い。
そんな埠頭沿いを駅に向かって歩いていくと、薄暗い中でスマホの画面が明るく光った。
貴頼からだ。
今度こそ逃げるわけにはいかないので、圭介は「もしもし」と応答した。
「あの後どうなったか、報告が来ていないんですけど?」
「どういうことだ!?」と、真っ先にドヤされるかと思ったが、貴頼の口調は冷静そのものだった。
「報告って……桜子のことか?」
「それがあなたの仕事でしょう。彼女を連れ出すように、藍田氏があなたに頼んだことは知っています。
あの後、彼女とずっと一緒にいたんですか?」
圭介が桜子を連れて逃げた時に追手がかからなかったのは、音弥が貴頼と蓮を止めていてくれたということだ。
何の行動も起こさない圭介を叱咤しながらも、さりげない援護射撃をしてくれていた。
そんな音弥のやさしさがうれしく、同時に自分の不甲斐なさが情けなくて泣きたい気分になる。
圭介が待っていた『好機』を作ってくれたというのに、結局、何もできなかった。
(おれは頑張るって、決めたんだよな? 今、ここでコイツを言いくるめることくらいできないで、どうする?
おれはやすやすと退学になったりしない。
桜子に群がる男たちが山ほどいる学校に、一人置いてくることなんてするもんか)
圭介は覚悟を決めて、ひとつ大きく深呼吸をした。
「ああ、彼女とは一緒にいた。従業員の控室に隠れてたんだ。
ほとぼりが冷めるまで待ってるつもりだったんだけど、うっかり寝ちまって、起きたら港に着いてた」
「彼女とは何もなかったんですか?」
「何もって? 別にいつもみたいに話してただけだけど。
だいたい、おれ、カノジョいるし、おまえが疑うようなことないだろ?」
貴頼は探るように束の間黙った。
「――それで、彼女とはどういう話を? 僕の話は?」
「ああ、もちろん出たよ。会うのは3年ぶりとか、変わっていて驚いたとか。
おまえ、小学生の時にプロポーズして断られたんだって?
なんで、それっきりあいつに会わなかったんだ? 学校も同じなのに」
「こっちにはこっちの事情ってものがあるんです。あなたには関係ない」
「あ、そう。まあ、3年ぶりに姿を現して、改めてプロポーズしたわけだし、もうおれが監視する必要はないだろ。気になることがあるなら、普通に自分で聞けよ」
「今日は予想外の展開になっただけです。あなたには引き続き監視してもらいます。
それとも、この件を彼女に話したんですか?」
「まさか。せっかくカノジョもできて、授業料払ってもらって、うまい飯を毎日食えるってのに、退学になるようなバカなマネはしねえよ」
「なら、引き続きお願いします」
「つまり、契約は続行ってことだな。ちなみに今夜のバイト代、いつもらえるんだ?」
「銀行に振り込むので、口座番号を後でメールしてください」
圭介は内心「よっしゃー!」とガッツポーズをつけていた。
「サンキュー。じゃあな」
圭介は電話を切って、一気に脱力した。
顔を見ないで話すことができたおかげで、思ったよりうまく話を持って行けた。
これでしばらくは貴頼の疑惑から逃れられるだろう。
その間に退学を回避する手を打たなくては――。
次話、圭介が寝ていた間に何があったのか。
桜子の話になります。
よろしければ、続けてどうぞ!