14話 告白にはまだ早い
前話からの続きになります。
「座って」と、圭介は桜子にうながされるままにその隣に腰かけた。
触れた桜子の素肌の腕が思いのほか冷たかった。
「冷えてるじゃないか」
「ああ、長いこと外に出てたから」と、桜子は何でもないことのように答える。
「カゼひくなよ」
圭介は自分の着ていた借り物の上着を脱いで、桜子にかけてやった。
「ありがと。あったかい」
渡した大きめの上着にくるまって、桜子はどこか幸せそうに見えた。
神様は不公平ではない。
自分を利用する最低の人間でさえ、やさしくしてやれる桜子は、その代り誰からも愛されずにはいられない存在になる。
利用しようとした人間も桜子に近づいたら、愛さずにはいられない。
だから、桜子はたくさんの男にひざまづかれ、その中から最高の男を選べる権利があるのだ。
「たった1度の機会ってことは、羽柴とはこれっきり?」
「さあ。さっきそう言ったんだけど、あきらめないって言われちゃった」
「だろうな……」
「まあ、今まで付き合ってきた人を見ると、大人の女性ばっかだから、そのうちあたしじゃ物足りなくて、あきらめちゃうよ」
(アホ。そんなわけないだろうが)
圭介はそんなことを思って、げっそりとため息をついた。
やはりライバルはそう簡単に減ってくれるものではない。
ボヤボヤしていたら、今は目の前にいる桜子をいつのまにかかすめ取られるだけだ。
「あと、あそこにいたもう一人は……」
「ああ、ヨリ? あたしの幼なじみなの。会うのは3年ぶりかなあ。中等部にいるって聞いてたけど、1度も見かけなかったし。
久しぶりに会ったら、ずいぶん変わってて、びっくりしたよ」
「なんか、おまえと結婚するみたいなこと言ってたけど」
「それも驚いたなー。あたしが小学校卒業の時に、ヨリにお嫁さんになってって言われたんだけど、断ってそれっきり会うこともなかったから」
「断ったって、なんで?」
「だって、ヨリってあの頃、ほんと泣き虫で、何やらせても要領悪いし、トロいしで、あたしからすると手のかかる弟みたいなものだったからねえ」
「異性としては認識できなかったと。今はそんな影も見えないけど?」
「男の子も大人になると変わっちゃうんだね。ちょっと残念。なんか、あの頃のヨリが懐かしいよ」
そう言って、桜子はほんのりと目を細めて遠くを見つめていた。
きっと子供の頃の楽しい思い出しているのだろうと、圭介は思った。
同じように貴頼にも桜子と過ごした楽しい思い出がたくさんあるに違いない。
姉のようにやさしくしてくれた桜子が大好きで、プロポーズを1度断られたくらいであきらめられるほど、軽い思いではなかった。
(おれが桜子を好きになったりしなければ、イトコとして応援してやれたかもしれなかったのに……)
契約通り桜子に近づかなければ、こんなことにはならなかった。
今さらながら思うが、どんな形であれ、桜子と出会ってしまったら、同じように恋をしてしまっただろう。
ひと目見ただけで好きになってもおかしくない女なのだから。
(かわいそうだけど、監視なんていう目的で、おれを桜子に近づけたこと自体、あいつの誤算だったんだ。
おれはもうあいつの邪魔しかしてやれない)
不意にポスっと圭介の肩に軽い重みがかかる。
横を見れば、桜子は目を閉じて寝息を立てていた。
(おれ、肝心なこと、まだ言ってなかったし……)
「桜子、おれは誰にも負けないくらいおまえが好きだ」
圭介は桜子の耳元に小さな声でささやいた。
こんな風に告白してくる男は、これからいくらでも現れるだろう。
そんな男たちと比べて、圭介にも自分が勝てる何かが欲しいと思った。
それは今すぐというわけにはいかない。
だから、桜子は眠ったままでいい。
本当に告白するのは、その『何か』を見つけられた時。
今はこんな風に隣で安心して眠れる相手でいい。
「これからもずっとおまえの隣にいるために努力するから、それまで待っててくれ」
城主の信頼を得て油断したところを狙う。
それが唯一、圭介ができること。
藍田音弥はそれを間違ったやり方だとは言わなかった。
(だから、おれはためらったりしない)
感想、評価、いいねなどいただけるとうれしいです。
続きが気になると思っていただけたら、ぜひブックマークで。
今後の執筆の励みにさせてくださいm(__)m
次回、パーティの後の圭介と桜子、それぞれの話になります。
二話同時アップ、お楽しみに!