4話 ニセ彼女に『あーん』されても……
圭介視点に戻ります。
「あれー、桜ちゃんは?」
昼休みの始まり、いつものように薫子が圭介たちの教室に訪ねてきた。
教室をぐるりと見回して、桜子がいないことに気づいたのか、圭介に聞いてきた。
「桜子ならいねえよ」
「いないって、トイレ?」
「ちげえよ。羽柴ってやつが2限終わった休み時間に突然やってきて、『僕のプリンセス』とか言って、連れ去って行った。それっきり戻ってこねえ」
圭介はムカムカしながら薫子の質問に答えてやった。
「羽柴って、3年生の?」
「知らねえよ。この学年じゃないことは、確かだけど」
「せっかくお昼食べようと思って来たのに、桜ちゃんがいないんじゃ、つまんなーい」と、薫子はかわいらしく口をとがらせる。
「そういうことだから、教室戻って、クラスメートと食え」
「いまさら遅いよ。瀬名さん、カフェテリアに行くんでしょ? あたしも一緒にそこで食べる」
「なんで?」
「カレシと二人でランチして、何が悪いの?」
「はい、そうでした」
「さあさあ、行こう。あたし、お腹すいちゃったー」
圭介は薫子に腕を引っ張られ、はたから見れば腕を組んで歩いているかのように、カフェテリアに向かっていた。
「……おまえ、心配じゃねえの?」
「桜ちゃんのこと?」
「この状況だと、当然だろ」
「別にー」と、薫子はあっさり答えた。
「桜ちゃんが気に入らない人に何かされそうになったら、足蹴り1発、失神させて、とっとと逃げてくるよ」
「冗談言ってる場合じゃねえだろうが」
「え、冗談じゃないよ。桜ちゃん、あれで空手の有段者だもん。そこらへんの男程度に負けるわけないよ」
「おれ、知らんかった……」
(……そういえば、おれを助けに入った時、足蹴りしようとしてたっけ?)
「よかったねー、知っておいて。桜ちゃんに無理やり迫ったら、男として再起不能になっちゃってたかもよ」
薫子は「うっしっし」、と楽しそうに笑っている。
「それはどういう意味だ?」と、圭介は突っ込んで聞くのはやめておいた。
要は、相手の意思を無視して迫らなければいいだけの話で、痛いことは想像しなくていい。
さらに、気に入った男だったら、二人の間に何が起こるのかも想像したくない。
圭介は高校に入って毎日カフェテリアでランチしているが、何度来ても今までテレビのドラマや漫画で見てきた『学食』のイメージと違うと思ってしまう。
ブッフェ形式のカフェテリアは、料理の並んだテーブルの向こうに白衣のコックが並び、毎日変わる料理を皿に取り分けてくれる。
テーブルも白いクロスが敷かれ、磨き上げられたグラスがセット。
飲み物はワゴンで運ばれてきて、好きなものを選べる。
さながら高級ホテルのランチブッフェのイメージに近い。
圭介はいつも一人で来て、どんなに混んでいても相席を頼まれることがない。
みんな見て見ぬフリ、というより『見なかったことにしよう』的な態度で取り過ぎてゆく。
一人の食事は小さい頃から慣れているし、それはある意味、気楽だった。
がしかし、今日は薫子と一緒に入ったことで、かなりの注目を浴びた。
「あの二人が付き合ってるって、本当だったんだ」と、ひそやかな声が圭介の耳にも届く。
「ふーん、けっこうおいしそうだね。今度、桜ちゃんと奮発して食べに来ようかな」
周りの雑音などまったく気にしていないのか、薫子は圭介が料理を取るのを見ながら一緒について回る。
「奮発って……。てか、そんなに高いのか?」
「知らないの? ここ、1食3千円も取るんだよ。そうそう来られないよ」
「タカ! マジでそんなにするんかよ!?」
「これからはイトコに感謝して食べられるねー」
「……メシだけは」
ぷははっと相変わらず薫子はよく笑う。
テーブルに着くと、圭介の視界の端に貴頼の姿が入った。
さながらアーサー王の円卓のように、同級生らしき男女と一緒に丸テーブルを囲んでいる。
たとえ互いに気づいたとしても、契約通り、当然知らないフリをする。
(薫子を知ってるなら、向こうから声をかけてくるか?)
薫子は気づいているのかいないのか、目の前で持ってきた弁当をさっさと開き、「いただきまーす」と食べ始めている。
2段重ねのプラスチックの弁当箱には、ご飯と手作りとおぼしきおかずが詰め込まれていて、圭介の目の前にある厚切りローストビーフより、旨そうに見えた。
「弁当、自分で作ってんのか?」
「まさか。あたしは料理しないよ。今日はお手伝いさん。
時々、おねだりすると、桜ちゃんが頑張って作ってくれるよ」
「へえ、うらやまし」
「桜ちゃんのお弁当?」
「普通に手作りの弁当。
おれ、遠足とか特別な日以外に作ってもらったことないし、何回かに1回は母ちゃん、めんどくさがってコンビニで買えって、金渡して終わり」
「それは仕方ないよ。仕事で忙しいと、お弁当の面倒まで見る余裕がなくたって。
うちのお母さんなんて、お弁当、1度も作ったことないよ」
「料理しないのか?」
「時間のある時はしてくれるよ。あれで、けっこう上手なんだ」
先日、藍田家に行った時に、桜子母の生い立ちも聞いていた。
だから、育った施設では料理もしていたのだろうと、圭介にも想像できた。
「でも、小さい頃って、そんな風に割り切れないでしょ?
他の子のお母さんは、お弁当作ってくれるのに、どうしてうちのお母さんは作ってくれないのかって」
「それはおれもわからなくないかも」と、圭介はあいづちを打った。
「あたしが幼稚園の頃かなあ。わがまま言って、泣いてわめいて、そしたら、桜ちゃんが作ってくれたの。
お姉ちゃんっていっても、二つしか違わないから、桜ちゃんも小学校1年生か2年生で、料理なんてすっごいヘタクソ。
お弁当も正直、全然きれいじゃなかったけど、あたしはすごくうれしかったんだ」
「なんとなく、イメージがつくよ」
桜子が小さい頃からずっと、忙しい母親の代わりに弟と妹の面倒を見て、寂しくないように母親役をしていたのだろう。
薫子が桜子にべったりなのも、普通だったら母親に甘えているようなものなのかもしれない。
「はい、あーん。今日の卵焼き、おいしくできてるから、おすそ分け」
薫子は愛嬌たっぷりの笑顔で、卵焼きを1切れ、圭介の口元へ運ぶ。
しかし、その目が非常に嫌そうに、怒っているようにさえ見えるのは気のせいか。
(いや、気のせいなわけないな……)
次話、この場面が続きます。ぜひ続けてどうぞ!