13話 密室で2人きりなんだけど……
本日(2022/06/28)は二話投稿します。
前話からの続きの場面です。
「桜子!」
圭介は甲板にいる桜子と二人の男の前に飛び出した。
三人とも驚いたように圭介を振り返る。
(ここで自分も名乗りを上げるんだ! おれも桜子が好きなんだって。おまえらには渡さないって)
「け、圭介? どうしてここにいるの?」
圭介の用意していた言葉は、桜子の質問に答えるために一時停止してしまった。
(どうしてって、この貴頼に頼まれて、監視するためで……て、そんなことを今、ダラダラと説明するのか?)
圭介はすっかり出鼻をくじかれてしまい、口を開きかけたまま言葉が出てこなかった。
近くにいる二人の男がどう反応しているのか、見るのも恐ろしい。
圭介は思わず桜子の手を無理やりつかむと、「逃げるぞ!」と、一気に走り出していた。
「逃げるってどこに!?」
「どこでも!」
ちらりと振り返ると、男たちが追ってきている様子はない。
「海の上だから、港に着くまでどこにも行けないよ!」
桜子の言う通りだった。
どこをどう逃げても船の中。いつか見つけ出される。
が、それでもこの状況で、あの二人の前にノコノコ出ていく勇気もない。
少なくとも心を落ち着けるために、しばらく隠れる場所が欲しい。
(そういや、控室があったっけ)
「こっち」
圭介はそのまま桜子を連れて従業員通路に入り、支配人に案内してもらった控室まで走った。
中に入ってカギをかけて、ようやく息をつくことができる。
「いったいどういうこと? どうして圭介がいるのよ? 説明してよ」
圭介は桜子に問い詰められても、どこから話していいものやら、すぐに頭はまとまらなかった。
「いや、どうしてと言われても……」
「今日、確かバイトって言ってたよね。そんな変装してるってことは、誰かに頼まれて来たの?」
言い逃れのしようがない。
今まで1度も桜子の近辺で貴頼の姿を見かけなかったというのに、その貴頼がついに桜子の前に姿を現した。
ということは、今までのことを全部話してもいいのかもしれない。
(ああ、でも、確認してからじゃないと危ないよな……)
もしも契約違反だと言われたら、それまでだ。
「それはそうなんだけど……」
口ごもる圭介に対して、桜子は「まあ、いいや」と小さく笑って、どさっとベッドに腰を下ろした。
これが薫子だったら、恐ろしい勢いで追及してきそうなもの。
桜子は意外と物事を深く考えないのか。
どちらにしろ、今ここで貴頼の話をしなくて済むのは助かった。
「あーあ、せっかく結ったのに、走ったら崩れちゃった。靴もどっかで落としてきちゃったし」
桜子はボサボサの髪を指でとかしながら、ストッキングをはいた足をプラプラとさせる。
「おれは髪を下ろしている方が好きだけど」
圭介は小さくつぶやきながら手を伸ばして、親指で桜子の唇をぬぐった。
彼女の唇は口紅なんかつけなくても充分に赤く、つややかだ。
(おれ、やっぱり最低だな)
目の前の桜子がようやくいつもの姿に戻って、ほっとしてしまう自分が嫌だった。
自分が桜子の世界に行くのではなく、桜子をこちらの世界に引き入れようとしている。
違う世界で苦労させるくらいなら、自分が苦労した方がいいというのに。
「圭介……?」
圭介が我に返ると、桜子の頬に手を当てたままだった。
目の前の桜子は頬をほんのりと染め、居心地悪そうに目をキョトキョトと動かしている。
「あ、悪い。考え事してた」
「もう、なんなのよ! 変なところで急に考え事しないでよ!」
「バカ!」という怒鳴り声と同時に、ベッドに備え付けられていた枕が圭介の顔面に飛んできた。
その勢いで、かけていたメガネも飛んでいく。
「だから、謝っただろうが」
「そういう問題じゃないでしょ!」と、桜子は目を吊り上げて、赤い頬をポンポンにふくらませている。
「いったいどういう問題だよ?」
圭介が落ちたメガネを拾いながら桜子を見ると、「別に問題ないわよ」と、わけのわからない返事をされた。
「意味がわからねえ……」
「それより、今何時?」と、桜子がいきなり話を変えてくる。
圭介はポケットからスマホを取り出して、画面を表示させた。
「9時になるとこ」
「港に着くまでまだ1時間近くあるけど、どうするの?
ここに隠れていなくちゃいけない理由が、あたしにはわかんないんだけど」
それはそうだ。
貴頼と蓮から隠れていたいのは圭介であって、桜子ではない。
とはいえ、桜子をあの二人の元に戻したくないと思ってしまう。
それに、せっかく二人きりになれたのだ。
圭介としてはもう少し桜子との時間を過ごしたかった。
「桜子、羽柴って奴と本気で付き合う気か?」
「どうして?」と、桜子は不思議そうな顔で首を傾げる。
「あっちの親にあいさつして、そんなようなこと言ってたじゃん」
「ふーん、聞いてたんだ」
「聞こえたっていうか……」
「あたし、こう見えて自分の立場がどういうものかわかってるんだよ。
羽柴さんがあたしを選んでここに連れてきたのは、1番効果があるって知ってたから。
お父様にもお兄様にも」
「効果?」
「まあ、頼まれた時には詳しいことはわからなかったけど、なんとなく感づいていたんだ。
よくあることだもん」
「よくあることって?」
「お父さんが後継ぎばっかかわいがるとね、その他の子たちは父親の気を引きたくて頑張るか、劣等感の塊になって、わざと見放されることをするか、たいていどっちかなの。
自力で頑張れる人なら、あたしを利用しようなんて思わない。
そうじゃない人は見放されてるってわかっていても、1度くらいはお父さんの気を引きたいって、心の底では思ってるの。そういう人は、手っ取り早くあたしを利用する。
あたしはそのたった1度の機会をあげただけ」
桜子はどこか他人事のように穏やかな顔でそんなことを言う。
まるでそれが自分の務めだと言わんばかりに。
それがなんだか悲しいと、圭介は思った。
「そういう平気な顔で自分が利用されるとか言うなよ。おまえがそいつらを助ける義務なんて、どこにもないんだぞ」
「でも、かわいそうじゃない。あたしにできることなら、助けてあげるよ」
「けど、おまえが傷つくだろ?
相手はおまえがどういう人間なのか関心がない。
藍田グループの長女って肩書きだけを必要をしてるんだぞ。
おまえは自分を知ってほしいとか、中身を見てほしいって思わないのか?」
「うーん」と、桜子は考え込んだように首を傾げた。
「『呪い』があるから、今はそういうことは思わないよ。
まあ、それがあるから、こんなことが平気でできるのかもしれないけど」
「『呪い』がどう関係あるんだ?」
「だって、誰かに恋したら、その人に夢中になっちゃうでしょ?
そしたら、自分のことで忙しくて、他の誰かを助けようなんて余裕もなくなるかなーと思って」
「……『呪い』、早く解けるといいな」
「もう、圭介が落ち込むことないでしょ? そんな顔しないで。あたしが困っちゃうよ」
桜子はそう言って朗らかに笑った。
次話、この場面が続きます。
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