表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/320

4話 ニセ彼女に『あーん』されても……

圭介視点に戻ります。

「あれー、桜ちゃんは?」


 昼休みの始まり、いつものように薫子が圭介たちの教室に訪ねてきた。

 教室をぐるりと見回して、桜子がいないことに気づいたのか、圭介に聞いてきた。


「桜子ならいねえよ」

「いないって、トイレ?」


「ちげえよ。羽柴ってやつが2限終わった休み時間に突然やってきて、『僕のプリンセス』とか言って、連れ去って行った。それっきり戻ってこねえ」


 圭介はムカムカしながら薫子の質問に答えてやった。


「羽柴って、3年生の?」

「知らねえよ。この学年じゃないことは、確かだけど」


「せっかくお昼食べようと思って来たのに、桜ちゃんがいないんじゃ、つまんなーい」と、薫子はかわいらしく口をとがらせる。


「そういうことだから、教室戻って、クラスメートと食え」

「いまさら遅いよ。瀬名さん、カフェテリアに行くんでしょ? あたしも一緒にそこで食べる」


「なんで?」

「カレシと二人でランチして、何が悪いの?」

「はい、そうでした」

「さあさあ、行こう。あたし、お腹すいちゃったー」


 圭介は薫子に腕を引っ張られ、はたから見れば腕を組んで歩いているかのように、カフェテリアに向かっていた。


「……おまえ、心配じゃねえの?」

「桜ちゃんのこと?」

「この状況だと、当然だろ」


「別にー」と、薫子はあっさり答えた。


「桜ちゃんが気に入らない人に何かされそうになったら、足蹴り1発、失神させて、とっとと逃げてくるよ」


「冗談言ってる場合じゃねえだろうが」


「え、冗談じゃないよ。桜ちゃん、あれで空手の有段者だもん。そこらへんの男程度に負けるわけないよ」


「おれ、知らんかった……」


(……そういえば、おれを助けに入った時、足蹴りしようとしてたっけ?)


「よかったねー、知っておいて。桜ちゃんに無理やり迫ったら、男として再起不能になっちゃってたかもよ」


 薫子は「うっしっし」、と楽しそうに笑っている。


「それはどういう意味だ?」と、圭介は突っ込んで聞くのはやめておいた。


 要は、相手の意思を無視して迫らなければいいだけの話で、痛いことは想像しなくていい。


 さらに、()()()()()()だったら、二人の間に何が起こるのかも想像したくない。




 圭介は高校に入って毎日カフェテリアでランチしているが、何度来ても今までテレビのドラマや漫画で見てきた『学食』のイメージと違うと思ってしまう。


 ブッフェ形式のカフェテリアは、料理の並んだテーブルの向こうに白衣のコックが並び、毎日変わる料理を皿に取り分けてくれる。

 テーブルも白いクロスが敷かれ、磨き上げられたグラスがセット。

 飲み物はワゴンで運ばれてきて、好きなものを選べる。


 さながら高級ホテルのランチブッフェのイメージに近い。


 圭介はいつも一人で来て、どんなに混んでいても相席を頼まれることがない。

 みんな見て見ぬフリ、というより『見なかったことにしよう』的な態度で取り過ぎてゆく。


 一人の食事は小さい頃から慣れているし、それはある意味、気楽だった。

 がしかし、今日は薫子と一緒に入ったことで、かなりの注目を浴びた。


「あの二人が付き合ってるって、本当だったんだ」と、ひそやかな声が圭介の耳にも届く。


「ふーん、けっこうおいしそうだね。今度、桜ちゃんと奮発して食べに来ようかな」


 周りの雑音などまったく気にしていないのか、薫子は圭介が料理を取るのを見ながら一緒について回る。


「奮発って……。てか、そんなに高いのか?」

「知らないの? ここ、1食3千円も取るんだよ。そうそう来られないよ」


「タカ! マジでそんなにするんかよ!?」

「これからはイトコに感謝して食べられるねー」

「……メシだけは」


 ぷははっと相変わらず薫子はよく笑う。


 テーブルに着くと、圭介の視界の端に貴頼の姿が入った。

 さながらアーサー王の円卓のように、同級生らしき男女と一緒に丸テーブルを囲んでいる。


 たとえ互いに気づいたとしても、契約通り、当然知らないフリをする。


(薫子を知ってるなら、向こうから声をかけてくるか?)


 薫子は気づいているのかいないのか、目の前で持ってきた弁当をさっさと開き、「いただきまーす」と食べ始めている。


 2段重ねのプラスチックの弁当箱には、ご飯と手作りとおぼしきおかずが詰め込まれていて、圭介の目の前にある厚切りローストビーフより、旨そうに見えた。


「弁当、自分で作ってんのか?」


「まさか。あたしは料理しないよ。今日はお手伝いさん。

 時々、おねだりすると、桜ちゃんが頑張って作ってくれるよ」


「へえ、うらやまし」

「桜ちゃんのお弁当?」


「普通に手作りの弁当。

 おれ、遠足とか特別な日以外に作ってもらったことないし、何回かに1回は母ちゃん、めんどくさがってコンビニで買えって、金渡して終わり」


「それは仕方ないよ。仕事で忙しいと、お弁当の面倒まで見る余裕がなくたって。

 うちのお母さんなんて、お弁当、1度も作ったことないよ」


「料理しないのか?」


「時間のある時はしてくれるよ。あれで、けっこう上手なんだ」


 先日、藍田家に行った時に、桜子母の生い立ちも聞いていた。

 だから、育った施設では料理もしていたのだろうと、圭介にも想像できた。


「でも、小さい頃って、そんな風に割り切れないでしょ?

 他の子のお母さんは、お弁当作ってくれるのに、どうしてうちのお母さんは作ってくれないのかって」


「それはおれもわからなくないかも」と、圭介はあいづちを打った。


「あたしが幼稚園の頃かなあ。わがまま言って、泣いてわめいて、そしたら、桜ちゃんが作ってくれたの。

 お姉ちゃんっていっても、二つしか違わないから、桜ちゃんも小学校1年生か2年生で、料理なんてすっごいヘタクソ。

 お弁当も正直、全然きれいじゃなかったけど、あたしはすごくうれしかったんだ」


「なんとなく、イメージがつくよ」


 桜子が小さい頃からずっと、忙しい母親の代わりに弟と妹の面倒を見て、寂しくないように母親役をしていたのだろう。


 薫子が桜子にべったりなのも、普通だったら母親に甘えているようなものなのかもしれない。


「はい、あーん。今日の卵焼き、おいしくできてるから、おすそ分け」


 薫子は愛嬌(あいきょう)たっぷりの笑顔で、卵焼きを1切れ、圭介の口元へ運ぶ。


 しかし、その目が非常に嫌そうに、怒っているようにさえ見えるのは気のせいか。


(いや、気のせいなわけないな……)

次話、この場面が続きます。ぜひ続けてどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらずなんでも見抜いてそうな妹ちゃん( *´꒳`*) 一食三千円の学食…高校生の時の100円の重さよ…セブンのマスカットウォーターと5本入のパン、チキンクリスプとマックポーク(今は20…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ