10話 今度の変装は完璧に
本日(2022/06/24)、三話投稿です。
この話から圭介視点に戻ります。
土曜日5時、圭介が貴頼に指定された場所は、東京湾の第3埠頭。
どこかの屋敷かホテルでのパーティかと思いきや、会場は豪華客船の中だった。
停泊する大きな船には乗務員らしき人がタラップを行き来し、船の点検や荷物を運びこんでいるのが見える。
圭介がそのうちの一人にバイトで来たことを告げると、担当者が来るまで中に入って待つように入口まで案内してくれた。
客が乗船する場所とは違うのか、中に入ると機材やら荷物やらで通路はゴチャゴチャとして、むき出しの壁は殺風景だった。
「あ、ちょっと、君が佐藤君の代わりに来たって人? 遅いよ。4時に出勤って言っておいたよね?」
黒いスーツ姿の中年男がやってきたかと思うと、いきなり圭介に向かって小言を始めた。
「え、4時? 5時って聞いたんですけど」
「まったく、今時の若い奴は時間にルーズで困るよ。とにかく、もうお客様が入ってくるまで時間がないから、こっちへ来て」
「はあ」と、圭介はわけがわからないまま、支配人と名乗るその男の後に続いた。
そのまま更衣室らしきロッカーの並ぶ小部屋に案内され、用意されていた黒いスーツに着替えることになった。
貴頼に変装を指示されていたので、ロッカーの扉の鏡に映る圭介の顔は、オッサンくさい七三分けに金縁四角メガネ。
桜子のことが気になってこんなところまで来ていることは、圭介としてもやはり知られたくない。
よって、今回ばかりは念には念を入れて変装をした。
支度が終わると今度はパーティ会場となっている大広間に案内され、圭介は次々と出来上がる料理や客に配る飲み物を運ばされた。
ひと通りの準備が整うと、客を迎える前に簡単なミーティング。
パーティの最中、かなりやることが多そうなので、桜子の監視ができるのかどうか、はなはだ疑問だ。
そんなことを思っていた矢先、大学生くらいの男が一人「すんませーん」と、ミーティングの輪の中に入ってくる。
「佐藤の代理なんですけど、道に迷っちゃって。あー、よかった。まだ船が出てなくて」
そうのたまう男を支配人は唖然と見つめ、それからゆっくりと圭介を振り返った。
「君、まさか……」
「はい?」
「ちょっと、こっちへ来てくれるかなー」
妙な愛想笑いを浮かべる支配人に、圭介はひと気のないところまで連れられてきた。
「もしかして、君、杜村氏の用事で来たんじゃないの?」
「そうですけど」
「いやあ、すまない。人違いしてしまった。君も最初に言ってくれればいいのに。
どうかこのことは内密に。ささ、控室に案内しよう」
急にへいこらとする支配人は、どこか滑稽にさえ見える。
(おれ、そもそもどういう経緯で『バイト』をするようになってるんだ? しかも、控室って……)
支配人に案内されたのはこぢんまりとした部屋で、簡易ベッドと小さなテーブルセットが置いてある。
「あの、忙しいみたいですから、お客さんが入るまで手伝いますけど」と、圭介は支配人に言ってみた。
「いえいえ、それには及ばないですよ。狭いところですが、時間までくつろいでいただくか、船の中の見学でもしていてください」
「では」と、支配人は圭介を置いて出て行ってしまった。
スマホで時間を確認すれば、乗船開始の6時まであと10分足らず。
桜子が何時に来るのかは知らないが、やはり大広間の近くで待っている方がいい。
圭介は貴頼に前もって渡されていた小型マイクをスーツの襟元に着け、イヤホンを片耳に差した。
(これで準備完了、と)
桜子が来たら、マイクのスイッチをオンにして事細かに実況中継する、というのが今回のバイトだ。
次話、パーティがスタート。桜子と蓮が登場です。
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