7話 デート……にはならない
呪いの三人目の被害者、池崎冬馬は桜子の地元の小中に通っていたので、圭介は昨日に引き続き、放課後は桜子の家の最寄り駅まで来ていた。
そんなわけで、駅までは彬と薫子も一緒。
気になる監視も、ここまでは問題ない。
しかし、池崎冬馬の住んでいたのは駅の北口、藍田家とは反対側の出口になる。
彬たちとは駅で別れて、圭介は桜子と二人で駅を出ることになったが、どこに監視の目があるかと思うと、正直落ちつかなかった。
商店街でにぎわう南口と違って、北口はロータリーがあるだけで、あとはマンションが林立する住宅街になっていた。
池崎冬馬の住んでいた場所を知らないのか、桜子はスマホの地図を見ながら進んでいく。
圭介はそんな桜子の後ろを半歩遅れて追っていたところ、「あ、ここだ」と、彼女が立ち止まったのは、新しくできたと思われる高層マンションの前だった。
「工場跡らしきものは見えないけど?」
「あーあ、ここだったんだ」と、桜子は残念そうにため息をついた。
「ここ?」
「この辺りって、2年くらい前に駅前再開発があって、どんどん新しいマンションが建ったところだったんだよ」
「つまり、このあたりに住んでいた人は、みんな土地を売ったりして、引越ししちまったってことか?」
「そういうこと、だね」と、桜子は苦笑した顔を圭介に見せた。
「おい、それじゃ、これで調査終了じゃねえか。これ以上、おれらに調べようがないだろ」
「がっかり……」
かなり落ち込んだ顔をしている桜子を見るのは忍びなく、圭介は思わず励ましたくなってしまった。
「それなら、南口の商店街の人たちに聞いてみれば?
地元で商売やってれば、北口とはいえ、3年前の心中事件だったら今でも覚えてるかもしれないし。
お得意さんがいれば、引越し先を知ってる人も、中にはいるんじゃないか?」
「あ、そうか。圭介、あったまいいー。じゃあ、早速行ってみようっ」と、桜子は一瞬にして元気を取り戻していた。
(おれって、バカ? 行動が矛盾しすぎてる……)
そのまま二人で南口に戻り、古い商店を片っ端から訪ね歩いて、情報集めに入った。
桜子はたいていの人とは知り合いで、みんな快く質問に答えてくれる。
圭介が思った通り、駅の反対側で起こった心中事件は記憶に新しく、中には直接池崎家を知っている人もいた。
話によると、4年ほど前から北口の駅前再開発の話が上がり、それまで住んでいた人たちは、否応なく立ち退きをしなくてはならなかった。
中にはその土地に愛着のある人もいて、そういう人は最後まで立ち退かないと粘っていたらしい。
しかし、最後はタチの悪い地上げ屋に半ば無理やりのように立ち退かされたという。
池崎冬馬の家――池崎工業もその立ち退き区域に入っていた。
零細企業でありながらも、昔ながらの取引先を相手に、それなりに安定した経営状態だった。
しかし、立ち退きの話が上がった頃から、取引先が次々と引上げ、借金がどんどんふくらみ、ついには返しきれないほどの借金を背負ってしまって心中に至ったと。
「なんかさあ、池崎冬馬の件、おまえと関係なくない?」
ひと通りの人に話を聞き終わり、帰る前に少し休憩しようと、二人で駅の南口にあったハンバーガー屋に入っていた。
「うーん、駅前再開発はうちとは関係ないから、直接の原因ではないかもしれないけど」
「タイミングの問題って言いたいのか? おまえに告ったのが最後通牒になったって」
「ないとも言えないでしょ?」と、桜子は真顔で答える。
「アホか。そんなこと言ったら、どんなことでも『呪い』のせいにされて、会社がつぶれようが人が死のうが、全部おまえが原因になるだろうが。
そもそも『呪い』なんて、信じれば存在するし、信じなければそれまでの話。
周りの奴が『呪い』だって言っても、おまえは関係ないって堂々としてりゃいいじゃん」
圭介の言葉に桜子が心から納得できたという顔はしなかったが、それでも譲歩する気にはなったらしい。
「じゃあ、3件目はそういうことでカタをつけるとして、2件目もやっぱり調べた方がいいよね?」
「名前しかわからないって奴? 先輩だっけ」
「そう。ネットで調べてみたんだけど、いっぱい同姓同名が出てきちゃって、どれかわからない状態」
「居場所がある程度特定できれば、絞れるだろうけど……。
桜子、そいつと同じ学年の知り合いとかいないのか?」
「部活の先輩だったら、何人か知ってるけど」
「じゃあ、そいつらに住所録持っているか、聞いてみたらいいんじゃないか?
転校する前に住んでいた場所がわかれば、今日みたいに近所の人から情報を集められるかもしれないし」
「おお、そうだね。今夜にでも連絡取ってみるよ」
難しい顔をしていた桜子がようやく笑顔を見せてくれたので、圭介もほっと息をついた。
(しょうがないよなあ。おれ的には呪いはまだ解けてほしくないけど、こいつが元気ないのは、もっとイヤだし)
圭介がそんなことを思いながら、テーブルの上に置いたスマホの時計を見ると、5時を表示していた。
いつの間にか貴頼への定期連絡の時間になっている。
「悪い。1本だけメール打たせて」
圭介はそう言い置いて、報告内容を手早く打っていく。
今日は羽柴蓮の件があるので、いつもより長い。
送信すると、いつもと同じように貴頼からは『了解』の返事。
あまりにあっけない反応に、圭介はなんだか肩透かしを食らった気分だ。
(どうでもいい情報だったのか?)
そうだとすると、この『目をそらせよう作戦』は失敗でしかない。
(ヤバいな……)
二人で一緒にいることを変に勘ぐられると、マズいことになりそうだ。
「ねえ、圭介、前々から聞こうと思ってたんだけど」
桜子に声をかけられて、圭介ははっと顔を上げた。
「え、なにを?」
桜子が深刻な顔でじいっと見つめてくるので、思わずドキリとしてしまう。
「もしかして、圭介ってカノジョがいるの?」
「は? なんで?」
「いっつも5時になるとメールしてるから。ほら、日直の時とか」
(ヤベ、気づかれてた!)
メールの相手が発覚したら、芋づる式に今まで監視していたことまで発覚してしまう。
ウソまではつきたくないので、ここはうまく話をそらすしかない。
「気になるのか? おれにカノジョがいようといまいと、友達なんだから関係ないだろ」
「そうなんだけどー」と、桜子は口をとがらせる。
(う、こういう顔もかわいい……)
「ほら、カノジョにしてみたら、他の女の子と二人で一緒にいるのは気に入らないんじゃないかなーと思ったり。
それに薫子と付き合ってるフリとかしてもらうのも悪いかなって」
話の方向が変わってくれたのはよかったが、圭介はなんだか虚しくなった。
普通、異性に付き合っている人がいるかどうかを聞く時は、少なからずその相手に対して好意を持っているケースが多い。
――が、桜子からはそんな感情が微塵も感じられない。
圭介としては、いるはずもないカノジョに気を使ってくれるのなら、その前にほんの少しでも『好き』のかけらを見せてほしいと思ってしまう。
(おれはどうしてこう、矛盾したことばっか考えるんだろうなあ……)
だからといって、嫉妬心をあおるためにカノジョがいるとウソをついても、この場合は完全にムダ。
後で発覚した時、変な見栄を張ったと、下手をすれば軽蔑されるかもしれない。
同じウソなら、ありがちな話の方が「どうでもいい」と流してくれるだろう。
「ま、とにかく、そういう奴はいないから、気にすんな」
「じゃあ、そのメールは?」
「母ちゃんだよ。仕事に行く前に夕飯作るから、必要かどうか連絡してんの」
「なんだ、けっこうイイ息子してるんだね」
桜子の鮮やかな笑顔が、かえって圭介を自己嫌悪に陥れてくれた。
圭介が友達と遊びに行く時も、食事をして帰る時も、母親は必ず夕食を用意しておいてくれる。
そんな母親の気持ちを1度も考えたことがなかったことに気づかされたのだ。
(ごめん、母ちゃん。おれ、全然イイ息子じゃなくて……)
次話、『了解』しか返事のなかったイトコから新たな指令が届きます。