6話 何してたのか、気になる
圭介が薫子と昼食を済ませて教室に戻ると、桜子はすでに戻ってきていて、自分の席に着いていた。
「おまえ、今までどうしてたんだよ? 薫子、いつもみたいに昼飯食いに来たんだぞ」
圭介は隣の自分の席に座りながら桜子に声をかけた。
顔を上げた桜子は、いつもと変わらない様子だ。
「やっぱり? 連絡しようにもスマホも何もかも置きっぱなしで出ちゃったから、連絡の取り様がなくて。
それで、薫子、どうしたの?」
「おれと一緒にカフェテリアで弁当食ってたけど」
「よかった。圭介、ありがとうね」と、圭介に向ける笑顔も相変わらずの艶やかさだ。
「薫子の話はともかく、おれはおまえにどうしてたかって、聞いたんだけど?」
圭介は聞きながら、「圭介には関係ない」と答えられるのではないかと思ってしまった。
『カレシ』でもないのに、他の男とどうしていたのか問い詰める権利は、悲しいことにないのだ。
「ああ、そっか。別に大したことじゃないよ。
今度の土曜日にお兄さんの婚約披露パーティがあるから来てほしいって、頼まれただけ」
「パーティの誘い?」
「うん」と、桜子はうなずく。
「お兄さんの方は後継ぎだから、仕事関係の人ばっかりでしょ? あたし、そういう席って興味ないって言ったんだけど、『来てくれないと死んじゃう』ってベソかくから、オーケーしてあげた」
「……おまえはそんなウソに騙されるのか?」
桜子は「やだなー」と言って笑う。
「本当に死んじゃうとは思わなかったけど、切羽詰まってるみたいだったから、かわいそうでしょ?」
あっけらかんと言う桜子に、圭介はくらりとめまいを覚える。
(結局、ダマされてるだろうが!)
『女にフラれたことありません』的な男があっさり誘いを断られたら、プライドにかけてその女を口説き落とすまで、あの手この手で誘い続けるだろう。
それがたとえ泣き落としだろうが。
「そんな簡単な話の割には、ずいぶん長いこと帰ってこなかったな」
「なんか、来てもらうお礼にお昼をごちそうしてくれるって言うから、海の見えるレストランでランチしてきたの」
「わざわざ海まで行ったんか……」と、圭介はあきれたつぶやきが漏れていた。
「免許取って、車買ってもらったばかりだから、ぜひ助手席に乗ってくれって」
「つまり、平日の昼から楽しいデートをしてきたわけだ」
「デート……。そうか、やっぱりこれがデートっていうものなのね」
桜子はその時間を思い出しているかのように遠い目をして、「ほうほう」とうなずいている。
「デートする男もできたことだし、もう『呪い』は関係ないだろ。今日の放課後、わざわざ調べに行く必要はないんじゃねえ?」
圭介はイライラしてくるのを抑えながら、半分投げやりに言った。
「それはそれ、これはこれ。不幸にさせちゃったら、申し訳ないじゃない」と、桜子は即座に反論してくる。
「相手は大企業の御曹司。そう簡単に不幸になったりしねえよ」
「でも、万が一会社がつぶれちゃったりしたら、会社が大きい分、不幸になる人も大勢だよ。
ああ、どうしよう。あたし、軽率なことしちゃったよね」
桜子は不安げな顔で圭介を見つめてくる。
「軽率って……」
(それは、今日初めて会った男にホイホイくっついていって、デートすることを言うんじゃないのか?)
内心悪態をつきながら、圭介ははたと思い当たった。
(桜子って、もしかして恋愛感覚が小学生で止まってるのか?)
みんなが異性を意識するようになる中学の初めに、『呪い』のせいで男が全く寄ってこなくなった。
以来、同年代の男との接触は皆無。
道理で恥ずかしげもなく男の匂いを嗅いだり、顔を近づけたりできるわけだ。
(これはおれにとっても好都合? 今のところ、他の男とどうこうなる心配はいらないわけだし?)
圭介はムフフと笑ってしまいそうになる顔を引き締めておいた。
「そういうわけで、圭介、今日は予定通り決行だよ」
「はいはい、了解」
どうやら、この件からは逃げられないらしい。
そういえば、薫子にこの話を振ったというのに、途中から『人魚姫話』で、すっかり話がそれてしまった。
桜子と二人で出かけて、貴頼の疑惑が再燃してしまったら、マズいことになる。
ここは突然現れた羽柴蓮について報告して、貴頼の目をそらさせるしかない。
(おれはいつまで退学にビクビクしながら、生活してかなくちゃならないんだろうな……)
卒業するまでの3年間なのか。
それとも、その前に桜子のことなど、どうでもよくなる日が来るのか。
やはり未来のことなど想像したところで、答えなど出ない。
次話は予定通り、2人が呪いの調査に出かけていきます。